第9話 グリモアが見れるらしい
「……グリモア、見せて欲しいけど我慢するよ」
「そうしてください」
まぁ、生まれた時から使える人間のグリモアがどんなものか気になる気持ちはわかる。とはいえ流石になんのメリットもなくグリモアを晒すのは自殺行為にも等しいだろう。まぁ……見ただけで対処できる程甘くないのがグリモアの強力な部分ではあると思うけど、それでも念のためにね。
「今更の話なんだけど」
「はい」
「なんで試験受けなかったの? もしかして……魔法騎士に興味ない?」
「ないですね」
即答で言い切ったら、リエスターさんは開いた口が塞がらないって感じの反応をしていた。まぁ、師団長になるような人からしたら信じられない話かもしれないけど、俺としては冒険者として金を稼いで自由に生きていく方があってるかなって。
「君みたいな将来有望な人材を逃すなんて、魔法騎士団の師団長として見逃せないな」
「えー」
「君が魔法騎士になれば、すぐに師団長になれるよ」
「でも忙しいんでしょう?」
「……まぁ、否定はできないけど」
ほら。
俺はそもそも、あんまり国とかに縛られる立場になりたくないんだよ。師団長クラスになれば、騎士爵を与えられるのなんて目に見えている。そうなれば今度は貴族としても求められるものが増える訳だ……やってられるか? 少なくとも、平民出身で前世もブルジョアだった訳ではない筈だから、社交界なんて出れないぞ? 貴族としての仕事もできないし、礼儀もないぞ? 王様に変なこと言って打ち首にされちゃうかもしれないだろ。
「リエスターさん……なにしてるんですか? 実力を見るって話は」
「え? あぁ……彼には必要ないよ。試験中に私の木刀を叩き折った唯一の生徒だからね」
「こ、こいつがですか!? この平然と試験をすっぽかして序列最下位になる男がですか!?」
「うん。彼、魔法騎士には興味ないみたいだから」
「なんで魔法騎士科入ったんだよ」
それは俺を誘ったクロノス魔法騎士学園が、魔法騎士科以外は別途の学力試験が必要って言うからだろ。俺は楽に行ける学園で蔵書が滅茶苦茶いいって話だけで、この学園に入ったんだから。隙を見て普通科か魔法科あたりに転科しようと思ってたんだから。
「……テオドール、王国流片手魔法剣術はできるか?」
「まぁ……今日の授業で組んだ奴には独学が混ざってて下手くそって言われましたけど」
「別に上手である必要はない。俺にそれを見せてくれ」
まぁ、師団長が実力を認めたって、教官としては自分の目で確認したいわな。
手渡された木刀を片手に、言われた通りに片手魔法剣術の型を見せる。ちなみに、俺の剣術が下手くそな理由の一つは自覚している。それは、そもそもゆっくりと剣を振って型を見せるって行為自体が初めてなので、どうしてもぎこちなくなってしまうのだ。それに加えて、俺の独学剣術は通常の王国流片手魔法剣術とはリズムが違う。リズムが違って、一つ一つの動きがぎこちない型……下手くそ以外のなんでもないだろ。
「確かに下手くそだな」
「うん、滅茶苦茶下手だね」
うるせぇ。
「だが、剣術そのものにブレはない。それに独特で分かり難いが……魔法を挟み込む余地も見える……次は速くやってくれ」
「速く?」
「型はゆっくりだけでは意味がないだろ」
あー……そういうことね。なら、さっきまでのぎこちなさは消えるだろうからいいね。
通常、剣術の型は全てで数分間かかるようなものだが、当然ながら高速で出来る人間はどこまでも速くできる。基礎的な型だけなら……ものの数秒で終わる。
「はい、どうですか?」
「……すまん、見えんかった」
「すっごく速いね。それに、さっきまであった動きの違和感が全て消えた」
おぉ、グロリオス教官には全く見えていなかったらいしいけど、リエスターさんには全部見えていたらしい。やっぱり師団長になる人は根本的な実力からして違うな。
「その実力がありながら何故魔法騎士にならないのか……全く理解できないが、とりあえずお前は落第生ではないことは理解した。ただ……真面目に試験は受けろ」
「それは……普通にすいません」
「うん、それは君が悪いね」
反省してます。
なんか師団長さんと喋ったり、教官の前で型を見せたりと色々なことがあったけど、なんとか居残り訓練が終わったのでさっさと古書館へと向かった。
受付の人に会釈しながら、今日は魔法陣ではなくグリモアについて書かれた本を探す。リエスターさんが俺に試験で一瞬だけ見せたグリモアのように、実は知らないところで俺は数多のグリモアに出会っているかもしれないのだ。
「ふふふ……面白い!」
「あの、古書館では静かにするのが当たり前ですよ?」
普通に申し訳ないと思いながら振り返ったら、明らかに不機嫌って顔をしながらこちを見つめてくるエリクシラの顔が見えた。
「あ、983位さん」
「エリクシラ・ビフランスです!」
「古書館ではお静かに」
「すいません……」
司書さんに呆れたような顔で叱られたエリクシラはすぐに声を小さくしながら、わざわざ俺の隣に座った。
「教官に連れて行かれた先でなにしてたんですか?」
「型を見せた……のと、師団長と雑談してた」
「しっ!? 学園に来る師団長って……学園最高の才女と呼ばれたあの『リエスター・ノーブル』第3師団長ですか?」
「うん」
学園最高の才女ね……まぁ、確かに天才って感じの感性をした人ではあったけど、そんな呼び名があったのか。
「わ、私も話したかった……というか、だから今日はグリモアの本を読んでるんですか?」
「そう」
グリモアとは魂に刻まれた自分自身を発露させたものであり、個々人の魂の形によって能力も形も無限に存在する、って書かれてる。理論上は全ての人間が持つが、近年では発現させるものが非常に少なく、発言しただけで天才扱いされるものらしい。
グリモアなんて発現させるのが非常に難しいものなんだから、天才扱いされて当然だろ。俺が生まれた時から使えるのは特殊な事情だけど、それ以外にこの世界でグリモアを発現させている人間はもれなく天才なんだ。
「……実は私、グリモアが使えるんです」
「あはは、それは楽しいですね」
「絶対信じてない」
剣に振り回されている人間がなにを言うか。エリッサ姫風に言うと、エリクシラは持たない者側の人間なんだから素直に諦めろ。
「……見せてあげますよ。私のグリモア」
「え?」
たとえば、エリクシラが本当にグリモアを使えたとすると……それをこんな所で無料で知れるのは物凄いことなのでは?
ちょっと煽てた方がいいのかな、なんて俺が思うよりも前に、エリクシラは自身の胸に手を当てて目を閉じた。
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