第4話「敵対組織」
薄暗い地下室、まるで家畜のように子供が囚われていた。空気の通りの悪い、どこからか下水のにおいが流れてくる。その匂いも忘れるほど長い間地獄が続いていた。
「ほらほらどうした!?もっと固めろ!死んじまうぞ!」
両腕にピックのような金属棒が生えた男が少年を殴り続けていた。その男の子はそれを体から岩のような鎧を生やすことでかろうじて防いでいる。両足は固定され逃げ出すこともできない。その両腕の岩は既にいたるところが割れ、血が流れていた。男はそれにもかかわらず執拗にその少年を殴り続けた。
「ぎゃああああああ!」
「やめて酷いことしないで!」
そこから少し離れた場所で悲鳴が上がる。膨張したかのように巨大化した怪物のような男がまた違う子供の腕を割りばしかのように折る。知能が低いのかそれを見ながらそのだるまは下卑た笑みをたたえよだれを垂らした。
「さあもう一度だよ。治してあげよう。頑張って。」
それを止めようとする少女にささやく影がいた。それは少女にまとわりつき、言葉を続ける。
「君には期待してるんだ。ほかの子供とは違う。才能がある。さあ助けてあげて。君が助けないとあの子死んじゃうよ?」
「もう…もうやめて…。」
「あああああああ!」
少女が子供に両手をかざすと子供の折られた腕が急激に治っていった。それと同時に悲痛な悲鳴が部屋中に響いた。それだけじゃない。壁の隔たりこそあるが、いたるところで何人もの子供たちが訓練という名の拷問を受けていた。その異常な空間で影は笑う。
「さあもう一度だ。すべては人類の救済のために。あははははははははは!」
人生を一変させたあの日からしばらく、健康診断や隊内規則講習、教育訓練などを行った。超常事件捜査隊PISの情報を外部に漏らすことについては、固く禁じられた。当然といえば当然だが、もし漏らした際の罰則の説明はちょっと怖すぎたので省略したい。特につらかったのは教育訓練で、まるで自衛隊のような本格的なものだった。いまも体中が悲鳴を上げている。また人命救助のための訓練などこれから定期的に、訓練が行われるそうだ。ここまで伊法や小野寺さんと顔を合わせることはなかった。
「うん、まったく問題ないね。クレアチニンがちょっと高いけど、若いから大丈夫。健康そのものですよ。」
そう言って診断結果を手渡してくれたのは、この地下街唯一の診療所の医師、
「ありがとうございました。」
「桑田君は元研修医だったそうですよね。君の立場は大変だとは思いますが…君がよければいつでもこの診療所で働いてください。なかなか人手が足りなくて…。まあ谷岡さんが君を手放してくれるとは思えないのですが。」
「…いえ、時間があればぜひ働かせてください!」
せっかくとった医師免許が無駄になってしまうのも悲しい。祁答院さんの提案はとてもありがたいものだ。伊法さんに頼んで、こちらのお手伝いでもできれば少しは報われるだろうか。といってもまだ自分のここでの仕事すらよくわかっていないのだけども。そんなとき突然、携帯に着信が入った。之も隊から支給されたもので、元の携帯は今どこにあるのかもわからない。大した情報は入っていないし、無駄な通信料の請求が来ないならば構わないけれど。画面をタッチし電話に出た。
『仕事よ清志。うちの二階にある会議室で待ってるから早く来なさいよね!』
それだけ伝え電話が切られた。首を傾げため息をつく。新しい上司はなかなかの高飛車娘らしい。ずいぶんと嬉しそうだが、いったいどんな仕事なのだろうか。疑問に思いつつ、指定の場所へ向かった。
小野寺さんや伊法が所属するPIS小金井小隊の活動拠点が、以前俺がカツどんを出された事情聴取室のある建物である。表向きには総務省管轄の事務所となっており、この郊外においては結構大きなビルだ。支給されたスーツを身に着け、そこにある会議室へ入ると、伊法のほかに数人の人が待機していた。プロジェクターが用意されており、どうやら何かが映されるみたいだった。
「へえ、こいつがねえ。」
ノースリーブや短パン、ラフな格好をした男たちがこちらを舐めまわすように見てくる。そして薄ら笑いを浮かべると伊法へとその眼を向けた。
「顔合わせも済んだし、俺らはいくわ。現場で会おうぜ伊法ちゃん。」
「ちょっと待ちなさい!まだ部長が…!」
「ダイジョブダイジョブ。お嬢ちゃんは新人と後ろで待ってなよ。くはははは。」
「じゃ、新人君もよろしくねー。」
「は、はあ。よろしくお願いいたします。」
こちらも挨拶すると彼らは一斉に笑い出し、その場から出て行ってしまった。そういえば名乗ることを忘れていた。それが問題だったかと思案するもあちらも名乗っていないのでどうやら違うようだ。残ったのは伊法ともう一人、歌舞伎役者のように真っ白な肌と緑色の口紅を付けたなんとも濃い顔の男だ。だというのにその服装はしっかりとしたスーツでなんとも不思議な格好だ。
「悪いねあんちゃん。あいつらはきっと多少強い能力だからって調子に乗ってるのさ。ここじゃあ能力のランクではぐれ者も優遇されちまうからな。」
「貴方は?」
「俺の名前は
「桑田清志です。よろしくお願いいたします。」
「こちらこそだぜ。」
見た目に反して人当たりの良い笑顔、悪い人ではなさそうだ。互いに自己紹介を済ませたのち、伊法が言った。
「そろそろ時間よ。スクリーンを見なさい。」
スクリーンに光がともされ、映像が流れる。そこの移されたのは三十代前後とみられる比較的若い男だった。ワックスで固められたオールバックがよく似合う渋いイケメンといったその男は、こちらもカメラで映っているのかあたりを見回した。
『谷岡君ご苦労だった。そしてそちらは大音師君と桑田君だね。初めまして。私はPIS関東本部部長の
頭を下げる伴部長。こちらの声は聞こえるのだろうか。それはわからないがカメラはあると推測し頭は下げることにした。
「申し訳ありません部長。この二人以外は一度集合をかけたのですが。」
『別に構わないよ。今回の招集はこの二人のためだ。それを彼らも承知しているのだろう。』
俺たちのための招集、伊法は仕事だとしか言っていなかったがいったいどのような仕事のために呼ばれたのだろうか。
『さて、まずは君たち二人の研修は無事終了した。おめでとう。そして今日から実質的な活動へと移ってもらうことになる。』
「その活動とは?」
『能力者は国で厳重に管理されている。しかし新規覚醒者、登録を拒否した野良の能力者は別だ。能力者の幅は広い、場合によっては重大な事件を引き起こす可能性もある。それらを未然に防ぐため、君たちには彼らを国で保護するための勧誘、また危険な能力者の拘束を行ってもらう。』
国の手から外れた能力者たちへの対処、それは以前伊法たちから聞いていた話と一致する。しかしその説明のためにわざわざ本部の部長が来るだろうか。
『今回君たちの初仕事として、誘拐監禁されているとみられる能力者の保護を行ってもらう。これが行方不明者のリストだ。』
そして表示される行方不明者のリスト。総勢7人、そのどれもが成人していない子供たちであった。
「その誘拐犯とは一体?」
『まだ説明を受けていないかね?野良の能力者の中には徒党を組み、社会に紛れ活動しているものたちも多数存在する。その中でも組織的犯罪を多数起こしている能力者集団がある。「サルバトラ」自称世界を救う使命を受けた正義の使者、その実この国を混乱に陥れている犯罪組織だ。我々が今回突き止めたアジトも彼らがからんでいるとにらんでいる。』
「サルバトラ…。」
『詳細については谷岡君から説明を受けてくれ。また今回の任務での評価が君たちの今後に大きく影響する。期待しているよ。』
その短い対談で部長は笑顔を見せた後、映像は切れてしまった。その瞬間伊法は今まで息でもとめていたかのように、息切れをさせてその場の机に手をついた。
「ぷはあっ…はあ…終わった。死ぬかと思ったあ。」
「伊法さん大丈夫かい?どうかしたの?」
「仕方ないでしょ部長めっちゃ怖いんだもん!名前呼ばれるたびに何怒られるのかって…何もなくてよかった~。」
確かに見た目は怖いかもしれないが、そこまで恐ろしい印象は抱かなかった。伊法の動揺にあまり共感できずにいたのだが大音師はその気持ちが分かったようだ。
「わかるぜお嬢ちゃん!あれは使える奴は使いつぶして使えないやつは容赦なく切り捨てる、そんな氷よりも冷たい機械人間の目だ!さぞや今まで苦労してたことが目に浮かぶぜ。」
「さすが私が直々にスカウトした能力者!わかってるじゃない。っていうか清志はどうしてそんなに冷静なのよ!」
確かに笑顔の裏に何かありそうな気はしたが、やはりしばらく人とのかかわりが一切なかった自分と異なり、彼女たちの方が人の暗い部分はよくわかるのかもしれない。機械人間、もし彼が言ったような存在であるのならと思案して言ってみる。
「もしそうだとしてここに盗聴器やマイクがいまだ切れていなかったら、だいぶ大変だね。」
能力者を管理する組織だ。監視カメラや盗聴器の用意などお手の物だろう。そう考えると自分に用意されたアパートの部屋にもそのような機器があるかもしれない。後で調べてみてもいいかも。冗談半分で言ってみたのだが、二人は震え上がった。
「すみませんすみません部長!どうか減給や降格は許してください!」
「やっちまったー!あんなおっかない人に目をつけられたりしたら…!」
伊法はあるかもわからないカメラに向かって何度も頭を下げ、大音師にいたっては
まだ喧嘩を売っているのかもしれないが頭を抱えて震えていた。
「…とりあえず任務の話に入ってほしいかな。」
なかなか愉快な光景だが、彼らと仕事するのかと少し不安になってきた。っていうか本当に監視カメラとかないよね?プライベート迄監視されてないよねと本気で不安になってきたのだった。
そしてその日の夜任務は決行した。統一された防弾ベストやヘルメットなどの制服を身に着け、拳銃なども携帯し車に乗り込む。二台の車両に分かれ現場へ向かった。今回の任務では自分と伊法、大音師、また昼に顔を合わせた能力者の男たちが遂行する予定だ。日の下横町を統括する伊法まで同行するのは意外だったが、彼女の能力を聞いたことから納得せざる負えなかった。全員の能力は説明されなかったが、伊法と大音師以外はランク4th以上の攻撃型能力者であるらしい。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ新人くーん。相手は低ランクの雑魚ばかり、面倒なのはランク5thの二人ぐらいだ。まして俺はランク6th、攻撃だけなら7th以上だ。君はそこの非戦闘員たちと後ろでゆっくりしてればいいさ。」
聞いてもいないが安心させようとしてくれる名も知らない彼。ランク6thといえば以前戦った火球の男はそのランクであったはずだ。場合によっては屋内の人間全員を全滅しえる。これから向かう敵のアジトは地下、彼自身も警戒しなければならないだろう。
「勉強させていただきます。」
「硬いねえ。伊法ちゃん好きそうだわ。」
やってきたのは郊外にあるボーリング施設。廃業してからは無人で売り地になっているこの場所の地下に、子供たちが監禁されているという。バリスティック・シールドと呼ばれる防弾盾を手に、彼らに続いて屋内に侵入した。
アスベストの壁はところどころひび割れ、空気もよどんでいる。それどころか下水道にいるような不快なにおいも立ち込める。ソナーを用いて索敵を行いながら、探索を続けていた。軽薄そうであった男たちも現場では慎重に行動している。何度か任務を行っているということもあって手慣れている様子が感じられた。彼らは少人数に分かれて行動を行い、無線によって連絡を取り合っていた。
『目標ポイントに到着した。』
「よし、なら攪乱開始だ。」
今回の司令塔である男の指示に合わせ地下の様々な場所から戦闘音が発生した。先ほど話をした彼と何人かの仲間が先に子供たちの監禁されている場所に忍びこみ、ほかで騒動を起こして救出する。火事場泥棒のような感覚に陥るが、このような閉鎖的な空間からの脱出を考慮すれば、合理的といえるかもしれない。俺たちは脱出経路となる階段の監視としてここに残されている。また地上も数人の能力者が守っている。ボーリング場の周りは自分たち突入組とは異なる隊員たちが取り囲むという厳重さ。おそらく事前に幾重もの調査を行ったうえでの今回の作戦なのだろう。
「始まったみたいだぜ。」
大音師も少なからず不安を感じているようだ。初めての任務なのだから当然ではあるが、それ以上に何か胸騒ぎのようなものを感じていた。ソナーで観測ている人数、敵の情報スムーズな襲撃。うまくいきすぎているとすら思えた。
「うああああ!」
「てめえ!なにしやがるううう!」
戦闘音が響く中ここまで聞こえる悲鳴と怒号。それに子供らしき甲高い叫び声も聞こえた。
「今のって!?」
「ああ救助組の奴ら何かあったんだ!」
「くっ!」
「あ、清志!?」
なにか重大なことが起こっている。そう感じてすぐに走り出した。
「あんちゃんには俺がついて行く。お嬢ちゃんは本部に連絡してくれ!」
「あんたまで、待ちなさい!」
レグルスを起動し、子供たちが監禁されている部屋に向かった。たどり着いた扉は開かれていたのだが、その中では阿鼻叫喚が広がっていた。ランクの高い能力者同士の戦い、それだけではない。救出すべき子供たちが隊員たちを攻撃していた。あるものは能力であろう念動力でがれきをぶつけ、あるものはどこから手に入れたのかナイフで攻撃を仕掛けている。その奥では車内で話をした彼が二人の大男にリンチされていた。彼はその腕から電撃を撃つが簡単にはねのけられる。周囲への被害を考え本気で戦えないのだろう。すでに声も満足に出せていないようだ。
「皆さんいったん下がってください!」
子供たちを保護しようとしていた男たちを引きはがし、子供たちをすり抜け彼を暴行している二人へ攻撃した。
キン!
みねうちとはいえ生身に攻撃したというのに、まるで金属でもあたったかのような衝撃。リストに載っていたランク5thの男。能力は肉体が変貌し50㎜の鉄板も貫くピックが搭載された両腕。まさか外側迄これほどの強度とは思わなかった。
「あんちゃん!」
「大音師さんすまない彼を頼む!」
「うええ!?」
大男の足元に回り込み彼の体をつかんで入口へ投げた。その体は子供たちの真上に落ちそうになるが、空中でやわらかくバウンドし大音師の目の前に落ちる。それをとっさに受け止めた大音師はわけがわからず叫び声をあげた。
「ああああああ!」
「な、なんなんだこいつはよおお!」
子供たちが大音師を攻撃するが、短期間ながら彼も訓練を積んでいるからか素早くその場から離れてくれた。
「ふうううう…。」
「なんだよ邪魔しやがって。」
「後ろの三人はあなたたちがやったんですか?」
ピックの男の背後には頭から血を流して息絶えている隊員と体が雑巾のようにねじ曲がり息絶えている隊員、そして全身が穴だらけになって死んでいる子供がいた。
「ぶひゅっぶひゅひゅ、ぶひゅひゅひゅゆ!」
ピックの男の隣にいる全身が膨張したような大男。まるでトロールのようなその怪物はこちらに対して下卑た笑みを浮かべた。言葉こそ発しないがこういっていように感じた。ああ楽しかったぞ。何怒ってるんだ弱いくせにと。
「そうだといったら?」
「俺はあなたたちを絶対に許さない。」
するとピックの男は急に口が裂けんばかりに口元をゆがめた。そして大きな口を開けて叫ぶ。
「ああそうだだよ!だからどうしたああああ!?ヒーローにでもなったつもりか?許さないっていうんならやってみろよヒーロー様よおおお!」
ピックの男がこぶしを振るう。絶対に当たってはいけない。打ち所が悪ければ一撃で致命傷だ。大男の動きは鈍いが、もし腕でもつかまれれば抜け出せるかわからない。両方に警戒しつつ隙を伺った。まずはピックの男に狙いを定め、攻撃をよけながら殺さず無力化できる急所を見定める。それが慢心だった。
「かっ…?」
突如背中に走る痛み、背後にいた子供の一人が攻撃したらしい。魔力で形作られたボウリングの球でもぶつけられたような重い一撃。それはレグルスを起動した清志にとっては大したことのないものであったが、それは体の体勢をずらすには十分だった。
「おらあああ!」
腹部にピックの男のこぶしが直撃した。とてつもない痛みと横隔膜の痙攣で息ができなくなる。倒れそうになるももう一人の大男が右腕をつかみ吊り上げられた。
「えひゅうぶうっげぶふっ。」
「ぐあああああ!」
とてつもない握力で腕が握りつぶされる。骨にひびが入る音があたりに響き苦痛にうめいた。
「くはははさっきまでの威勢はどうしたヒーロー様あああ!?」
刀を落とし無防備になったところで、ピックの男のこぶしの暴雨が降り注いだ。
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