第3話 序列ってのがあるらしい

「じょ、序列って言うのは、クロノス魔法騎士学園で与えられる生徒の優劣みたいなものです」

「序列が高いと?」

「卒業する時に魔法騎士の称号が貰えます」

「へー……低いと?」

「あまりに低すぎると、居残り訓練が増えたりするらしいですけど……本当かどうかは、知りません」


 へー……なら別にいいか。俺は魔法騎士の称号が欲しくてこの学校に来た訳じゃないし。勧誘が魔法騎士科から来てたから俺は魔法騎士科に入っただけで、別に入れるなら何でもよかった訳で。


「わ、わかってないみたいなので言いますけど、この序列は、この学園ではとても大事なんですよ?」

「この魔法陣の専門書とどっちが大事?」

「当然、序列です」


 なるほど……これよりは序列の方が大事だと。つまり、序列が高ければそれ相応のメリットが存在して、低ければデメリットが存在するってことなのかな。でも居残り訓練があるとかないとか言ってなかったか?


「あまりにも意欲が無いと退学ですよ!?」

「いや、退学になるまで休んだりしないけど……ぶっちゃけ、魔法騎士には興味がないんだよね」

「そ、そんな人がいるなんて……考えも、しなかったです」


 さっき魔法騎士科やめたいって言ってなかった?


「私は……その、興味が無くてもならなくちゃいけないんです……落ちこぼれ、ですから」

「……なにか、事情があると」


 エリクシラ・ビフランス……ビフランスね。

 椅子から立ち上がって近くの本棚に目を向ける。そこにはクーリア王国の歴史について書かれたような本が並べられているのだが……その中には当然、貴族について詳しく書かれている本も存在する。


「び、び、び……あった、ビフランス家。王国古参貴族ビフランス辺境伯爵家。代々優秀な魔法騎士を輩出することが有名で、初代当主であるアルフレッド・ビフランスは、で英雄的な活躍をした初代クーリア王国魔法騎士団の団長である、か」

「や、やめてください……」


 ふむ……彼女が興味もなければなりたくもない魔法騎士になるための学校に入った理由は、家の事情って訳だ。代々優秀な魔法騎士を輩出してきた古参貴族であれば、エリクシラ・ビフランスにも当然ながら魔法騎士なれという重圧がかかる。だが……見た感じで悪いが、彼女には魔法騎士の才能があるようには見えない。

 常に自信が無さそうに俯いた視線に、それにつられるように丸くなっている背中。言葉の頭がつっかえるような喋り方に、騎士を名乗るには細身すぎるその身体。才能がないことなんて見ればわかるはずなのに……ビフランス家は彼女を魔法騎士にさせようとクロノス魔法騎士学園に送り込んだ。いや、逆に……落ちこぼれであると蔑まれているとしたら、どうする?


「魔法騎士になれればそれでよく、魔法騎士になれなかったら家から追い出されるって感じか?」

「……」


 この場合の沈黙は当たりだろうな。魔法騎士になるなら最低限ビフランス家の仕事を果たしたと言い、どこか適当な上級の貴族に嫁がせる。逆に魔法騎士になれなかったら才能がない落ちこぼれだと蔑まれ、格下の貴族や商人なんかに嫁がせる。完璧なやり方だな。


「まぁ、どうせ序列決めの試験も成績悪かったんだろ? だったらいっそのこと諦めてしまえば──」

「──それができたら、最初からしています。貴方のように全てを捨てようとしている人とは、背負うものが違うんです!」


 殺気すら籠った視線を向けられて、反射的に左手首につけているに手が伸びてしまった。

 魔法騎士になる才能がないなんて言ったけど、前言撤回だ。臆病な根暗女の皮を剥いだら、中から出てきたのはとんだ魔物。ビフランス家の血筋はちっとも薄まっていないと見える。


「あっそ、勝手に背負わされたのに律義だな」


 俺はそういう責任とか、期待とか……そんなものに押し潰されるのはごめんだ。前世のことなんてよくは思い出せないけど……俺の中にある■■■■の魂が、そう言っている。だから俺は、責任とか他人の期待からはとにかく逃げて生きて行こうと思う。


「……ところで、全てを捨てようとしているってなに?」

「え? そ、それは……試験を受けてないんですから、序列が984番になるって話ですけど」

「984番……最下位ってこと?」

「はい」


 それって……やばいのかな。


「さっきも言いましたけど、意欲が無いと退学ですよ?」

「まぁ……そこまでは休んだりしないって」

「あんまりにも試験に出ないと退学ですよ? 退学になったらこの古書館には出入りできないんですよ?」

「マジかよ、これからはちゃんと試験受けるわ」


 俺にとっては滅茶苦茶死活問題だぞ。


「あと……その、ずっと気になってたんですけど『子供でもわかる簡単魔法陣!』って……なんでそんなもの読んでるんですか?」

「あぁ、こういうのって知っていてもちゃんと順番に読まないと駄目かなって思うんだよね。別にいいはずなのに」

「そ、そうですか……変な人ですね」


 変な人言うな。そもそも出会ってまだ1時間も経ってないのに、変な人扱いとはなんだ。全く……俺は変な人ではない。


「子供でも読めるって言葉に嘘はないな。確かに魔法陣についての基礎理論がしっかりと書かれている」

「き、基礎理論、ですか?」

「そう、あくまで基礎理論」


 魔法において基礎理論なんてあってないようなもんだと思うけどね。


「その……貴方は『短縮魔法』も使えるんですか?」

「まぁ、ね。昔から魔法に関しては天才って言われ続けた人間なんで」

「なのに基礎理論……」

「いいじゃん別に、気になったんだから」


 短縮魔法とは、単純に言えばお手軽に好きな魔法を使えるようにパターン化した魔法陣を、更に無駄を省いて簡略化したもの。簡略化のメリットは、まず発動速度が全く違うこと。短縮できる時間は魔法によって違うが、代表的なので言うと『属性付与』の魔法は、短縮魔法を使用すると発動速度が5倍になる……らしい。今となっては『属性付与』が短縮系でしか使われないから知らないけど。

 で、俺が短縮魔法を使えるのかって話だけど、当然だが使える。そもそも短縮魔法が使えないのに魔法騎士になろうなんて思う奴はいないだろ。魔法騎士にとって発動速度はそのまま命に直結する話だからな。


「序列984位のテオドール君には関係ないかもしれないけど、魔法騎士の訓練はハードだから……短縮魔法も色々やらされるんです。最初から使えるって言うのは、有利、ですよ?」

「なんで一回煽ったの?」


 おかしいよね?

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