第2話 試験をサボった
クーリア王国の王都『アレクシア』は、水が綺麗な都だ。街中にまで食い込んでいる港を中心に発展した国であり、アレクシア港には周辺諸国の船が大量に泊まる。他国と他国の中心に存在する王都アレクシアは、まさしく貿易の中心地点という訳だ。
水の都とも呼ばれるぐらいに美しいアレクシアだけど……一応王都に存在しているクロノス魔法騎士学園は、海とは逆方向の山の近くに存在する。なんでだよと思うが……クロノス魔法騎士学園が元々戦争の時に使われていた要塞を元にしているからだとか。
ここまでだらだらと色々と語ってきたが、何が言いたいか。それは……クロノス魔法騎士学園は基本的に全寮制だということだ! しかも学園そのものが滅茶苦茶デカいせいか知らないけど1人1部屋が与えられている。金があるなーと思っていたんだけど、噂によると年度の途中で退学する者や他の学科に移動する人間が多いからだとか。ようは、2人1組の部屋分けにしてもそのうち勝手に1人部屋になるんだから最初から1人部屋でいいじゃんって話らしい。馬鹿かな?
「まぁいいや……今日の予定は……試験?」
また? 入学試験もやったのに入学してからすぐに試験があるのかよ。でも……入学したばっかりの試験なんて大したことないよな。よし、古書館に引き籠ってサボろう。元々魔法騎士になんて興味ないし、それで他の学科に移動させられるなら願ったりだ。
教室を抜け出して、古書館に堂々と入る。最短で3年制となるこのクロノス魔法騎士学園だけど、今日は学園内でちゃんと活動しているのは新入生だけらしく、古書館は閑散としていた。
これは幸いと言えるだろう……なにせ新入生は現在進行形でなにかしらの試験をやっている最中なんだろ? それをサボって古書館に入り浸ってるとか普通に考えて退学もんだと思うけど……バレなきゃ問題ではない。
入り口で学生証を翳すことで魔力感知的なことがされているのか、扉が自動で開いた。こういう部分は俺が転生前に日常的に触れていた科学技術を凌駕しているように見える。いや、ICカードのタッチで扉が開くぐらいは普通にあるけどさ。
「お、おぉ……」
古書館に足を踏み入れて、まずその蔵書の多さに圧倒されてしまった。見渡す限りの本、本、本……読書が好きで仕方がないって人にとってはたまらない場所だろうな。俺は魔法に興味はあっても、本そのものにさして興味もない……だから、まずはこの古書館で『魔法陣』を集めた本を探す。
「ま、ま、ま……魔法関係は……」
「魔法に関する本は2階だよ」
案内板を見つめながら本の種類を探そうとしていた俺の背後に、いつの間にか人が立っていたらしい。ゆっくりと振り返りながらその顔を見ると……ムカつくぐらいイケメンだった。
特徴的な紫色の髪の毛は、一切の乱れもなく整えられていた。こちらをじっと見つめる灰色の瞳には、興味と疑問がありありと浮かんでいる。
こっちとしても色々と言いたいことはある。なんで古書館の司書さん(?)がこんなにイケメンなんだよとか、全く気配を感じなかったのに何処にいたんだよとか。
「あ、自己紹介をした方がよかったかな?」
「いえ必要ないです」
別にそこまで司書さんと仲良くする必要もないと思うし……いや、ここに入り浸るなら仲良くしておいた方がいいのか? これから俺はここの住人になる訳だから、司書さんは俺にとっては大家さんみたいなものか。
「……失礼しました。やっぱり名前を聞いてもいいですか?」
「あ、うん。ちょっと断られてびっくりしちゃった」
すいません。
「僕の名前はアルス・クーゲルという。一応、クーゲル侯爵家の次期当主……ってことになってるね」
「……侯爵家次期当主?」
え、それって普通に偉くない?
侯爵家って……公爵の一個下ってことだよね? 国でナンバー3ぐらいに偉くてもおかしくない家だよね? それの、次期当主?
やべぇ…………滅茶苦茶失礼なこと言っちゃったぞ。しかも立場が上の人に先に名乗らせちゃったし……今からでも謝って許してもらえるかな。
「こ、侯爵家次期当主様とは知らずに、ご無礼を働いたこと──」
「あーいいよいいよ。僕も言い方が悪かったね……」
「……その、許してもらえるんですか?」
「うん。そんな細かいことまで一々後輩に言わないって」
こうはい……後輩?
え、後輩ってことはこの人、司書さんじゃない!?
「その……アルス様は」
「あ、ごめん……もう時間だからいかなきゃ」
クソ……聞きそびれてしまった。まぁ……司書さんでいいか。
「最後に1つ! 試験は無断で欠席したら駄目なんだぞ、新入生君!」
全部バレてら。けど、あくまで試験をサボったのは俺の自己責任なんで……別にいいだろと俺は思っている。
人間、学生時代に戻ったら何がしたいですかと言われたら、多くの人が今度こそちゃんと勉強するって言うと思う。俺もそんなことをずっと思っていたタイプの人間だったけど、転生してから新しく学園生活を始めて……最初の試験をサボるぐらいにはまともに考えてはない。三つ子の魂百まで、とか、馬鹿は死んでも治らないとか言うけど本当なんだなって。
その代わりと言ってはなんだけども、俺はこの世界に転生してからひたすらに魔法について学んできた。昔から母さんには魔法騎士としての才能があると言われ続けていたけれど……本音を言うと俺は騎士じゃなくて魔法使いになりたかった。理由なんて簡単なことで、昔から魔法が使いたいとずっと思っていたからだ……前世の話だけど。
「魔法陣、魔法陣……これから読むか」
魔法に関する本棚を見つけて、2階部分へと上がった俺はようやく目当ての本を見つけることができた。
おそらく全ページが魔法陣について書かれているのであろう辞書のような分厚い本の横にあった『子供でもわかる簡単魔法陣!』とかいう、前世で言う所の小学校に寄贈されていそうな本を手に取った。
タイトルと字の感じからして明らかに幼児向けって感じだが、案外馬鹿にならないのだ。なにせ、きちんと魔法陣と魔法についての基礎が書かれているのだから。これがしっかりしてないと、そもそも魔法を発動することすらままならないのだから。
魔法とは、大気中に含まれている魔素を身体に取り込み、体内で魔力に変換することで使用することができる奇跡。これが詳細な魔法の説明だが、これは一部抜けている部分が存在する。まず、魔法は確かに魔素を取り込んで魔力に変換し、それを使用する全般のこと指すのだが、当然ながら自分の好きに現象を発生させたいと言うのが人間だ。そこで出てくるのが『魔法陣』である。
魔法陣は、魔力によって起こすことができる奇跡の方向性を定める幾何学模様である。つまり、最初から設定されている魔法陣の形に魔力を動かすことができれば、安定して同じ効果の魔法を何度でも発動することができる。
「……ん?」
子供でもわかる、とかいう幼児向けの本を読んでいる最中に、この古書館に入ってくる気配がした。古書館の扉が開くような音がしたのだから、流石に気のせいではないと思うが……一応見てみるか。
ちらっと2階から吹き抜けの部分を覗き込むと、薄暗い古書館の中では目立って見える緑色の髪の毛をした女子生徒の姿が。
「お、落ち着く……もう嫌だ……魔法騎士科辞めたい……」
「おぉ、俺も」
「ふぇっ!?」
人なんていると思っていなかったのか、少女はこちらを見上げて口をパクパクと動かしている。俺が2階から見下ろしているからってのもあるんだけど、まるで餌をねだる金魚みたいな動きだな。
「え? え?」
「俺は魔法騎士科の新入生テオドール・アンセム。君は?」
「ま、魔法騎士科の新入生エリクシラ……ビフランス、です」
エリクシラ……なんとなく響きが綺麗な感じがするな。
「それで、なんでいきなり古書館に? そもそも今は試験中じゃないのか?」
「それ、そっくりそのまま、返してもいいですか? そ、そもそも私は受験番号984番の人がいなかったから初めに試験受けさせられたんです!」
「マジ? それは悪かったな」
「え」
受験番号984って言ったら俺だもんな。その試験とやらは受験番号の数字が大きい順に受けるものだったんだな……ということは、エリクシラさんは983番目ってことか。
「あ、貴方が984番さん!? いきなり試験に出ないなんてありですか!?」
「いやぁ……試験なんて入学の時に受けたじゃん? だからいいかなって」
「よくないですよ……今日の試験は、生徒の序列を決めるんですよ!?」
「…………すまん、序列ってなに?」
そもそもその概念が初耳なんだけど。
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