第22話 脱出成功

「お?」


 幻惑の森突破を目指して走っていた俺とアイビーの前に突如として現れた異物。幻惑の森は王国から立ち入る際には、厳重に警戒するようにとの声明が出されている場所だが……そんな場所に果たしてこんなものが存在するのだろうか。

 俺とアイビーの視線の先には、明らかになんらかの意図で設置されたのであろう掲示板があった。なんの貼り紙もない掲示板だが……なんの意図で置かれているのか。


「後ろですっ!」


 掲示板に向かって近づいた俺の背後、アイビーの前方から突如、甲冑騎士が現れて俺に向かって剣を向けて来た。さっきまで影も形もなかったはずの存在に、ちょっと困惑したけど……なんとなくこれが試験の為に仕組まれた何かであることは察した。


「幻じゃありません。この騎士は一体……」

「そりゃあ、試験を簡単に突破させないための仕掛けでしょ。どう見ても、中に人は入ってなさそうだしな」


 俺の背後に現れ、剣を突き付けたまま動きを止めているこの騎士……間違いなく、人が入っていない。空の鎧だけが動いているなんて、まるで神話のような話だが……この世界には魔法が存在する。


「傀儡の魔法……その応用だろうな。空の鎧に向かって魔力を込めることでそれを自在に操ることができるってところか。しかも、こちらに剣を向けたまま襲い掛かってこないのを見る感じ、どこからかこちらを監視して自分の意思で動かしているな。自動制御って感じならとっくに襲われてるもんな」


 俺の言葉を肯定するように、突然剣を振り上げて斬りかかってきた。半歩引いて紙一重で斬撃を避けた俺が、反撃の為に剣を抜こうとした瞬間……騎士の背後に立っていたアイビーが両手大剣で鎧を叩き潰した。


「……2人でよかったでしょう?」

「いや、この程度なら1人でなんとかできるだろ。俺も……あんたも」


 両断するとかじゃなくて、文字通り叩き潰した。巨大なプレス機に上から圧力をかけられたかのように、ぺしゃんこになってしまった鎧を見るに……大剣に魔力を纏わせてそのまま押し潰したってところか? 少なくとも魔法陣は見えなかったから、魔法ではないだろうな。


「こんな妨害があるなんて聞いてないんですけどね。さっさと逃げましょう!」

「脱出な。なんだよ逃げるって」


 俺の呟きなんて聞こえないと言わんばかりに、そのまま無視してアイビーは走り出した。

 それにしても妙な感覚だ。この幻惑の森は幻惑草によって幻を見せられる場所ではあるが、実を言うとそこまで巨大な森って訳ではない。森林地帯と言っても、精々が山一個あるかないかぐらい。つまり、俺やアイビーが走り続けて抜け出せないほどの大きさじゃないはずなんだ。なのに、俺たちは未だに幻惑の森から抜け出せずにいる。


「……?」


 俺のグリモアなら、この幻惑の森を簡単に抜け出せるかもしれない。ただ、抜け出せなかった場合に面倒なことになるのが目に見えている。なにより、グリモアを使わなければ脱出できないような場所に、984位まで全ての生徒を閉じ込めたりしないはずだ。もっとシンプルなところに答えがあるはずだ。


「なにしてるんですか?」

「いや、謎が分かりかけてきた」


 そもそも幻惑の森に984人もの人間を閉じ込めた状態で、殆どの相手と接触せずに走り抜けることができるものだろうか。答えは無理だ。984人が動かずにただじっとしているだけならまだしも、殆ど全員が脱出するために走り回っているとしたら、出会わない筈がない。


「魔法騎士にとって、敵の術中から抜け出す能力は必須だろう。もし、敵が幻惑草のような幻を作り出す魔法が使えるとしたら? もし、敵が迷宮を生み出すような魔法が使えるとしたら? もし……敵がこちらの無意識すらも操れるような魔法が使えるとしたら?」


 転移魔法結界、やはり実用化されていなかったのだろう。あれは魔法陣に詳しい生徒を騙すためのブラフ。やはり実用化には程遠い魔法だったと言う訳だ。なら俺たちは何処にいるのか。答えは……夢の中、だ。

 俺は一気に魔力を解放して、自身に効果を及ぼしている魔法を打ち消す。魔力によって引き起こされた事象は、より強い魔力をぶつけることで消滅させることができる!



「ふぅ……やれやれ」

「な、なにが……?」


 身体に残る倦怠感に逆らいながら、起き上がった俺の視界には、丁寧に寝かされている大量の生徒の姿があった。少し離れた場所では、俺が魔力を解放した影響で同時に夢の世界から放り出されたアイビーが、頭を抑えながら周囲を見ていた。


「おめでとう、テオドール・アンセム……君は、やはり逸材だ」

「……誰でしたっけ?」


 教師なことはわかるけど、全く心当たりなんてない。ただ……言葉から察するに、他人を眠らせてその無意識である夢の世界にまで干渉する魔法を使ったのは、彼に違いない。


「まぁ、1年生はまだ私の授業を受けていないから仕方ない。私はモーリス。クロノス魔法騎士学園で、高等魔法学を専門に教えている教師だ」

「モーリス……モーリス・セレス、か?」

「おぉ……私の顔を知らずに名前を?」

「古書館で貴方が書いた本を読んだ。実に現実主義で面白味もない本だったことだけは覚えているよ」


 さっきまでにこやかな笑みを浮かべていただけだったモーリス教師の目が、刺々しいものに変わった。口元は笑顔を作っているのに、目は完全にこちらを敵だと認識している。


「……魔法とは、現実に存在する学問だと私は考えている」

「なら俺とは主張が違うな。魔法は、魔素によって引き起こされる人工の奇跡だってのが俺の主張だ。貴方とは仲良くできそうにないな」


 悪いが、俺は自分と意見の違う人間を受け入れるだけの器量はない。自分でも小さい男だと思うが……未だに解明されていないことの方が多い魔法を「完全に人間が制御している」と、著書で断言する人間のことを、俺は魔法学者として尊敬なんかしたくもない。

 前世があろうとなかろうと、俺は自分と意見の違う人間のことまで気遣ってやれるほど大人じゃないし、そこを我慢して無意味に頷くような大人である必要もないと思っている。


「ただ、貴方が使ったのであろう相手の無意識である夢にまで干渉する魔法は、単純に凄いと思った。俺がどれだけ貴方の信条を否定しようと、魔法の素晴らしさだけは、否定したくない」

「……全く、これだから天才は」


 さっきまでこちらを敵だと認識していたのであろうモーリス・セレスは、少し呆けた様子で俺の言葉を噛み砕き、理解した瞬間に苦笑いを浮かべた。多分、この程度のことは学会とかで言われ慣れてるんだろうな……だって現実主義の魔法学者なんて殆どいないんだから。

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