面倒くさいからって試験をサボったら序列最下位で学園生活が始まったんですけど、ここからでも巻き返すことってできますか?

斎藤 正

第1話 転生した、そして入学した

 ある日、俺は死んだ……そして異世界に転生した。


 なんで死んだのかとか、どうやって転生したのかとかは知らない。ただ、日本という文明的な国に生まれ、育ち、そしてなにかしらの方法で死んだ男が前世の自分であると認知しているだけだった。

 自分が自分であることを証明することなんて誰にもできない。だから俺は、それを深く考えることもなく放っておいた。数時間頭の中で考えたぐらいに結論の出る話も出ないし、それこそ第三者が証言してくれないと俺の前世が■■■■であったことを証明する方法なんてない。

 名前は思い出せない。まるでそこだけ意図的に靄をかけられたかのように、思い出すことができない。でも……自分が赤子に転生した時に名付けて貰った名前がある。


「テオドール……この子の名前はテオドールよ」

「おぉ……立派な子に育ってくれよ」


 微笑みながら俺の両親が名付けてくれたテオドールという名前を噛みしめる。

 テオドール……神の贈り物テオドロスから派生した言葉だが、前世を持っている気持ちの悪い子供にそんな名前をつけるとは、随分と皮肉が効いてるじゃないか。まぁ、両親はそんなことを考えてつけなんてないだろうけど。




 俺が赤子として転生してから6年が経った。

 歩き、走り、言葉を話してもおかしくもなんともない年齢になった俺は……ただひたすらに空を眺めていた。


「テオ! 何処に行ったの?」

「……母さん、俺はここにいるよ」

「テオ、また屋根の上に登って……お昼ご飯よ」

「うん」


 俺が生まれたこの国はクーリア王国というらしい。王国の名前の通り、王家が統治する国な訳だが……俺はそんな国の中でも比較的平凡な家に生まれた。

 父はクーリア王国を守護する魔法騎士団……の下っ端をやっている。魔法騎士団は年功序列ではなく、完全なる実力によって役職が割り当てられるらしく、父は魔法騎士団の中でも下っ端だった。

 母は家の近くで農作業をしている人で、時期になると野菜を収穫してそれを売りに行ったりと忙しそうにしている。

 別に飢えることもなく、かと言って裕福であるとも言い切れないそんな生活が……俺にとっての日常だった。

 なんだか未だに慣れない自分の赤髪を触りながら、屋根の上から飛び降りる。高さ的には数メートルだったが、大した衝撃もなく地面に降りることができる。


「やっぱり、テオには魔法騎士の才能があるのね」

「父さんは下っ端なのに?」

「そんなこと言うんじゃありません。魔法騎士っていうのは、国を守るために戦ってくれる凄い人たちなのよ? クロノス魔法騎士学園の中でも、優秀な人しか魔法騎士の称号は貰えなくて──」

「──父さんは普通からみたら優秀だって言うんでしょ? 何回も聞いたよ」

「全く……」


 父さんは魔法騎士団の下っ端であると言ったが、そもそも魔法騎士を名乗れている時点でこの国ではエリートの扱いなのだ。なにせ、毎年1000人単位で入学する人がいるクロノス魔法騎士学園の中でも、100人程度にしか手にすることができない称号なんだから。

 まぁ、だからと言って戦争もないのに給料が高い訳もないんだけど、ただ民衆からは尊敬の目を向けられるのだ……たとえ騎士団内では下っ端でも。


「貴方はお父さんの子供よね……だってその年でもう魔法騎士としての才能があるんだから」

「大袈裟だよ母さん。俺はちょっと早熟なだけだよ」


 さっきから魔法騎士とか平然と言っているが、この世界には魔法が存在する。

 大気中には透明で目には見えない『魔素』というものが飛んでいるらしく、これを呼吸によって体内に取り込むことで身体の内で『魔力』に変換し、それを使用することで奇跡を人為的に起こすことができる。これを、魔法と呼ぶのだ。

 母さんがずっと言っている魔法騎士の才能っていうのは、この魔素を効率的に変換する能力である。魔素を魔力へと変換する能力が高いと、身体能力が強化されると言われている。これは体内の魔力が多ければ多いほど、身体能力が強化されるからだとか。だから俺は数メートルの高さから6歳の身体で飛び降りても衝撃一つ感じない。


「お母さんは生活魔法しか使えないから、ちょっと憧れちゃうわ」

「……そうかなぁ」


 別にわざわざ伝えたりしないが……あまりいいものではないと思うけど。

 魔法騎士は人々から憧憬を向けられる存在だけど、俺としてはあんまりいい職業ではないと思う。かっこいい感じに言われているけど、ようは軍人だろ? 元々日本で生きていた価値観を持っている俺からすると、軍人ってのはあまりにも日常からかけ離れ過ぎた存在だ。もしかしたら戦争に駆り出されるかもしれない、なんて考えたらまずなりたくない職業だ。

 魔法を扱うにしたって、魔法騎士以外にも魔法そのものを研究する人だっているし、母さんが言っていた生活の中で使える簡単な魔法を開発する人だっている訳で、色々と就職先はあると思うんだけど。


「お母さんも魔法騎士に憧れたなぁ……でも、才能はなかったから」

「そもそも、クロノス魔法騎士学園だって厳しい学校だし……俺、厳しいのは嫌だな」

「そうねぇ……お父さんも学園は楽しかった思い出より、辛かった思い出が強いって言ってたわ」


 魔法騎士を軍人だとしたら、クロノス魔法騎士学園は軍学校だろ? 厳しくて当たり前だよな……キラキラとした憧れを持つ要素は結局、外から見た時だけだろ? 精神が便利な機械に毒された現代っ子からすると軍学校の厳しい規律なんて、地獄みたいなもんだ。


「それでも、テオは優れた才能があるんだから……それを無駄にするなんて駄目よ」

「……」


 才能、か。

 なんか……嫌だな。




「嫌だって言ったのになぁ……」


 俺がこの世界に生まれたから実に15年が過ぎた。既に身体も成長しまくって、身長も母さんを追い越してしまったが……そんな俺にある手紙が届いた。

 内容は興味が無かったので全部母さんに渡していたら……どうやらそれがクロノス魔法騎士学園への勧誘だったらしい。どこから俺が魔法を使えるって話が漏れたのか知らないけど、俺は拒否しようとしたのに……母さんと偶々家に帰ってきてたいた父さんに長い時間をかけて説得されてしまった。

 父さんは元々魔法騎士をやっているから、息子が魔法騎士になれるならって気持ちで説得してくれたんだろう。母さんは……多分、魔法騎士になれば将来困ることがないからって理由だと思う。たとえ魔法騎士になれなかったとしても、クロノス魔法騎士学園は来る者拒まずな校風で、通えるだけで将来の役に立つんだから。


「はぁ……今からでも普通科にできないかなぁ……」


 クロノス魔法騎士学園は、古い歴史があるからそういう名前なだけであって、実際には魔法科や普通科なんかもあるらしい。それだったら俺も魔法騎士科じゃなくて普通科がよかったんだけど……家に届いた勧誘が魔法騎士科限定だったので仕方ない。


「受験番号984番……テオドール・アンセム」

「はい」


 受験番号順に並んでいたんだけど……まさか俺が最後尾とは。途中までは後ろから人が来るんだろうなーぐらいに思ってたのに、俺が最後だった。


「この試験では君の力を見せて貰う。と言っても、最低限の力を見せて貰うだけで、別になにもできなかったからと言って不合格になる訳ではない。本気も出して貰わなくて結構……そういうのは入学後の序列を決める試験でやってくれ」

「あの、じゃあなにすればいいんですか?」

「今からその木刀で何回か打ち込んでもらい、あっちで基礎的な魔法を使ってもらう。それだけだ」


 えぇ……それ、なんで試験って名前つけてんの? 別になにも見ないなら試験である必要ないよね……その序列を決める試験をここでやればよくない? どうせ伝統だからとかつまらない答えが返ってくるんだろうけど。


「では、まずは俺に──」

「──暇だから私が相手をするよ」

「え? り、リエスターさん!?」


 ん? なんか……美人さんが木刀を持ちながらこっちに向かってきた。試験官はてっきりさっきのガチムチ禿のおっさんだと思ってたのに……というか、こんな綺麗な人もちゃんといるんだな。

 灰色の感情が見えない目でこっちを見つめてくるんだけど……これが圧迫面接ってやつですか。


「好きなところから打ち込んでくれて構わない。これは君の実力を見る試験じゃないからね……私を倒せなんて言わないさ」

「じゃあ」


 女性だけど遠慮なくいかせてもらおう。

 剣の修行は本意じゃなかったけど父さんとずっとしていたからな。槍を使えとか言われるよりはよっぽど得意だ。


「っ!?」

「あ」


 一歩踏み込んで振るった木刀で、防御しようとした美人さんの木刀をへし折ってしまった。だが、誰も止めないので次の一撃はやったほうがいいんだろうと思い、首筋で寸止めしようと振るった俺の木刀が弾けた。いや、文字通りに。


「……え? どうすればいいですか、これ」

「いや、もういいよ。数回の打ち込みでいいって言ったでしょう? あっちで魔法の試験も受けてくるといい」

「は、はい……いいのかな?」


 なんか釈然としない……たった2回しか振ってないのに、なにがわかったんだろう。でも凄かったな……咄嗟の判断とは言え、あの美人さんは俺の木刀をのが見えた。いやー……魔法騎士ってやばいんだな。試験に来てる魔法騎士でもあの実力なんでしょ? そりゃあ父さんがいつまでも下っ端な訳だ。


「い、いいんですか? リエスターさん」

「いいんだ。彼の実力は充分に理解できた……まさか、庶民の出にあんながいるとは思わなかったが」


 いやぁ、剣の修行は無駄じゃなかったんだな。あんまり興味なかったけど、父さんがいる日は毎日付き合ってもらった甲斐が合った。

 魔法の試験は本当に簡単な魔法を1回使ったらそのまま終わった。いやぁ……マジでこの入学試験意味ないと思うね。




 来る者を拒まずに受け入れるクロノス魔法騎士学園の今年の新入生は、全員で984人らしい。いや、やっぱり俺が最後じゃないか。

 なんでもクーリア王国に住んでいる魔法の才能を持つ16歳の少年少女、全ての人間に招待状を出しているらしい。俺は特別才能があったから勧誘された訳じゃなかったのね……知ってたら多分断ってたよ。

 それにしても、同い年の子供が984人も……魔法騎士を目指してこの学校に入学してくる訳でしょ? 普通に滅茶苦茶な規模だと思うんだけど……しかも魔法騎士科だけで984人だよ? 魔法科とか普通科とかどれくらいの人がいるんだろう。案外魔法騎士科より少なかったりして。


「新入生代表挨拶。新入生代表、エレミヤ・フリスベルグ」


 それにしても1000人も生徒受け入れたって、魔法騎士の称号が貰えるのは100人ぐらいなんだろ? だったら最初からその100人だけを受け入れれば……と思ったけど、やっぱり学園生活で成長する人とかもいるんだろうな。


「クロノス魔法騎士学園に入学した全ての新入生を代表して私、エレミヤ・フリスベルグが──」


 はっきり言ったら絶対にがっかりされるだろうから両親には言ってないんだけど、俺がクロノス魔法騎士学園に入学した理由は別に魔法騎士になりたかったからじゃない。

 第一に学園側から誘われたから。そんで第二に……この学園には物凄い量の魔法に関する本が保管されていて、生徒や学園OBは自由に読むことができるからって話を聞いたからだ。そりゃあ入るしかないでしょ。


「クーリア王国を守る盾であり、矛である魔法騎士としての矜持を、この学園生活で──」


 確かに剣術とかにも憧れはあるけど、やっぱりなんといっても魔法よ。

 俺は転生してからこの15年間……魔法というものに触れたくて仕方がなかったんだ。基礎的な魔法は当然使える。だが、専門的な魔法や戦闘に使えるような魔法ってなると、やはりこういう教育施設で習っていくしかない。

 クロノス魔法騎士学園の古書館には、魔導書と呼ばれる魔法について書かれたような古書が大量にあると聞いた。まず、俺は入学したら古書館に引き籠ると決めている!


「──ことを誓います。新入生代表、エレミヤ・フリスベルグ」


 ん? 終わった? 異世界でも学園長とか新入生代表の話が長いのはなんとかしてくれよ。なんで異世界来てまで長ったらしい話を聞かなきゃいけないんだ。とか思いながらも、周りがみんな拍手してるから俺も拍手する、流される日本人精神。


 なにはともあれ、ここから俺の学園生活が始まる。

 当面の目標は……古書館の本を大量に漁って色々な魔法を覚えることだ。魔法騎士なんざ知ったこっちゃねぇ! 俺は俺の自由な学園生活を謳歌するぞ!

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