第16話 手合わせ
「予想とは逆に、全くエリッサ姫の派閥が喧嘩売ってこない」
「当たり前だろう? お前に勝てる相手なんて限られている……と言うか、仮に戦って負けて、そこから序列でも上回られたら心が折れてしまうことを理解しているんだろう。どれだけ雑魚であろうとも序列250位を瞬殺する奴なんだからな」
「もう俺が序列250位だけどな」
「そうだな……実力には全く見合ってないと思うが」
クロノス魔法騎士学園内にある池で、泳いでいる魚に餌をやりながら俺はため息を吐いた。俺の後ろで両手に剣を持って双剣状態で降っているニーナの意見は尤もなんだろうけど……なんかなぁ。
ニーナとは普通に仲良くなった。カールとの決闘が終わった後に約束通り色々と喋っていたらいつの間にか気に入れられた。
「それにしても、お前のような実力者が平民だとはな……私も平民だが、序列上位にいる平民出身は私ともう1人だけだからな」
「序列上位の平民……あぁ、5位の」
「そうだ……あの女は一応平民ってことになっている。色々と胡散臭い奴だから実際にはどうか知らないがな」
序列5位には平民出身ということになっている天才少女がいるのだが、これがまた怪しさ満載って感じの生徒で。
常に薄ら笑いを顔に浮かべ、戦闘でも誰にも理解できない正体不明の魔法を操ることで圧倒的な実力を示す両手大剣使いの天才魔法騎士。
胡散臭いせいで、実はとある国のやんごとなき御方であるとか、実は正体不明の魔法と言われているものが存在せずに不正の力で序列を手にしているとか。とにかくこの学園内で一番噂されている生徒だ。
「それより、私と手合わせして欲しいと言う話、覚えているだろう?」
「あー……うん」
実は俺、ニーナと手合わせする約束がある。本当はそんなもの断りたかったんだが「断ったら今度は私が大衆の面前で決闘を申し込むからな」って的確に断れないようなことを言ってくるもんだから、流石に受けることにした。
しぶしぶではあるが受けたのは、断れない理由があったからという切実な理由以上に、単純にニーナ・ヴァイオレットがどんな戦い方をするのかしっかりとこの目で見ておきたいと思ったからだ。
魚の餌を置いて、ニーナと向き合った。鮮血の瞳は爛々と輝きながら俺を捉えている。まるで獲物を見つけた獣のような雰囲気……少なくとも、人間が人間に向けていいような視線ではないと思う。
「真剣なる決闘を求める。私の本気と、お前の本気をぶつけ合いたいと思っている」
「いいけど、ここでやると魚に影響が出そうだから、もっと広い所でやらないか? 暴れるにもここは狭いだろ」
「む? そうだな……流石に無関係の生き物を巻き込むのは気が引ける」
よかった……それくらいの良心はありそうだ。
「私は元々孤児だ。物心が付いた頃には、王都の路地裏で捨てられた残飯を拾って食うような生活を送っていた。両親が私の褐色肌が気に入らなかったから捨てたのか、そもそも両親がいたのかすらも知らない私だが……強さには敏感だ」
なるほど……平民出身とは一口で言っても、色々な生まれがあるってことだな。当然ながら、実業家も騎士の家もスラムの子供も平民な訳だから。
「王都の路地裏は凄いぞ? 弱肉強食の世界……強ければ誰よりも食らい、弱ければ貪られる」
「俺には想像もできない場所だな」
「だろうな。だが……私はそこから這い上がった。力だけが全ての冒険者として、な」
ニーナは背負っていた二本の直剣を両手に持ち、刃を擦り合わせて火花を散らした。
ニーナ・ヴァイオレット……最近話題の若き実力派冒険者。鮮血の瞳からつけられた渾名は『吸血姫』である。主に魔獣駆除の依頼を多く受ける魔獣の狩人であり、嬉々として魔獣との殺し合いを楽しむ姿は、まるで生き血を啜る吸血鬼のようだと。
両手に黒い片手直剣を持って双剣として戦うのが特徴で、魔法は苦手だが圧倒的な身体能力と野生動物並みの勘だけであらゆる学園の魔法騎士を薙ぎ倒して序列17位につけている。
ニーナ・ヴァイオレットの詳しい情報はエリクシラから貰ったので、間違ってる部分もあるかもしれないが……まぁあの姿を見れば大体が本当だろうな。
「片手直剣二本で双剣って珍しいな」
双剣使いは魔法騎士団にも普通にいるが、基本的には片手直剣よりも二回りぐらいリーチが短い剣を両手に持って戦う。何故ならば、片手直剣を両手に持って、超高速の連撃なんて繰り出せますかって話だ。
双剣のメリットは単純に手数が多くなること、デメリットは一撃が軽くなってしまうこと。一撃が軽くなるデメリットを消すために、双剣を重くすることはあっても……片手直剣を両手持ちなんてまずありえない。理由は単純に重いから。
「これが私の戦い方だ……お前にもすぐに見せてやる」
俺が腰の片手直剣を抜いたのを見てから、ニーナは走り出した。最初の一歩で俺とニーナの間にあった距離が半分消え、二歩目で俺の背後に回り込んだ。振り抜かれた剣を弾くと、もう片方の剣が迫ってくる。
「そらっ!」
間髪入れずに繰り出される連撃を避けていく。暴風の如き連撃だが……一つ一つを見ると全く型に嵌まらない自由な攻撃出ることが見える。良く言えば自由で、悪く言うと汚い。王国流片手魔法剣術なんかと比べる優雅さなんて一切ない剣筋だが、ニーナの攻撃には冒険者として培ってきた実戦経験が垣間見える。
「どうした! 見てるだけか!?」
「なら、ちょっと反撃するか」
目くらましに程度に左手で火を起こし、牽制の為に前方に広げる。それをものともせずにニーナが突っ込んでくるが、それを読んでいた俺は突き出された剣を足で弾き、連続して放たれた二撃目を剣で弾く。
当然、ニーナの連撃は二撃弾いたぐらいではなんの解決にもならないが、それはニーナが攻めれればの話。剣を握る俺の右手の指から放たれた電撃を見て、ニーナは一気に距離を取る。
「……羨ましくなるぐらいに器用だな。あれだけの対応をしながら魔法を放ってくるとは」
「ご期待には沿えているのかな?」
「最高だよ……ここまで楽しい敵は冒険者をやっていて一度も出会ったことはない!」
それは……運に恵まれませんでしたね?
距離を取ったはずのニーナが一歩踏み込んだと思ったら、次の瞬間には俺の背後にいて手加減なんて全く考えない攻撃が繰り出された。
二本の片手直剣を一つの剣で抑えながら俺が膝をつくと、ニーナはにやりと笑った。なにかをするつもりらしいけど……手も剣も抑えられている状態でなにができるというのか。なんて考えていたが……ここは魔法騎士学園だ。いくら苦手だろうと、使えない訳がない。
ニーナがにやりと笑ってから口を開けると、そこから魔力の塊がブレスのように吐き出された。
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