第6話:魔女の書
--数日後--
俺の怪我はすっかり良くなった。
編入まで寮の引っ越し等、各手続を終わらせて今日はBクラスになって初めての登校日だ。俺が編入するBクラス1組の担任は幸運な事にソフィア先生だった。
ちなみに俺達と同時に昇格試験に合格したランチア家の双子は隣のクラスらしい。
--Bクラス1組 朝
俺はクトラと共にソフィア先生に連れられて教室の中へ。
中へ入ると賑やかな教室から気になる話が耳に入った。
「あれが噂の眠り姫か」
「らしいな。あの身体で龍のように強いとか」
「へぇ?でも眠り姫ってわりには寝てないじゃないか」
「最近は何故か起きてるらしいぞ?」
クトラの情報がもうそんなに出回っているのか、まぁ今回の件で一躍有名人だもんな。
「隣の冴えない奴は誰だ?」
「男爵家の三男だ。あいつは眠り姫におんぶにだっこで試験に合格したらしい」
「ハッ。女を頼って合格か。大した実力もないのに良いご身分だな」
確かにおんぶにだっこだが、身分だけでBクラスになった奴らには言われたくない。
Cクラスの奴らは気さくな奴が多かったが、BクラスになるとTHE・貴族感が強いな。仲良くなれそうもない。こりゃボッチ確定だな。
「皆さーん。静かにして下さい。今回昇格試験に合格した皆さんの新しい仲間を紹介します。エラン・アルハート君とクトラさんです。皆さん仲良くしてあげてくださいねー」
「エラン・アルハートです。よろしくお願いします!」
俺は少し緊張気味にペコっと頭を下げた。
クトラはというと腕を組んでふんぞり返っている。
「ん。クトラである」
お前は皇帝か。
「先ほど皆さんがお話をしていたのが耳に入ったのですが、エラン君も実力でBクラスに編入しました。私が試験官として立ち会ったので間違いありません。彼の実力は本物です。変な噂を立てないようにして下さいねー」
ソフィア先生がすかさずフォロー。
ありがたいけどちょっとハードル上げすぎですよ。
■■■■
Bクラスになってから1週間が経った。
変わったのは制服が黒になったのと、1人部屋になったこと。授業がBクラス奴らと一緒になったこと。ボッチは相変わらず。クトラは最近ずっと寝てるし。
それと留学生を見かけるようになった。いわゆる他種族だ。数は少ないが猫耳を見た時少しテンションが上がった。あとは授業料が半分になった。これは初めからBクラスの奴には適用されないらしい。そりゃそうか。
そんな日々を過ごしているとソフィア先生から声を掛けられた。
「エラン君。今日の授業が終わったら応接室に行ってくれませんか?貴方にお客さんです」
お客さん?誰だろ?アルハート家の者が来るわけないしな。
応接室に着いた。
コンコンコン
「どうぞ」
「失礼します」
中へ入るとソファーに高そうな服を着ている髭面の叔父さんが座っていた。
知らない顔だ。
「貴方がエラン様ですね?初めまして。私はゴーウェル商会を営んでいるクトラの父。ゴーウェルという者です」
え?クトラのお父さん?
俺なにかしたっけ?もしかして試験に無理矢理連れて行った事怒ってる?
「ハハッ。そんなに緊張しないで下さい。身分で言うと貴方の方が高いんですから」
確かに。
でも、膝まづけ平民!なんて言えない。
「それはどうも初めまして。エラン・アルハートです。今日はどういったご用件で?」
俺は座りながら恐る恐る聞いてみた。
「最近クトラが昇格試験に合格したと聞きましてね。それ事態は驚いてないんですが友達が出来たと言うもので、1度会ってみたいと思いまして」
友達?クトラは俺の事を友達と言ったのか?ちょっと嬉しい。
「なるほど。クトラさんにはお世話になっております」
「いやいや。お世話になっているのはこちらです・・・少し、クトラの話をしても?」
「はい。もちろんです」
俺も聞いてみたいと思っていたところだ。
「クトラは幼い頃は外を走り回る活発な子だったんです」
「クトラさんが?」
「ええ。ですがその頃、母を亡くして塞ぎこんでしまったんです」
「それは辛いですね」
「私も商会を立ち上げたばかりでほとんど構ってやれず、あの子には寂しい思いをさせました」
「なるほど」
「そうしてるうちに家に引きこもってしまって本を読むばかりの子になってしまったんです」
そんなイメージないな。いつも寝てるし。
「そうなると当然友達も出来ず、他人と上手くコミュニケーションが取れない子になってしまいました」
大商人の娘としては致命的だな。
「せめて学園に通えば友達が出来ると思って通わせていたのですが、しばらく経っても出来ていないようだったので不安に思っておりました」
人脈づくりでクトラを学園に置いたと聞いていたが、子供思いの良い親だったんだな。俺の親とは大違いだ。
「しかしクトラから聞いてはいましたが、一目見て分かりました。エラン様は誠実で立派な方だと。クトラの友達にふさわしい。私は商売柄、人を見る目には自信があるんですよ」
一目で分かった?俺が立派だと?
残念ながらゴーウェルは人を見る目はないらしい。
「そんな事はありませんよ」
「ハハハ。ご謙遜を」
いやマジで。
「ところでエラン様。娘の体質について娘から何か聞いていますか?」
「いえ。センシティブな事なので詮索はしていません」
「さすがエラン様。気配りも出来る紳士のようだ」
本当は知りたいけどな。
「そんなエラン様には知っておいて欲しいのです。あの子は恥ずかしがり屋なので自分では言わないでしょうから」
ゴーウェルの話はこうだ。
クトラは元々普通の女の子で魔力持ちじゃなかった。
だがある時ゴーウェルが他国のオークションで大金をはたいて”魔女の書”を手に入れたらしい。それを読めば不思議な力が宿ると呼ばれている物で早速読んでみたらしい。しかしゴーウェルが読んでも何も起こらず書いてある文字すら読めなかった。
騙されたと思ったゴーウェルはそのまま魔女の書を倉庫にしまっておいた。
しかしクトラが12歳の頃たまたまその本を手にして開いてしまった。
開いた瞬間に本は眩い光を放ちながら消滅。クトラは魔力を感じるようになり、珍しい雷属性持ちになった。それだけなら良かったのだがクトラの体質が変化した。お菓子である。元々好きだったお菓子を食べないとクトラはひどい眠気に襲われるようになる。ここで大事なのが糖分ではなく”お菓子”を食べないと眠気が襲ってくるということ。しかも厄介な事にそのお菓子をクトラ自身が飽きてしまったら効果が薄れていくという事である。
「もはや呪いですね」
「ええ。何故娘だけに魔女の書が効力を発揮したのかも分からないのです」
魔女の書なんて初めて聞いたしな。流通はしてないのだろう。
チビロリ女神なら分かるのかもしれん。
「この話はソフィア先生にも?」
「ええ。入学した時に担任に話をすれば良かったんですが、あの子が嫌がったので。たぶん注目を浴びるのが嫌だったんでしょう」
「それはすいませんでした。俺のせいでクトラさんが注目を浴びる事になってしまって」
「いえ。いずれは分かる事ですし、クトラが学園の試験に参加する気になったのもエラン様のお陰です。私はむしろ感謝しているぐらいです」
そうは言ってもクトラは結果的に俺のせいで注目を浴びる事になってしまった。
何か悪いことしたな。
「この話を踏まえてエラン様に頼みがあるのです」
「・・・プリンの作り方ですか?」
「さすがエラン様。話が早い。クトラは美味しいと思ったお菓子を食べると魔力総量が上がり、しばらく調子が良くなるのです。料理人にも試行錯誤させているのですが、もう新しいレシピを思いつかないのです」
食堂のお菓子もゴーウェルがレシピを提供しているのだろうか?
そしてクトラの為に新しいお菓子を模索し続けたが、さすがにネタ切れって事だろうな。
「決して他言は致しません。クトラの為だけに使うと約束します。だからお願いします。このままだとクトラが眠り続けてしまうかもしれません」
ゴーウェルは今にも泣きだしそうな顔でそう言った。
「・・・クトラさんは最近よく寝ています。もしかしたらプリンに飽きてしまったのかもしれません」
「それでも既存のお菓子よりは良いハズです。教えて貰ったレシピから何かしらアレンジが出来るかもしれませんし」
「・・・分かりました。ゴーウェルさん。ここは商人らしく取引といきませんか?」
「取引・・・ですか?」
俺の提案は簡単に言うとこうだ。
レシピは公開・非公開・自由にして貰ってOK。商売に使って貰ってOK。
その代わりそのレシピを使って儲けた1割を俺に分配するというものだ。
「なるほど。エラン様は商いの才能もあるようですね」
「まぁ売れるか分かりませんけどね」
「いえ。娘が美味しいと思った物ですから必ず売れます」
「新しいってのは間違いないようですね」
「・・・しかし、何処でプリンなんて言うお菓子を?考えたのですか?私は初めて聞きました」
それは考えてなかった。転生した事を言うなとはチビロリ女神には言われてないが・・・うーむ。
俺が困った顔をしているとゴーウェルが口を開いた。
「いや。それを聞くのは野暮というものですね。今のは忘れて下さい」
「ありがとうございます」
「しかしアルハート家は良いのですか?こんな利益が見込める話を勝手に進めて」
「気にしないでください。この話を提案した時に父は聞く耳も持たなかったので」
「そうですか・・・では契約書を用意してまた後日お持ちします」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ・・・今後もクトラをよろしくお願いします」
本当はプリンではなく、オセロやら将棋やらを父に提案して転生特権の知識無双で金持ちになろうとしたが、全く受け入れて貰えなかった。無属性の俺は父から邪魔者扱いされていたのだ。
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