終わる世界の黄金騎士

黒猫館長

第三章 女上司は能力者で同僚は魔法少女、飲み友は女騎士のようです。

第1話「英雄再起」

 その夜は肌寒く、月がきれいだった。今まで見たことがないほど美しく赤い月の下で、俺は腹部を押さえうずくまっていた。負けた。病院の屋上は砂が昇て来ていたようで、倒れないように手に体重をかけるととても痛かった。それ以上に腹部が痛い。闘いに負けた代償だ。彼より体が大きいのに、武術の腕も経験も上回っていたのに、俺は負け彼を見上げた。彼の腕には美しい白の少女がいた。今まで悪い大人たちにとらわれ続けていた彼女を助けるために、彼は戦い続けてきた。そして俺という悪を倒してその場を去った。一年近く彼らを見てきた俺だからわかる。それがどんなに無謀で勇気のあることか。彼らが視界から消えるとき、涙があふれてきた。きっと俺はあの子のようになりたかったんだ。どんな悪も打ち倒し大切な人を守れるヒーローに。



 ふと意識が戻り、眠っていたことを自覚した。しかし同時にそこが自室のベッドや病院の仮眠室ではないことに気づいた。ざらざらとしたコンクリートの床、薄暗い廃ビルを思わせるその部屋は、全く知らない場所であった。空気は見た目通り埃っぽく息を吸い込もうとすればむせてしまう。割れた窓の外はうす暗く、土砂降りのような雨がひどくうるさかった。それでも真っ暗というほどではない。まだ夜ではないのかもしれない。どうして自分がここにいるのかは見当がつかないが、このような事態は初めてではなかった。以前と違うのは周りに知り合いの一人もいないことだろうか。少々心細いが、ここにとどまっているわけにもいかない。屋内を探索することにした。


「だ、だれかー。いません…よね。」


 この一年、人と話すリハビリは十全にできたと内心自画自賛していたのだが、だれがいるともわからない廃屋で大声を出そうとすると非常な緊張で横隔膜が動かなくなってしまった。呼吸を整えできる限りの情報を集めようとあたりを見回しながら歩き続ける。きっとこの大雨では声も届かないだろう。そんな言い訳を考え、声を出すのはあきらめた。それにしても大きい建物だ。個人事務所の小ビルというよりも、面積だけで言えば有名なホテルほどある気がする。階段を見るに少なくとも四階以上あるはずだが、今まで勤めていた病院は田舎でこれほどの建物が近くにあった覚えはなかった。いや病院であればこのくらいあるが、内装からして違うのは自明だろう。


 階段を降り始めて暫くしたとき、バタバタと足音が聞こえてきた。別の階から響いてきたのだろう。ほかにも人がいることを察して安堵するとともに、その足音がまるで走っているように素早いことに違和感を覚えた。


「逃げんじゃねえ!ぶっ殺すぞこらぁ!」


 どすのきいた男の声だ。誰かを追っている?ただ事ではないことは確かだ。声は上の階からした。急いで階段を駆け上がり、足音を追った。その階につくと、妙に焦げ臭いにおいが立ち込めていた。いまだ足音が響き続けている。追われているものが何なのかはわからないが、逃走能力は結構高そうだ。ガラの悪い男が迷いネコでも探しているのならまだ話ができそうなのだが、そんな希望的観測で済むだろうか。走りながら思いついたその考えはすぐに裏切られることになった。金髪に染めたガラの悪い男とスキンヘッドに口元をスカーフで隠した不気味な男、どうやら二人組であったようだ。壁の抜けた部屋の奥、そこに彼らのターゲットがいた。


「こな…来ないで…。」


 息を切らしながら尻もちをついている女の子がいた。ワンカールかかったセミロングの髪が地面につくほど疲弊している。足には切り傷が痛々しく血が流れていて、顔は焦げたようにすすで汚れている。


「手間かけさせやがってクソガキ!だが面はいい。連れていく前に少しくらい遊んでもいいよなハゲ!」


「…。」


 反応のない相方につまらなそうに舌打ちをすると、ガラの悪い男は嘗め回すように倒れこむ女の子を観察した。そして自分の恐ろしさをアピールするかのように舌なめずりし、近づいて行った。


「おとなしくしてろよ。あれだ壁のシミでも数えてりゃ…。なんだお前?」


「あ…あなたは?」


 いてもたってもいられなくなって、飛びしてしまった。女の子をかばうように男たちの前に立つ。どうやら気づいていなかったらしい。ガラの悪い男は目を丸くしてすぐに苛立たし気にこちらをにらんだ。


「あんまり尋常じゃない雰囲気だったから、口を出しに来たんだ。できればここで引いてくれると助かるんだけど。」


 何を言えばいいのかわからず、頭に浮かんだセリフをそのまま言ってしまった。だが、正直なところこのまま帰ってほしい気持ちは本当だ。なんせこちらは丸腰だ。


「おいハゲ!こいつは能力者か!?」


 逃走、恐喝、攻撃、男の行動は予想していたどの行動とも異なる質問だった。能力者という言葉に、こちらは頭をかしげるしかない。スキンヘッドの男が何やらデバイスを彼に見せた。


「なんだゴイかよ。」


 ゴイ、確かヘブライ語から由来する非ユダヤ人を表す蔑称であったはずだ。だが目の前の彼もおおよそユダヤ人には見えない。別の意味があるのか聞き間違いか。少なくとも彼はこちらを脅威とは認識してくれないようだ。先に言い訳をしておくと、俺は徒手空拳は苦手だ。大人二人を相手するには少し心もとない。だがこれでも就職するまで鍛えてきたつもりだ、乗り切ってみせる。


「ならてめえに用ねえわ。死ねくそ眼鏡!」


 そして右手を挙げた男の掌には光が生じ火の玉らしきものが現れた。同時にスキンヘッドの男も両腕がゴムのように伸び始め、鋭利な鞭のように変形した。その瞬間悟った。これは無理だ。何やらやばいことに巻き込まれている。死にましたわこれ。そう直感し、女の子を抱えて飛んでくる火の玉を振り切り逃走を図った。


「え、ええ!?」


 お姫様抱っこのように抱えられた女の子が混乱しながら声を上げる。そのセーラー服を見るに高校生だろうか。見知らぬ女子高生の体を触るなんて、本来セクハラで訴えられてもおかしくないだろうが、緊急事態なので見逃してほしい。


「大丈夫…とりあえずどこか隠れられそうな場所を探そう。はあはあ…ん、必ず何とかするから…。」


 安心させるために声をかけるが、走っているせいで息が続かない。根拠のない慰めなど意味がないだろうが、それでもそう声をかけるべきだと思った。全速力で走ったため距離は取れたが、追いつかれるのは時間の問題だ。せめてこの子だけでも、攻撃から守れるように籠城できる場所が欲しい。


「あ、あそこは…どうですか!?」


 女の子が指さした場所は会議室のような広く、机やいすの残骸が残されている場所だ。それらの陰に隠れるように身を潜めた。その時、体勢を崩し二人して倒れてしまう。


「ごめん。大丈夫かい?」


「…大丈夫です。あの、これ落としましたよ。」


「え?これは…。」


 床の状態がよくないというのに、転ばせてしまうなんて不甲斐ない。女の子の身を案じるも、けがはないようだった。そして女の子は落とし物だとこちらに渡してきたものを見て俺は驚愕した。


「どうしてこれが…?」


 それは自室の机に長らく置きっぱなしにしてきた、ブレスレットだった。宝石がついているわけでもメタリックな塗装がされているわけでもない、乳白色の腕輪。正直に言っておしゃれにしてもつけたいと思うようなものではない。それこそ、子供でもない限りは。


「ありがとう。何とかなるかもしれない。君はここで待っていてくれるかな。彼らのことは僕が何とかするから。自分の身を守っていてて。」


 女の子はその言葉にうなづいた。寒くてはいけないと、今身に着けていた古臭いジャージを手渡し、瓦礫の陰から出た。短距離走者でもない俺の脚力ではこの短時間に大した距離は稼げない。すでに彼らが追いつくことなんて想定内だ。ガラの悪い男はずいぶん頭に血が上っているらしい。荒い息を吐きながら、血走った目でこちらを見た。


「くそったれなゴイが邪魔しやがって!ぶっ殺す!」


 両腕に火の玉を作り出す彼は魔法使いのようだ。能力者といったか、今までおかしな出来事に巻き込まれることはあったが、この類は初めてだ。ここは異世界だといわれても納得するかもしれない。男が投擲した火の玉は距離を経るごと大きくなり、こちらへと向かってきた。さっき廊下が焦げ臭かったのは、彼が何度も能力を使ったからだろう。あの惨状を見るにかたいコンクリートの壁がえぐれるほどの威力であることは間違いない。直撃すれば、焼き焦げる以前にその衝撃で死に至るかもしれない。よけるにも背後にはあの女の子がいる。がれきや設備の残骸が壁になるとしても、最善手ではなかった。ゆえに避けることはあきらめる。その様子を見た男は愚か者を嘲笑するような表情を浮かべた。


「とおっ!」


 その表情はすぐに驚愕への表情へと変化した。それもそのはずだ。彼ご自慢の火の玉はたった一撃で両断され、地面にたたき落されたのだから。そんな俺の姿を見て男は声を漏らすように言った。


「なん、だよその刀は!?どこから!?まさか、ゴイの分際で…。」


 光輝いたブレスレットからその刀は現れた。これを握るのは何年ぶりだろうか。この柄の感触が妙に心地よかった。背後から顔を出す彼女も目を見開いて驚いていた。俺は刀に呼び掛けた。


「レグルス!」


 刀に内包されていた力がからだ中を駆け巡る。そして光が全身を別の姿へと変えていく。獅子のような金髪と金色の瞳を持った理想の騎士へと変えていく。そして刀を男たちに向けた。


「これ以上になる前に帰ってください。ここから先は痛い目を見ることになるから。」


 ガラの悪い男はさらに怒りに満ちた顔になり、血管がちぎれそうなほど浮き出ていた。ふざけんなと今にも爆発しそうだ。もう一方のスキンヘッドの男は、にたりと笑うとその口を隠していたスカーフを取った。それに驚きガラの悪い男は、一度動きを止めた。その口元はほほの半分ほどまで裂け、長い舌が唾液とともに垂れている。より一層の不気味さを内包していた。そして、その舌が暗く変色しながらさらに伸びていく。同時に腕とその指がそれぞれ変色しながら触手のように延伸した。その姿は人間の形を模したエイリアンのようだ。相方であるガラの悪い男すらその姿に若干引いているようだ。


「ばばばばばああ!」


 不気味な男の触手が四方八方鞭のように暴れまわる。勢いよく壁にぶつかった触手はいとも簡単にそれを削る。強度はどう考えても人間のそれ以上だ。力を誇示した触手は次にこちらへ向かって放たれた。ガラの悪い男は巻き込まれないために背後に移っている。しかし、その鞭は何かにはじかれたように力を失った。


「ばああ!?」


 男は理解できずに声を上げた。それもそのはずだ、自らの放った触手の鞭は何かにはじかれたどころか、ぶつけるはずの標的の姿が瞬間消えていたからだ。右に左にどこへ逃げたのかと男は周囲を見回した。その労力のおかげか最後にはどこへいるか気づいた。己の下だ。


「すごい強度だ。だけど、その変色していない根本はどうなのかな?」


 男が気付いた時にはすでに、俺がその口元に刀を突き付けていた。いつでもその舌を切り飛ばせる、圧倒的ゼロ距離。それを見て、男の瞳は揺れ動く。


「どうなんだ…!?」


 自分が絶対的不利の状態、そこで浴びる冷酷な殺気に男は白目をむき気絶した。同時に延ばされた触手が引っ込んでいく。刀が当たらないように気を付けながら、俺はもう一人へと対峙した。


「まだやるかい?」


「ぐうううううう!」


 よほど状況が面白くないのだろう。ガラの悪い男は、左手で自らの後ろ首を握りしめうめき声をあげている。その気持ちはわからなくもない。形勢が逆転したのはたまたま、弱いと思っていた相手がいきなり武器を手に入れていきりだしたら面白くないのは当然だ。かといって危険人物である彼らに都合のいいことをしてやるわけにはいかない。あくまで毅然とした態度で降伏を勧めた。


「魔力すらないゴイがハゲを倒したくらいでいい気になるなよおおお!もうあんな女どうでもいい!ぶっ殺す!」


 両手にまた火の玉を生成した彼は、こちらへと投擲した。両手同時に投げたというのに、それはこちらに向かって正確に飛んでくる。追尾能力を備えているということか。だが、同時に投げたからと言って、同時にぶつかるとは限らない。俺は刀を使ってそれらをひとつずつ切り捨てた。地面に落とすのは陥没が怖いので、壁の方向へ残骸を飛ばしていく。そのせいで壁の一部が崩壊し、その音に後ろから悲鳴が聞こえた。あの女の子には悪いことをしてしまった。しかしさらに何度も、火の玉を投げてくる彼の攻撃を対処するにはこの方法しかなかったので許してほしい。


「くそくそくそおおお!」


 相手も焦りが見えるが、実をいうとこちらもなかなかやばい。火の玉の生成スピードが速くて、相手に近づけない。このままだと彼を倒す前に、この部屋が崩れてしまいそうだ。


「効かないな。こんな見掛け倒しのお遊びで、よくもそんなに吠えれるものだ。」


「なにい!?」


「いやごめん。小さい犬のほうがやかましいものだよね。なんだっけな。あれ、そうそうよく言うだろ?弱い犬ほどよく吠えるって。これなら、こんな負け犬に比べたらさっきの彼の方が強かったなあ。」


「はあああああ!?俺が負け犬だと!?ふざけんなくそがああ!てめえらまとめてぶっ殺してやる!」


 そう吠えた負け犬は、小手を合わせ頭上に挙げた。それと同時に、先ほどとは比べ物にならないほど巨大な火球が生成されていく。この部屋すべて消し飛ばす気なのか。目的の女の子どころか仲間もいるというのに、だがやりかねない。彼の激高具合からそう感じた。


「しねええええ!」


「ありがとう。やっと明確な隙ができた。」


 火球を投げようとした男の背後で、安堵した。火球はみじん切りされ、火の粉へと変わりガラの悪い男は投げる動作をすることなく地面に倒れ伏したのだった。


「はあーびっくりしたー。あんなの投げられたらシャレにならない。」


 頭に血が上りやすい人間は煽れば短絡的な行動になりやすい。昔散々いやな目にあった経験が、生かされたのはいいのか悪いのか。この部屋もだいぶ破損してしまったがまだ大丈夫だろう。男たちを無力化できたので、とりあえず一件落着のはずだ。女の子の隠れた場所へ歩くと、震えながら涙を流していた。やっぱりうまくいかないな。コミックのヒーローならこんな顔はさせなかっただろうに。それでも精一杯安心させるために笑顔を作った。


「もう大丈夫だよ。ごめんね、怖い思いをさせた。立てる?」


 そう言って右手を差し出した。女の子はこちらを見上げ、ゆっくりとその手を取ろうとした、その時だった。


「はーい、警察でーす。そこまでね。お兄さん、現行犯逮捕。器物損壊と暴行ってところかな。」


「え?」


「うん?」


 声をかけられたと思えば、手錠をかけられた。隣を振り向くと、よく見知った警察服のおじさんが、こちらへ微笑んでいた。訳が分からず目が点になる。隣の女の子も眉を顰め口が三角になっていた。


「あの、ちょっと待ってほしいのですが、それは誤解で、俺は無実です!」


「はいはい、最初はね、みんなそういうんだよ。おじさんの長年の勘がいってるもん。犯人は君だ。間違いない。」


「そんなあてにならない勘すぐに捨ててください!」


「あー言ったなー、傷ついちゃった。おじさん傷ついちゃったわ。これは公務執行妨害もつけないといけないなー。」


「横暴っ!横暴だ!」


 仲間らしき警察官が、女の子を保護し倒れた男たちを拘束していた。何とか女の子に弁明してもらおうとしたが、事件のショックからかずっと泣いてしまっていてかなわなかった。そしてそのまま警察官のおじさんに連行されてしまう。結局何が起こったのか全然理解できない。なぜこうなったのだろうか。とりあえずこれだけは言える。この逮捕は不当だ。だがその訴えは全く聞き入られることはなかったのだった。

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