第5話 やらかした

「ここなら誰の目もありません。思う存分……戦えます」


 なんか……放課後に体育館裏とか校舎裏に連れ込まれてボコボコにされるみたいな雰囲気だな。

 なんてくだらないことを考えている間に、エリッサ姫が剣を抜いた。無骨だがよく手入れされているように見える両刃片手直剣……間違いなく、業物だろうな。


「さぁ、貴方も武器を」

「いや、持ってないから」

「……は?」

「だから、持ってないって。寮の自室の……多分机の横に立てかけてあるのかな? だから今は手元にない」


 マジの話だ。出掛ける前に場所を確認してから、別に持ってこなくてもいいかと思って放置してきたんだから。この学園、魔法騎士学園なんて言うぐらいだからみんな普通に帯刀してるんだけど、今日の俺は帯刀せずに普通に歩き回ってから変人を見るような目をされてたね。


「それで、私に勝てると言っていたのですか?」

「え? 事実じゃん」

「そうですか。よくわかりました……手加減はしません」


 おぉ……仮にも守るべき平民だろうに、まさかそんな殺気ビンビンな目を向けるなよ。

 地面が爆発するような音と共にエリッサ姫の姿消えた。魔素を多く取り込め、魔力に変換する効率がいい人間が、身体能力を強化することができるからといって、こんな人外染みた速度を出せるのはおかしいだろう。


「まぁ、だからなんだって話なんだけど」

「は?」


 おー怖い。今のは全く止める気なんてなくて、普通に俺のこと斬ろうしてたよな。


「なにを、したんですか?」

「なにって……見て分からない? 指で止めたんだよ」


 人差し指と中指で剣を止めただけだ……とは言え、あんな直線的な動きじゃ誰だってこんなもんだろうな。だからこの姫様は、あれだけの速度を出せながらも11位な訳だ。


「彼我の実力差は歴然……もうやめ──」

「っ!」


 俺が言い終わる前にエリッサ姫の剣から炎が溢れだした。短縮魔法による属性付与……ただ、この規模の属性付与はもう付与なんて言葉で片付けていいレベルじゃないだろ。


「貴方は……何故それだけの力がありながら、序列にも魔法騎士に対しても無感動でいられるのですか?」

「え? 俺、魔法騎士に興味ないって言ったっけ?」

「見ればわかります。貴方は……ただ誘われたからクロノス魔法騎士学園に入学した生徒だと」


 おぉ……姫様がそう思うってことは、多分同じような奴が何人かいるってことなんだろうな。まぁ、普通に考えたらそうだよなぁ……特に貴族の出身とかは、クロノス魔法騎士学園に入学することが目的の人間なんて山ほどいるだろうな。そうすると、俺のやる気の態度ってのも別に学園じゃ珍しくないのでは?


「ですが、そういう生徒と貴方は違います。貴方には誰もが羨むような才能がある……持っている人間は見るだけでそれが理解できるはずです」

「それは自分が持っている人間だと?」

「……私は持っていません。ですが、城で何度も見てきました……持っている人間の姿を。だから私は貴方が持っている側の人間であると理解できるのです。そして同時に、その持っているはずの貴方が何故そうして何もせずに生きているのか、理解ができないんです」


 ふーむ? 随分と話が抽象的でわからないな……持っているとか持ってないとか、最初は才能の話かと思ったんだけど、なんか言っていることが違う気がするんだよな。だって、才能ってだけの話をするなら、エリッサ姫は持っている側の人間だ。

 そうじゃない持っているって話は……あ!


「持っているとか持ってないとか、なんの話かと思ったらあれかぁ!」

「っ!」

「見ただけで見分けがつくって本当? 本当だとしたら凄いことじゃない?」


 彼女が持っているとか持っていないとか頻りに言っていたものの正体は……この国では発動できる者はすべからく天才であると言われるものだ。


「そうか……エリッサ姫は『』を持ってないのか」

「やはり、貴方はそれを持っている」


 うーん……グリモアの話だったら、エリッサ姫の言葉は正確にはあっていないことになる。だって、人間は誰しもグリモアを持っているはずなんだから。それは転生者である俺も同じ事だ。


「はやく、貴方のグリモアを見せてください」

「え? 嫌だ」

「……え?」


 何言ってんの?


「グリモアを見せるってのは、自らの手札を相手に晒すってことだよな? 安易に相手にグリモアを見せる魔法騎士なんてこの世界のどこにもいないでしょ。それに……」


 うん……ちょっとかわいそうだけど、いいか。


「それに、グリモアなんて大層な物を見せる必要ないじゃん」

「はぁっ!」


 お前は俺が剣を抜く必要もないほどに弱いだろ、という明確な侮辱に対してエリッサ姫は予想通り真正面から向かってきた。剣から溢れ出す炎は、そのままエリッサ姫が抱える激情と言っていいだろう。けど……俺は性格が悪いから。


「真正面から相手をするほど、優しくないんだ」

「短縮魔法っ!?」


 右手だけで短縮魔法を発動させてエリッサ姫の背後に『転移』する。転移の魔法は、本来ならば膨大な量の魔力と巨大な魔法陣を必要とする高等魔法なんだが……たかだか数メートルを転移する為だけなら短縮魔法で滅茶苦茶省略できたりする。

 即座に振り向きながら剣を向けようとしてくる腕を掴み、剣を叩き落としてから手のひらから魔力を押し出して彼女を吹き飛ばす。一国のお姫様にあんまり乱暴はしたくなかったんだけど……向こうから挑んできたんだから仕方がない。

 彼女にぶつけたのは攻撃魔法ではなく、ただの魔力の塊なので傷もできていない。ただ、いきなり強い風によって吹き飛ばされるような感覚は味わっただろうけども。


「……やっぱり業物だ」


 俺の足許に落ちていたエリッサ姫の剣を手に取って眺めてみる。

 学生じゃあり得ないぐらいの規模の付与魔法を使っていたから、もしかしたらこの剣に仕掛けでもあるのかと思ったけど……普通にただの業物なだけの剣だった。つまり、さっきの周囲を焼き尽くさんとする炎の付与魔法はエリッサ姫が自身で付与したもの。

 グリモアが使えないだけで、彼女もやはり天才なんだろうな。

 でも、冷静に考えるとそんな彼女の上に10人もいるんだろ? この学園おっかないな……やっぱり序列は適当なところまで上げたらそのまま放置しておくかな。

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