第10話 『神秘の書』

 いや、グリモアって普通は見せないもんじゃないの? リエスターさんの言葉からもそういう風に俺は読み取ったし、実際に俺もあんまり他人に見せたいと思うものではないんだけど。でも、エリクシラは胸に手を当てたまま目を閉じて、マジでなにかを出してきそうな気がする。

 見たいんだけど……本当に見ていいのか迷ってしまう。もしかして俺がこんな風に感じることを想定してるのか?


「べ、別に無理に見せてくれなくたって──」

「『神秘の書ラジエル』」


 俺の制止を無視して、エリクシラは空中に光り輝く一冊の本を生み出した。生み出された本はゆらゆらと左右に揺れながらも、ゆっくりとドヤ顔をしているエリクシラの手に収まった。


「どうですか? これが私の魂の発露、グリモア『神秘の書ラジエル』です」

「……お前、本当に馬鹿なんだな」

「なっ!? ど、どういう意味なんですか!?」

「普通グリモアなんて他人に見せないだろ」

「う……」


 う、ってなんだよ。まさか本当になにも考えずに俺にグリモアを見せたの? 自分がグリモアが使えるんだよって自慢する為だけに? 正気か?


「まぁここまで来たら能力まで教えてくれよ」

「嫌です!」

「なんでだよ」

「よ、よく考えたらグリモアを他人に見せることって良くないことですし……その、あんまり能力を考察されても困りますから?」


 もう遅いだろ。それは出す前にする対処法じゃないのか?

 既に俺はエリクシラのグリモアがラジエルという名前で、本の形をしていることを知ってしまったんだから……幾らでも考察することができる。とは言え、この本を読んでいる感じ、グリモアは結構突拍子もない能力で発現することも多いようなので、考察はあくまで考察でしかないが。


「でも綺麗だ……ラジエルって言ったか。魂の発露であるグリモアがそんなに綺麗ってことは、きっとエリクシラの魂が美しいんだろうね」

「そ、そんな急に褒められても困ると言いますか……その、恥ずかしいですね」


 書物の形をしているグリモア……つまり、まず間違いなく魔法に関するなにかを補助するような役割のグリモアだろう。非戦闘系なのか、それとも戦闘特化なのかはわからないが……エリクシラは武器が扱えないだけで魔法ができないとは絶対に言わない。ということは、間違いなく戦闘にも応用できるグリモアだろう。

 魔導書……ってことではなさそうだが、それに近しいものだろうな。


「と、ところで……テオドールさんは、グリモアとか」

「使えるよ。人生で使った回数なんて数えるほどだけど」

「え……気になったり、しないんですか?」

「逆にそこまで気になったりする? そりゃあ、序列が最上位の連中とやりあおうって思ったら必要かもしれないけど、エリッサ姫だってグリモアが使えないのに11位なんだから、別によくない?」


 はっきり言おう。魔法騎士にならないのならば、グリモアなんて持っていてもあんまり役には立たない。冒険者としての稼業だって、そこまで危険な戦闘行為をするぐらいなら、普通に地方を統治している貴族のお抱え騎士になった方がマシだ。

 グリモアは天才が持つもので、発現させるだけで名前が残るぐらいの天才であると言ったが……はっきり言って人間には過剰な能力であると言える。それこそ数百年前みたいにでも起きれば別かもしれないが。


「なんか……ドライですね」

「そりゃあね。でも、全く気にならないって訳じゃないよ……ちょっと前に完成されたグリモアの一端を味わったばかりだからね」


 あの試験の時、リエスターさんがグリモアを使用して雷を扱い、素手で俺の持っていた木刀を粉砕した。ここまではわかっている情報だが……そこから先の話は全くわからない。雷と素手で木刀を粉砕できることにどんな繋がりがあるのか、そんなものは全くわからない。俺にあの時見えたのは、視界の中で一瞬だけ瞬いた稲妻と、急にブレて木刀を粉砕したリエスターさんの手刀だけだ。


「まぁ、載ってる訳ないよな」


 グリモアについて色々と書かれている本を開いて見たが、そこに載っているのはそれこそ数百年前の人間が使っていたグリモアの名前や能力だけだ。今を生きる人間の切り札のことを、赤裸々に書いているような本は流石にない。


「ま、いっか……魔法陣の本でも見よ」

「す、すぐに興味なくしましたね」


 そりゃあね。

 エリクシラはいそいそとラジエルを消し、俺と同じ様に分厚い事典のような本を開いた。

 この古書館は寮から結構近い所にあるんだが……利用する生徒は結構少ない。なにせ、いつも司書さんと俺、そしてエリクシラがいるぐらいなもんだ。


「そんなに、魔法について調べてどうするんですか?」

「楽しいだろ? 学生の勉強なんて楽しめたら覚えられて、楽しくなかったらいつまで経っても記憶できないぞ」

「なんか、実感籠ってますね。まるで学生時代を過ごしたことがあるかのような」

「……そんなこと、ないよ?」


 実は異世界から転生してきた人間なんですーなんて言ったって、普通に伝わらないだろ。それはそれとして、やはり魔法というものに強い関心を抱いてしまうのは、異世界人の知識があるからだろう。魔法が使えたら、とは誰もが一度は思うことだからな。


「そういうエリクシラだってこの古書館に引き籠って本ばっかり読んでるだろ」

「私は、いいんです……これが実力をつける近道ですから」

「実力をつける? 本を読むことが?」

「そうです」


 へー……多分、ラジエルの能力に関係しているんだろうな。

 俺がこの古書館に引き籠って色々と本を読んでいるからはっきりと断言するが、ここの本を読んだって普通は実力なんてつかない。ここにあるのは魔法の理論とか、魔法陣の種類や効果が載っている本みたいなのしかない。こんな場所で本を読んでいるぐらいなら、学園の演習場でも借りてひたすらに魔法を放っている方がよほど成長できると思うぞ。


「はー……でも、こんな風に本読んでばっかりじゃなくて、ちゃんと金も稼がないとなぁ……」


 家から仕送りは来る。だが、この古書館には置いていないような最新の魔法に関する本とか外に買いに行こうと思ったら、流石に仕送りだけでは足りない。なんとかく前世があるから、見栄張ってそんなに仕送りは必要ないって言うんじゃなかった。


「お金って……冒険者で、ですか?」

「そうだよ。適当に王都郊外の魔獣でも狩ってれば金にはなるだろ」

「じ、実家への仕送りとか?」

「本もっと買いたいから」

「どんな本を?」

「最新の魔法研究に関する論文とか」

「なんで魔法科じゃないんですか?」


 魔法騎士科が無料だったから。

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