第一話 偶然

彼女、一ノ瀬いちのせハルカとの出会いは偶然だった。



高校2年の夏休み、始まって二週間もしてしまえば時間を持て余し始める頃。

バイトも塾も部活動も何もやってない僕は怠惰な日々を過ごしていた。


両親は共働きで、中学生になった妹も部活動で、毎日9時には家にいるのは僕だけとなる。


うちのルールである家族全員で朝ごはんを食べるというものがなければ僕は人と話す機会はなく、より社会性の欠如したモンスターが生まれていただろう。


朝起きているだけでも褒められるべきものなのである。


今日も母に予定を聞かれたが、特に何もないと答えるながら、父の見ている新聞の裏面の番組欄を眺める。今日もお昼時に面白そうな番組はなく、ショッピングや昔やっていたB級映画が並んでいた。


食べ終わり皿を洗っていると、仕事の準備を終えた母から手紙を渡される。


「これ、ポストに届けといてちょうだい。どうせ家にいるだけなんでしょう」


佐竹様と達筆で書かれた手紙には住所も書いており、ポストに行こう思ったが、どうやらそこまで遠くないのでそのまま投函してしまおう。


佐竹さんというのはこの町の役所の人で、お偉いさんである。

どうしてそんな人に母が手紙を渡すのかはわからないが聞くほどのことでもないので黙って受け取る。


本音を言えば退屈が一番の問題だったので動くきっかけがあるだけマシだ。


後から受け取った切手代は駄賃として帰りにジュースでも買って帰るか。


家族全員が家を出て、朝の情報番組もポツポツと終わり、見るものがなくなってきたので、さっさと手紙を届ける準備を始める。


外に出ること自体はコンビニに行ったりしているが、目的のある外出は久しぶりなので、特に意味はないが身だしなみを整えた。


どうせ外は暑いので汗をかくことを考えれば、髪の毛をセットしてもしょうがないが、これも社会性である。きっと神様も見てくれているに違いない。



玄関の鍵を全て開け、外に出て即座に後悔をした。


むさ苦しい暑さを持った空気が鼻から通って、体の芯まであっためる。

エアコンに慣れきった体全体に根性焼きを入れられている感じだ。


蝉の声は僕が外に出たことを祝うようにファンファーレを奏でるのをやめない。



僕の町は、田舎というと田舎検定1級の方々に怒られるが、おおよそ人々が思い浮かべる普通の田舎といった感じだ。


コンビニや大きなスーパーはあるが、遊ぶ場所と言えるものはなく、大きな公園と山が何個かある。


小さい頃は父と虫取りに行ったが、最近はもっぱら仕事が忙しくなったのか、誘われることがなくなった。



結局家にいてもやることがない。仕方なくこの暑さの中、歩くことを心に誓う。


住所から察するに30分ぐらいだろうか。まあ時間なんて余るほどある。日陰を探しながらゆっくり行こう。




大体半分くらいを過ぎたあたりで、見覚えのある顔に出会う。


「スバル、ここで何やってんの?」


呼ばれて少し驚いていたが、すぐにスバルは飲んでいた梅サイダーを地面に置いて、こちらに駆け足でくる。


スバルは今年からクラスに転校してきた。席は僕の隣で、すぐに打ち解け合うことができた。


スバルは梅サイダーが好きという接点があり、この田舎にしかほぼ出回っていない飲み物が好きなのは奇跡と言っても過言ではない。


「なんかありそうな気がして外に出てみたんだよ。夏にずっと家にいるのも面白くないだろ」


そういうと爽やかな笑顔を浮かべる。


「そういうユウマはなんで外に?お前こそ外にでるようなタイプじゃないだろ」


紹介が遅れたがユウマというのは僕のことで、御使みつかいという珍しい苗字を持っている。


「母親にこれを届けてこいって言われてな」


ひらひらと目的の手紙を仰ぐ。太陽の日で少し透き通っていたがどうやら重さ的にも一枚の紙が入っているだけだ。


「佐竹って、あーあれか役所にいるお偉いさん。なんかこの町来たときに手続きした時に行ったな。そこまで歩いて行ってんのかよ」


「まあね、暑いけどたまには運動がてらって感じ。どうせ家にいてもやることないし」


僕はそういうと時計を見る。家を出て20分が経つくらいだ。

せっかくスバルと会ったのだからどこかで時間を潰そうか、このまま手紙を届けようか。


「それ、俺もついて行ってもいいか?どうせここにいてもやることないし」


まるで心の中を見通せられたような言葉がスバルから出る。

もちろん快く返事をして、地面に置かれた梅サイダーをもらう。


酸っぱい中に甘みがあり、夏の日差しを受けながら飲むと奪われた塩分とエネルギーが一気に回復する感覚がある。


スバルはやれやれという顔をしながら、どうせ切手代もらってるんだろ、帰りはアイス買うぞと、言われどこまで見透かされているのか背筋が冷えた気がした。



程なくして、佐竹さんの家に着いた。お偉いさんのうちと聞いていたが、どうやら豪邸というより、屋敷という言葉が似合う。

僕の身長よりずっと高い壁が当たりを囲み、そこから見下ろすように家が顔を出している。

初めてきたがこんなに立派な家がこの町にあったとは知らなかった。


スバルに聞いたがどうやら昔は、身寄りのない子供を養子として向かい入れ、どんどん家系が大きくなっていったらしい。今も佐竹さんの家では何人かの養子を向かい入れ、自立するまで世話をしているそうだ。


「善行をしていれば神様が困った時に助けてくれる、って俺がここに来た時に言ってたよ。怪しい宗教かと思ったけどどうやら佐竹さんの信条らしいね」


スバルはあんまり興味なさそうにそう言うと、壁につけてあるインターホンを押そうと手を伸ばす。掃除はされているようだが、年季の入った壁とは対照的にインターホンは真新しくカメラがついている最新式だ。


ピンポーンという音が少し響いたあと、インターホンから優しそうな声が届く。


「おや、君はスバルくんじゃないか、どうかしたのかい?」


スバルはこちらに目をチラリとやる。僕は名前と母からの要件を簡単に伝える。


少し待っていなさいというと、玄関から50代くらいのスーツ姿の男がやってくる。僕の記憶の佐竹さんはもう少し若い頃だったが、前見た時と変わらない赤い色のネクタイをしている。

その手にはペットボトルのお茶が二本握られ、暑いのにご苦労さまと言って僕たちに渡してくれる。


忘れないうちに手紙を渡すと、佐竹さんは受け取るとそのまま胸ポケットに入れる。

僕は手紙の中身が気になるが、聞いてもいいのか分からず、曖昧な顔を浮かべる。



結局聞かないまま、軽く佐竹さんとお話しして僕たちは帰ることにした。

時計を確認すると、午後2時を回るくらいで、暑さは最高潮を迎えていた。少し先の道ではゆらゆらと陽炎が見える。蝉たちの合唱はうるさく、歩くたび額の汗が目を攻撃する。


佐竹さんの家でもらったお茶はあっという間に飲み終わり、冷たいものを食べたいとスバルが駄々をこね始めたので、駄菓子屋に寄ることにした。


【金子屋】は近所の子供の溜まり場として昔は栄えていたらしいが、スーパーやコンビニの出現でもう潰れてもおかしくないボロい駄菓子屋だ。おばあさんが一人で切り盛りしていたが、動くのも一苦労なのでお菓子を餌に子供をお店の前に立たせている。


夏休み中のちびっこを相手しながらアイスを二つ買う。スバルは謎のこだわりで高めのアイスを買ったせいで切手代だけでは足りない。

奥の手を使おうと、ちびっこ相手に本気の値切りをしてみたが後ろからおばちゃんの声が響き、僕は素直に二十円払う。


なぜだろう被害者のはずなのに、これをスバルにいうと僕が悪者に見えるのは。これも徳を積んだということにしておこう。


日陰にいても、ちびっこの相手をさせられるので僕たちは近くの日陰を求めてぶらぶらと歩く。


金子屋の少し先に細い道を見つけ、そこを歩いていくと高台のように少しひらけた場所に着いた。ここにしようと足を踏み入れた時だった。


僕たちは彼女に出会った。


偶然、僕がポストではなく佐竹さんの家に行こうとして

偶然、スバルに出会い

偶然、アイスを食べようとして

偶然、ちびっ子がいたから


偶然、一ノ瀬ハルカに出会った。


背丈や顔立ちから僕たちと同じくらいか少し年上かくらいだろう。黒のシャツとショートパンツからみえる肌は、雪のように白く、それと対照的に肩まで伸びた真っ黒な髪の毛が太陽の光を全て吸収しているように思えた。夏の暑さを微塵も感じていない冷たい表情を浮かべている。


少女は、面白くなさそうな顔でこちらを見る。まるで僕たちなど見えていなくてただの空間を見ているかのような目で。


美しいと思った。

病的で儚い彼女に見惚れて、周りの熱が全て奪われていった。


でも彼女の言葉ですぐに僕は現実に戻される。




「私は未来から来た」




「神様を見つけなければならない」



袋に入ったアイスが少し溶けてガサっと音を立てた気がしたが、僕たちの耳に届くことはなかった。

































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