第15話 勝った

 魔法騎士の決闘は神聖なるものであるとされる。なんか最初は神の前で行っていた儀式だったとか色々と言われているが、ルーツは不明だとか。

 クロノス魔法騎士学園内における決闘は、新生なるものではなく……序列を決めるためのものだ。基本的には序列が下の者が、序列が上の者に対して決闘を申し込み、勝てば序列が変わるというもの。序列が下の方が勝てば、勝った相手の一つ上の序列になる。ちなみに、それ以外にも事前に条件を相手に提示することができる。たとえば……俺が勝ったらお前には学園を退学してもらう、とか。まぁ、流石に退学までは学園側が認めないだろうけど。


 クロノス魔法騎士学園1年生内での序列984位の俺に対して、250位のカール・キエナフが決闘を申し込んだというのは、学年関係なく大きな話題になった。ここまで序列差が離れている上の人間が正式な決闘を挑むことなんて、前代未聞の事態だ。

 魔法騎士には少なからず騎士道精神が求められる。その騎士道精神から考えると、カールの決闘の申し入れは、完全に相手を格下と分かりながらも見せしめにする行為であり、弱者を嬲ることは騎士道精神とは真反対の心だろう。それでも人々は注目するのは……相手である俺が序列を決める試験をサボったというインパクトだけだろうな。


「……時間だ、決闘を始めるぞ。序列984位テオドール・アンセムと序列250位カール・キエナフの決闘だ」


 正式に学園側に受理された決闘は学園内の闘技場で行われ、こうして魔法騎士団に所属している教官が立会人として間に入ってくれる。今回は面倒くさそうな顔をしながらも、グロリオス教官が立会人になってくれた。

 1年生の、それも別に上位勢ではない序列の生徒が起こした決闘であるというのに、かなりの人数が見学に訪れている。観客席にはエレミヤの姿もあるし、生徒会長の顔も見えた。リエスターさんもいたし、マジで多くの人が見に来ている。理由は俺が試験をサボったからってのもあるけど、1年生が今年初めて起こした決闘だからではないだろうか。


「決闘前に互いの求める条件を確認する。カール・キエナフ、貴公はこの決闘に勝利した場合テオドール・アンセムに何を求める」

「俺はテオドール・アンセム、お前の転科を求める! 試験を受けない不真面目さを持つくせに、いつまでも魔法騎士科にへばりつくその根性が気にいらない!」


 まぁ、そうだろうな。退学させるのが無理なんだから、俺を別の科に転科させるのがカールの目的になる。少なくとも、俺が転科すればまともに顔を見ることはなくなるだろうからな。

 さて……こうなるとわざと負けて転科するってのもありなんだけども、それは面白くない。なにがどう面白くないって、俺は単純に負けるのが嫌いなんだ。凄い矛盾した気持ちだが、魔法騎士科で魔法騎士になることが嫌だって気持ちよりも、こんなカスに負ける方が嫌だ。


「テオドール・アンセム、貴公はこの決闘に勝利した場合カール・キエナフに何を求める」

「俺に二度と生意気に絡んでくるな」

「そうか……は? 序列は?」

「あぁ……忘れてました。じゃあ序列も貰いますね」

「貴様っ!」


 そうだった……普通は序列の為に決闘をするんだもんな。流石にウザすぎてちょっと頭から抜け落ちてたな……クールに、冷静にならないと。俺は前世もある大人なんだから、こんなクソ生意気な貴族に生まれただけのガキに……いや、俺がたとえ大人だとしてもやっぱりムカつくもんはムカつくな。


「……叩き潰してやる」

「できるならな」


 いきなり絡んできて決闘を挑んできたのはそっちだろうが。俺の平穏な学園生活を邪魔しやがって……貴族様の鼻っ柱は俺が叩き折ってやる。


「では、結果で相手を恨まぬように。始めっ!」


 教官が開始の合図を叫ぶと同時に、カールはこちらに向かって魔法を放ってきた。略式の魔法ではなく、決闘が始まる前から組んでいた魔法陣をそのまま展開しての攻撃。暗黙のルール的にはやっちゃいけないことの一つなんだが、俺が挑発したせいでそんな余裕はないんだろう。

 カールの手から放たれた魔力は魔法陣を通して人を飲み込むほど巨大な炎となった。決闘開始直後に出てくる魔法とは思えないほど巨大な炎に、大きな歓声が沸き上がったが……ただデカいだけの炎に当たるほど弱いつもりはない。というか、自身の視界すらも埋め尽くしてしまうような魔法は1対1の決闘において悪手だろう。特に……相手の方が何倍も速い場合は。


「なっ!? いつの間に後ろに──」

「──終わりだ」


 辛うじて俺が背後にいることに気が付いたカールが振り返るのと同時に、刀身に鞘を付けたままの剣で腹を思いきり殴る。その一撃だけで倒れていくカールを見ても、俺は何とも思わなかった。

 決闘は初手で距離を詰めてからの早期決着がセオリー。初手で大火力の魔法を放っていいのは、近接戦闘に余程の自信がある者だけだ。


「そ、そこまで!」


 カールが倒れてから数秒の空白があってから、グロリオス教官が終わりの言葉を口にした。

 闘技場にいる殆どの人間が俺に対して驚愕の視線を向けている中で、数人の生徒だけが別の視線を送ってきているのが見えた。エレミヤは不敵に笑い、エリッサ姫は呆れたような顔をしている。ニーナ・ヴァイオレットは狂気とも言える熱を瞳に宿し、生徒会長のアルス先輩は楽しそうに微笑み、俺がまだ見たことのない黒髪黒目の女子生徒が胡散臭そうな笑みを浮かべている。


「しょ、勝者はテオドール・アンセム……では事前の条件、通り」

「俺に二度と絡むなって目が覚めたら言っておいてください。どうせ1時間もしないうちに意識が戻ると思うので……後、俺の序列は250位ってことでいいんですかね?」

「あ、あぁ……私が立会人として、学園に話を通しておく」


 はぁ……それにしても実に不毛な決闘だった。

 負けるのが嫌だから勝とうと思って戦ったが、ただよくわからん不正だけ見せられて俺はなんの変化球もなく勝った。カールが放った炎の魔法は威力や炎の大きさこそそれなりに凄かったが、魔法陣自体はごくありふれたもので、特筆するべきこともなにもなかった。あれぐらいなら時間をかければ誰でも使えそうだが。

 そもそも、ちょっと背後に回り込んで剣を振っただけで終わりとかなるんだったら、最初から絡んでくるな。あー……こんなんだったら普通に古書館で本を読んでいた方がまだまともな勉強になった。雑魚相手に無駄に剣を振るのは嫌いだ……やはり序列なんてなんの指標にもならないだろ。

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