第2話「超常事件捜査隊」

 手錠をかけられ車で連行された俺は、見知らぬ建物へと移された。おそらく警察署だろう。テレビでよく見るように頭から布をかぶせられ、周囲の確認はできなかった。そして連れていかれたのは取調室と書かれた、外へと通じる窓の一つもない、またドラマにでもありそうな部屋だ。狭い部屋に机一つといすが二つ、壁は先ほどの廃墟のように無機質だが、明かりがあるだけましな気がした。座らされた椅子の目の前には、先ほど逮捕してきた警察官のくたびれたおじさんがいた。顔立ちは整っている気もするが、目元の隈や無精ひげがそれを台無しにしている。警察官の制服を着ていなければ、不審者と思われても差し支えないのではないか。そんな失礼な考えがよぎるも、とりあえず今はこの状況の打破を考えることにした。


「名前は桑田清志25歳独身、梨大医学部を卒業後不死身高原病院に就職、現在は一年間研修医を務めるっと。立派な経歴じゃないの。まさにエリートって感じだ。」


 目の前の警察官の名前は小野寺孝弘さんというらしい。小野寺さんはタブレットを操作しながら、こちらの事情聴取を行った。住所や職場など個人情報を手元のタブレットと比較しながら確認してきた。警察は顔写真と職場くらいならすぐに確認できるのだろうか。情報社会の便利さとともに闇深さを感じる。


「おじさんも昔はお兄さん名乗れてたからね、気持ちはわかるのよ?若いときってさ、つい頭に血が上っちゃったり、ヤンチャやちゃったりさ。でも暴力はいかんよ暴力は。結局先に手を出した方が法律的には負けだからね。相手が悪いとか関係なくなちゃったりするからね。」


 とてもありがたい説教をしてくれるおじさん。割と正論が混じっているので言い返すことも難しい。いいや、本当にただ不良を暴力で制圧したというならばごもっともだ。なんだけども。


「あの、小野寺さん…。えっと違くてですね…いえ、あの二人を気絶まで追い込んだのは本当なんですけども…状況が状況だったというか。いきなりファンタジーにぶち込まれた気分というか。」


「まあまあ。お、来たかな?」


「まいどー。」


 必死に弁明しようとしていた矢先、小野寺さんの真後ろにある取調室の扉が開いた。そして入ってきたのは白い厨房服を身に着け、おかもち、出前で使われる木製の箱を持った男だった。彼は小野寺さんに親し気に挨拶しおかもちを開いた。


「かつ丼二人前お待ち―。」


「いつもありがとねえ。おやっさんにもよろしく言っといてね。」


 そうして男はまた扉から出ていった。そして小野寺さんはこちらにかつ丼の一つを差し出した。


「まあ喰いねえ。人間さ腹が減ってるときはムシャクシャしちゃうもんよ。これはおじさんのおごり。」


 ホカホカのカツ丼はふたを外された瞬間湯気が立ち込め、香ばしい良い香りが部屋中に立ち込めた。卵とじされたカツ丼のうえには三つ葉が飾られ、彩もきれいだ。とてもおいしそうなカツどんである。ご丁寧にきゅうりの漬物もついているようだ。ここに味噌汁があれば最高だろう。


「あの、これ違法じゃ…?」


 取調室で警官からかつ丼を渡される人情味あふれるその光景は、まさにドラマのようだ。しかし、それは現実では違法であることを清志は知っている。取り調べ相手に食品や嗜好品を渡す行為は、警察からの賄賂とみなされ刑法第198条によって規制されている。なぜそんなことを知っているかというと、以前知り合いの元警官と刑事ドラマの話になったときに、かつ丼が違法だと聞き調べたことがあるためである。古き良き人情が感じられる素晴らしいシーンだというのに悲しい。そういう点においては現実にはないと思っていたこのシーンに出会えたことに感激するべきなのかもしれない。だが生来の見て見ぬふりのできない愚直な自分がそれはだめだと警鐘を鳴らしていた。


「おなかのすいた若者をそのままにはできないからねエ。この位、お天道様も許してくれるさ。遠慮しないで。」


「は、はあ。…いただきます。」


 小野寺さんからすれば、その程度の違反は何の問題もないらしい。釈然としないが、警察官がいいというならば構わないのだろう。これ以上言うこともなく、とりあえず手を合わせカツどんを食べ始めた。味は見た目通り素晴らしい。空腹であったからだが満たされる気分だ。


「かあああ!うまい!やっぱおやっさんのカツどんは最高だねエ。こういううまいもんにはやっぱこれでしょ。こうくぃっと行かないとむしろ失礼だよねえ。」


 しばらくほぼ無言でカツどんをかき込んでいると、前方からそんな声が聞こえた。そして小野寺さんが机の下から取り出したのはなんだか見たことある緑色の瓶、そして小さなガラスのコップ。コップへとくとくと瓶の中身を注ぐと、それを飲み心底おいしそうにかーっと雄たけびに似た声を発した。


「うーんうまい!疲れてしまったおじさんの体に染み渡るう!」


 カツどんの香りに紛れているが、かすかに香るアルコール臭。いやいやいやただの思い過ごしじゃないか。そう思わなくもないのだが、ちょっと光景が異常すぎて聞かざる負えなかった。


「あの…え?…それもしかしてお酒、ですか?」


「純米酒だよ。おいしいごはんにはおいしいお酒が必要ってね。清志君も一杯どう?

きっとお天道様も許してくれ…。」


「いや許すか!!」


 俺は机をたたきながら立ち上がって叫んだ。それに対して小野寺さんはびっくりした顔でおお?と困惑している。


「どこに業務中に飲酒していい仕事があるんだよ!?お天道様が許したところで組織が許さねえよ!っていうかあなた本当に警察ですか!?」


 雰囲気で流されそうになっていたけども、日本の警察がリスクを冒してまでカツ丼を差し出すことからしておかしかったのだ。ましてやつい先ほどわけのわからない火の玉を投げる不良と体から触手が伸びる怖い人に襲われた直後にこれだ。現実に戻れたと考える方がおかしかった。そして小野寺さんは調子出て来たねえと何やら笑っていた。


「ようやく気付いたようね。そのおっさんは警察ではないわ!」


 バーン!と効果音でも流れそうなほど勢いよく、取調室の扉が開かれる。その真後いた小野寺さんは、ぎりぎり被害を受けることはなかったものの、とても驚いていた。そして現れたのはまさにキャリアウーマンといったスーツとタイトスカートを身に着けた女性だった。ワンカールかかったセミロングの髪と長い前髪を分けて現れた広い額が幼げながらもかわいらしい。…というか、どこかで見た子だ。


「君は…?」


「むふーっ!」


 両手を組みながら不敵な笑みを浮かべるその幼顔は、先ほど不良たちに襲われていた制服の女の子とそっくりだった。そしてその可能性へと思い至った。


「もしやはめられた?」


「まあ、言い得て妙かなあ。」


「ようこそ桑田清志。貴方にはこれから私たちと共に働いてもらうわ。拒否権はないから!」


 女の子は仁王立ちしながらこちらの話を聞いてくれない。小野寺さんのほうが困ったように頬を掻きながら答えてくれた。つまり今までの状況はマッチポンプだったということか。何らかの方法であの廃墟に連れていかれ、彼女たちの茶番にまんまと付き合わされていたのだ。


「あの人達も仕掛け人ってことですか…ええ、割と本気で殴っちゃった。」


「それは問題ないわ!あいつらは本当にやばい奴らだったし、こっちとしても捕まえられてほっとしたんだから。」


「あ、そうなんですか。よかった。はあ…それで。」


 とりあえずほっと安心した後、俺は左腕に着けられたままの腕輪を握り締め、彼らをにらんだ。二人は急に雰囲気が変わったことを察知して顔がこわばる。その方がありがたい。あまりふざけた態度で話したくはなくなってきた。


「まさかうちの病院で起きた失踪事件、貴方たちの犯行ですか?場合によっては見過ごせない。」


 その言葉にやっと女の子は仁王立ちを解き、真剣な表情に変わった。


「彼の失踪事件はこちらでも捜査している。もちろん関与なんてしていないし、未だ手掛かりもつかめていない。わかっているのはあなたの勤めていた病院が以前とても危険だった組織と関係があったこと。それだけよ。もう存在しない組織だけどね。」


「そうですか。…。」


 その言葉に嘘だという確信は得られなかった。その後話を聞くと、あくまで誘拐したのは清志だけだという。もちろんそれも立派な犯罪で、大問題だが仕方ない部分もある。その理由はおそらくこの腕輪に違いなく、その読みは完全に当たっていた。


「桑田清志。およそ十年前、貴方は奇妙な事件に巻き込まれた。この現世とは異なる異世界に呑み込まれ、同じ境遇の子供たちと殺し合う、バトルロワイヤルに。そこで「魔導王」という男にその腕輪に入っている魔道具「レグルス」を与えられた。違う?」


「よく知ってますね。あの事件のことはもう俺たちしか覚えてないはずですが。」


「あれだけ大掛かりなことをやって、本当に情報が洩れずに済むと思うの?いいえ、それを鑑みても素晴らしい情報統制力だったわ。いったい誰が糸を引いてたんだか。」


 そう、かつて中学生だった俺は仲間たちとともに異界のゲームに巻き込まれた。エピックウェポンと呼ばれる魔道具を手に入れた子供たちが私利私欲のために戦うバトルロワイヤルだ。その子供たちと俺たちが違った唯一のことは、ゲーム主催者ではなく魔導王を名乗る悪魔から魔道具を渡されたことだ。それを用いてバトルロワイヤルを制した俺たちは彼の助力を得て、そのばかげたゲームを作り上げた黒幕を倒したのだ。魔導王は消え、平穏な日常を取り戻した後もこの魔道具だけはあの非日常の確たる証拠であった。


「貴方たちの目当てはレグルスだったというわけですか。だけどこの魔導具は俺にしか使えない。魔導王がそう作りました。お渡ししても意味はないと思います。」


「知ってるよ。私たちの知り合いにも魔術師がいるからね。それにきっとその魔道具が使えたとしてもこっちじゃ持て余すに違いない。」


「ならばいったい何が目的ですか?」


「とりあえず、ここじゃあなんだから場所を移しましょう。拒否権はないけど、うちはコンプライアンスはしっかりしてんのよ。はい。」


 そう言って女の子はこちらに手を差し伸べた。とびっきりの笑顔はやはり幼げで年齢がいくつか聞いてみたくなってしまう。しかし男の性とは困ったものでこうもかわいらしい笑顔を見てしまうと、ついつい警戒心が弱まってしまう。だが俺も彼女たちの話を聞きたくなった。あの非日常が欲しいわけじゃない。もしかしたらそこに求めていた答えがあるのではないかと期待した。ただそれだけだ。彼女の手を取り立ち上がる。


「ようこそ、超常事件捜査隊へ、歓迎するわ。」


「困ったな。そのつもりはないんだけど。」


「すぐ貴方のほうからやる気になるはずよ。」


「…楽しみにしておくよ。」


 それが彼らとの、超常事件捜査隊との出会いだった。そして俺は今まで以上に常識とかけ離れた非日常へと足を踏み入れることになる。そしてこれは何度も夢をあきらめた俺が英雄になるまでの物語。これがその第一歩だった。


「あ、まだかつ丼食べ終わってないからもうちょっと待って。」


「早くしろよおっさん。」


 かっこよく締まらないのは昔からだなあ。


 




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