第14話 詰んだ

「俺はお前に決闘を申し込む! 逃げるなよ!」


 どうしてこうなった。



 生徒会長から序列表を貰い、古書館にてエリクシラと色々と話し合った翌日……俺は学園内でニーナ・ヴァイオレットを探していた。流石に984人も生徒がいると、彼女がいる場所を探すことすら大変だ。幾つかに組み分けして授業や訓練などを受けているので、幾つかあたりを付ければ見つけられると思ったのだが……想像以上の一匹狼なのか全く見つからない。

 途中で出会ったエレミヤに聞いてみても、俺と同じ組に所属しているからやはり知らないらしい。喋りかけるだけで周囲の女子生徒に睨まれたので、素早くエレミヤの傍から逃げ出して再びニーナ・ヴァイオレットを探す。そんな時に、俺は再び厄介な種と出会ってしまった。


「ふふふ……奇遇ね、テオドール!」

「うわ」

「うわって言ったわね!?」


 学園内でこうしてばったりと出会うのは何度目だろうか。でも、彼女の言葉を聞いている限り、ばったりと出会ったと言うより彼女が俺のことを狙っている気がするのだが。

 エリクシラには派閥の主である生徒とは関わりたくないと言ったが、エリッサ姫はその中で最も関わりたくない生徒だ。なにせ彼女のこの国の王族で、他の派閥を形成している連中よりもより一層血筋なんてものに拘ると思う。つまり……俺みたいな平民の984位なんてゴミもいい所だ。

 今だってエリッサ姫が俺に話しかけた瞬間に、背後にいる眼鏡の男がこっちを睨みつけてきている。突っかかってこないのは、変なことを言えばまたエリッサ姫に制止されてしまうからだろう。


「おほん……今日は貴方に用事があって会いに来たのよ」

「ほぉ?」

「私の派閥に入りなさい!」

「なっ!? エリッサ様!?」

「断る」


 エリクシラには派閥のトップは興味ないだろって言っちゃったんだけど、エリッサ姫はどうやら自分の意思で派閥を率いているらしい。

 それとは別に俺を派閥に引き入れようとしている話は、後ろの眼鏡君にも話していなかったらしく、酷く狼狽している。


「こんな序列が最下位の男を入れる必要はありません! 高貴なる貴女様にあのような平民など!」

「言葉を慎みなさいカール。平民だからと差別する発言をよくもこの私の前でしましたわね」

「し、しかし、このような男など、派閥に入れる必要が何処にあるのですか!?」

「そーだそーだ」

「貴方は何故カールの味方をしているのかしら?」


 派閥に入りたくないからだよ。

 今日ばかりはカール少年の応援をするぞ。俺は死んでも派閥になんて入りたくないからな……基本的に、俺は群れるのが嫌いなんだ。


「せめて派閥に入れるのならば……せめて彼女のような人でなければ!」


 カール少年が指を差した方向へと全員の視線が移動する。その先にいたのは、黒く長い髪をまとめることもなくそのまま放置している女性だった。複数人の目が自分へと向けられていることを理解した彼女は、鮮血のような赤い瞳をこちらに向け、指を差しているカール少年を見て露骨に顔を顰めた。

 少女の足がこちらへと向いた次の瞬間には、カール少年と俺の間に移動しており、不快そうなものを見る目で自分を指していた指を掴んだ。


「どうしてこう、貴族ってのは失礼な連中が多い? 何様のつもりで人を指差してんだ」

「ぐぁっ!?」


 今の少女の動きを目視で追っていたのは、俺とエリッサ姫だけ。黒髪の長髪に鮮血の瞳、そして今の一切の無駄が存在しない動き。間違いない……この少女こそが、ニーナ・ヴァイオレット。


「こうして会話をするのは初めてですね、ニーナ・ヴァイオレットさん」

「……誰だ?」

「エリッサ・クーリア……この国の第二王女です」

「王女? 猪突猛進の?」


 やべ、ちょっと笑う所だった。気付かれていないと思っていたけど、エリッサ姫がこちらを軽く睨んだのでバレていたらしい。

 ニーナ・ヴァイオレットは、カール少年の指を手放してからエリッサ姫の顔をじーっと見つめていた。


「……違う。私が感じ取った強者の匂いはお前じゃない」

「強者の匂い?」

「あぁ……ここに、私に意識を向けた強者がいた。間違いなく、この私を値踏みするような視線を向けた奴が」


 おい、そこでこっちを見るなエリッサ姫。自分以外の強者なら多分お前だろみたいな感じでこっちを見るな……ちょっと誤魔化してくれよ。

 俺のアイコンタクトが通じたのか、エリッサ姫は困惑したような表情のまま小さく頷いてから口を開いた。


「貴方の考える強者は、彼じゃないかしら?」

「おい!」


 なんでだよ!?


「この男が?」


 ひぃっ!? よく見ると猛獣みたいな目してるな……ギラギラしてて、エリクシラが語っていた血に飢えているってのもあながち間違いじゃない気がする。

 一気に顔を近づけて来たニーナは、鼻を動かしながら訝し気にこちらを観察していたが……突然左の拳で殴りかかってきたので、それを片手で逸らして首筋に手刀を当てる。


「確かに、お前だ。私のことを値踏みしていたのはっ!」

「不躾な視線だったのは謝罪するんで、お話はまた後で」

「そうか……ならいい。邪魔したな……あーっと」

「テオドール・アンセム」

「あぁ……また後でな、テオ」


 さらっと略して呼ぶな。

 さて、ニーナ・ヴァイオレットとのコンタクトが取れたので一先ず今日の目標はクリア……したけど、アイコンタクトに頷いた癖に平然と真反対のことをしたエリッサ姫はどうしてくれようか。


「あのなぁ……俺は目立ちたくないってずっと──」

「──決闘だ」

「は?」


 ニーナに放り出されて尻餅をついたまま立ち上がれていなかったカール少年が、震える声で俺を睨みながらなにかを呟いた。

 ゆっくりと立ち上がりながらも、ぶつぶつとなにかを呟いていて、これ以上彼に発言させるのは不味いと思ったが、それよりも速くカールは立ち上がった。


「俺はお前に決闘を申し込む! 逃げるなよ!」


 ど、どうしてそうなった。


「俺の名前はカール! クロノス魔法騎士学園序列250位のカール・キエナフ! キエナフ男爵家の誇りにかけて、お前に決闘を挑み、勝つ!」


 いや、君を突き飛ばして恥をかかせたのは俺じゃなくてニーナさんでしょうが。ちょっと待ってくれよ。

 エリッサ姫もさっさとやってしまえばいいじゃないぐらいの感じだし、立ち去ろうとしていたニーナは俺の実力が見れるなら観戦しようかなってちょっとウキウキしてるし、周囲のエリッサ派閥の奴らはカールの宣言に盛り上がっている。

 ひょっとして、俺詰んだ?

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