第3話「隠された非日常」
とりあえず驚いたのはここはどうやら日本であるらしいことだ。東京都小金井市、俺がいたのはそこにあるなかなか大きな事務所であったようだ。雨は既に止んでいるようで、時刻は午後10時を回っていた。そんな中建物から出たのち、しばらく歩いて地下鉄に降りるようなどこにでもある階段を下りた。
「びっくりするわよ。こんな場所、世界を見てもそう簡単に見つからないんだから。」
階段を下りた先をみて、俺は一瞬目を疑った。階段の先にあったのは地下街。まるで摩天楼の下町にある飲み屋街のように様々な店が立ち並び、きらびやかな町がそこにはあった。もちろんそれだけならそうおかしい場所ではない。特出すべきはその規模だ。話に聞く首都圏外郭放水路のような巨大なコンクリートの柱が天井を支え、碁盤の目のように数多くの建築物が立ち並んでいる。飲み屋街どころか一般商店、マンションらしきものも見える。規模は自衛隊基地よりも広いのではないかと思ってしまうほど。まさに地下に町が一つ存在していた。
「ここは特殊能力者隔離用地底生活街、日の下横町。あんたの言っていたファンタジーの世界よ。そして、私の国。」
女の子が案内したのは、日の下横町というその地下にある街中のさらに奥にある、小さなバーだった。「ホライズン」ネオン管で描かれたカタカナはハイカラなのか古いのか。しかし扉を開けばちょび髭を生やしたダンディーなバーテンダーとあまりよく知らないおそらく高級なお酒が立ち並ぶ棚、そして趣のあるラウンドバーチェアとまさに都会といった雰囲気のある店だった。
「これはこれは女王様。今日は両手に花ですな。」
「ごきげんようマスター。花じゃなくて剣と捨て石だけど。悪いけど今日は個室でお願いするわ。お酒は適当に見繕ってくれるかしら?」
「承知いたしました。どうぞこちらへ。」
そうして個室へと案内してくれるマスター。女王様と呼ばれた女の子は他の客とも少しあいさつを交わしながらそれについていく。かというこちらはバーなどとは無縁な田舎ものであったので、体が引きつってしょうがない。問題など起こさないように縮こまりながらそれについていった。
「さあ、何から話しましょうか?何でも聞いていいわよ?なんせなーんにもわかんないでしょ!?」
少々からかうように笑顔をたたえながら席に着いた女の子はそう話を始めた。無知な相手に知識を披露する、その優位が心底うれしいようだ。その童顔も相まってとても幼げでかわいらしい。昔の妹たちを見ているようで笑みが漏れてしまいそうだ。
「そうだな…まずは君の名前を聞いていいかな?」
「あ、名前?そうね名乗ってなかったかしら。失礼しました。」
子供っぽいが結構礼儀正しいらしい。いまだ自己紹介をしていなかったことを丁寧に謝罪し頭を下げた後、また先ほどのような不敵な笑みへと戻る。なかなかのギャップだ。
「私は警視庁、超常事件捜査隊小金井支部、支部長の
ここは本当に俺の知る日本であるようだ。もしかしたら平行宇宙の自分の知る世界とよく似た日本であるのでは、などとファンタジーめいた考えもあったがそうではないらしい。
「超常事件捜査隊…さっきも言っていたけど、それはいったい?」
「長いからPISでいいわよ。Paranormal Incidents Searchers の略ね。主な任務は今回貴方も出会った特殊能力者、彼らの保護とそれに関係する事件の解決ね。この支部は少し特別なのだけどそれもおいおい説明するわ。」
彼女によると、日本には人口の約0.02%つまり2万人近くの特殊能力者、もしくは超能力者が存在するという。彼らの保護とその存在の隠ぺいを行っているのがこのPISであるらしい。
「それはおかしい。このネットの発達した社会で超能力者何て者がいるなら、すでに話題になっているはずだ。だがそんな話、似非マジシャンくらいしか聞いたこともない。」
「それだけこの国の情報統制も優れてるってことよ。ほとんどの国民が使っているインターネット表層なら簡単に情報を消去できるし、人々の記憶すらある程度制御できるそれだけの技術を我々は持っているわ。」
とんでもないことをさらりと言う伊法。その表情からやはり嘘をついているようには思えなかった。
「能力者の事件さえ解決できれば、記録を消して隠ぺいは完璧、これからもずっとこの平穏は続いていく…はずだったんだけどね。」
先に結論として、今までは能力者たちを世間から隠す技術がありそれによって社会の混乱を防ぐことができていた。しかし現在正確に言えば10数年ほど前からそれは難しくなってきたという。その原因はもちろんこの情報化社会のせいであったし、また人口減少にもかかわらず能力者の数が爆発的に増えだしたことがあるらしい。
「20年前能力者の人数は今の10分の1かそこらだった。それが今では2万よ2万。原因はわからないけど、このまま増えていくとしたら情報統制も何もなくなるわ。国も対応するにも人材も技術も追いつかなくなってきてる。だから国はこれから先能力者が国民の過半数を占めるとして、対応を考えてる。どのようにして秩序を保ちこの国を存続させていくのか。その一翼を担うのが私たちPISなのよ。」
増え続ける能力者をこれ以上隠ぺいを行うことは困難だと判断したということだ。能力者は一人一つ、固有の能力を持つ。火の玉を創り出したり、手足を触手に変化させて伸ばしたり、そしてそれらの能力にはどうやらランク付けがされているのだという。
「ランクは1~12の12段階存在するの。ランク1st,2nd…って感じで数字が大きいほど強力って認識で今はいいわ。どのランクも厄介なのはいるけど、特に大変なのはランク7th以上。このランクに選ばれる基準って何だと思う?」
「基準…能力の規模かな?」
「当たらずも遠からずね。答えはもっとシンプル、銃で殺せるか殺せないか。」
ばーんと伊法は右手を拳銃に模して打つふりをした。
「警察が抑止力たる理由、武力においてそれは拳銃の携帯。たとえ相手も同じように重火器を持っていても、打たれれば死ぬかもしれないんだから抑止力にはなる。でも銃も効かない凶悪犯罪者がいたら?誰が一体それを倒せるのかしら?自衛隊の戦車や爆弾でも持ってくるしかない。普通の人間の社会において抑え込めるギリギリがランク6thなのよ。もちろんランク7th以上はごく少数よ。それでも結構いる。この意味が解る?」
人類の叡知の結晶であり最強の武器である銃、それすら聞かない能力者が徒党を組めば、この国の存在すら危ぶまれる。そこまでいかずとも能力のランクによる大きな差別や格差が生まれるのは自明だ。
「だから私たちはあなたが欲しいのよ。ただの人間でありながらランク7th以上の能力者とも渡り合える可能性を持つあなたが。」
それがわざわざ誘拐などという犯罪を犯してまで俺を連れてきた理由らしい。彼女たちは俺に能力者に対する抑止力になってほしいというわけだ。さらにほかの高ランク能力者と違い魔道具がなければただの人間である俺は、よほど扱いやすいコマなのだろう。
「貴方と同じように魔導王に魔道具を与えられた子供たちにも声はかけたんだけどね。」
「まさか全員誘拐したのか!?」
「心配しなくても誘拐したのは清志だけよ。まあ、ほとんどいい答えはもらえなかったけどね。こちらで確認していた魔道具の所持者は6人、
「…。」
それを聞くと今でもやはり気分が暗くなる。中学時代の友人で会った皆夫と瞳、彼らの悲報は俺が大学時代以降人とのコミュニケーションができなくなってしまった要因でもあった。あの事件に巻き込まれた中学時代共に戦った仲間たちとはもうすっかり疎遠だ。つい最近まで会えていたのは千歳位だったが彼女とも良好な関係とは言えなかった。かなうならば生きている彼らが幸せな人生を送ることを願うことくらいしかできない。そんな暗い面持ちを察したのか伊法はマスターが持ってきたカクテルをこちらに差し出した。
「だから私たちはあなたをこんな強引な方法で連れてきた。行き詰った現状を打破できる可能性のある最強の魔道具使いとして。」
「…とりあえずそちらの主張は理解したよ。俺も…今の職場に居続けるのも難しいとは思っていた。だけどこれだけの情報ではまだ君たちに協力するとは言えないな。」
「強情ね。まあいいわ。しばらくは仮就職ってことにしておくから、好きなだけ体験してみなさいよ。その方が双方に良いでしょうしね。」
伊法はもう一度強調するようにこちらへグラスを差し出した。それを手に取り口をつける。さわやかなオレンジの香りがして、カクテルだというのに飲みやすい。
「おいしい。お酒というよりジュースを飲んでるみたいだ。」
「スクリュードライバーといいます。口当たりが柔らかく、女性のお客様も好まれますよ。」
話に夢中になっていて隣で立っていたマスターのことを完全に忘れていた。驚きのあまりグラスの中身をこぼしそうになる。その様子を見た伊法はまたからかうような笑みを浮かべマスターに同じものをと注文を付けた。
「今日は私のおごり、ジャンジャン飲みなさい!飲みにケーションよ飲みにケーション!」
「お、始まったねー女王様のアルハラ。おじさん何事も適度が一番だと思うんだけどねエ。」
「もう6杯飲んでおいてうっさいわよおっさん!あたしの酒が飲めないなんて言わないわよね清志?」
「え、ええー…。」
それから三十分後…
「貴方はうちのものなんだからね…もうどこにもやったりしないもおん…ふにゃあ。」
カクテル2杯に酔いつぶれた伊法を背負って小野寺さんとともに帰路についていた。
「いやあ悪いねえ清志君。うちの女王様は弱いのに飲ませたがるから。」
「ははは…。いえこの位大丈夫ですよ。」
小野寺さんは彼女の住んでいるアパートを知っているようで、当然のようにそこへ案内し部屋に放り込むと俺が住むという場所へと案内してくれた。彼女と違い俺の新しい?部屋は地下街ではなく地上のアパートであるようだ。
「本当に悪かったね。君からすればとんでもない迷惑だ。」
「大丈夫です…とはいいがたいですね。」
「そうだろうとも。謝るくらいしかできないのがおじさんつらいところだねエ。」
アパートの部屋の前まで着くと、おじさんはカギといくつかの資料を手渡してきた。明日以降の行動について書かれたものだという。逃亡しようにもきっと彼らから逃げるには国外まで逃げる必要が有る。そのつもりはないがなかなか大変な選択肢だろう。之には従わざる負えない。
「だけどこれだけは覚えていてほしい。これからの激動の時代、誰もが救いを求めている。君は希望だ。どうかわれわれに力を貸してほしい。」
さすが東京、郊外といえど田舎より断然きらびやかだ。この日常の裏にどんな非日常が隠れているのだろう。言葉だけでは実感できない。彼らの背負う重みを理解するのはずっと先なのだろう。俺は小野寺さんの真剣な言葉にどう返せば良いのかわからなかった。ただ考えなしに頑張りますといえばいいのか、大人ならそうしてことを収めるものだがそれはとても不誠実に思えた。
「小野寺さん、俺は…人々のためになることをしたいです。どんな仕事でも、苦しんでいる人がいるのならそれを救いたい。そんな生き方がしたいです。」
「君ならできるさ。おじさん、人を見る目だけは確かだからね。お墨付きだよ。」
こうして人生を一変させる一夜は幕を閉じた。あまりに情報過多で混乱して、今では詳細まで思い出せないけれど小野寺さんのその言葉はよく覚えている。「これからの激動の時代、誰もが救いを求めている。」その言葉はこの先俺に大きくのしかかる言葉であったことは言うまでもないだろう。
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