10-12「────…………  だ」




「……よいしょっと」


 

 「ボーンの説明するね」。そういったミリアは、そのままカウンターに身を沈め、ごそごそと物色したあと。折りたたまれた白い布をどさっと置いて、座り直した。


 彼女が出した『白い布』は、色こそ乳白色だが目が粗く、だいぶごわついている。素人のエリックから見ても、『どう考えてもこれは肌に触れたら痛そうだ』とわかる粗さの『それ』をぺしぺしと叩きながら、



「あのね? 服の中ってね、芯が入ってるところがあるんだよね」

「────”芯”?」



 言われたことを繰り返した。

 エリックがイメージする『芯』と言えば、ガラスペンの先や、茹で残ったパスタだが、そこまで固いものには見えない。そんな疑念に応えるように、ミリアはこくんと頷くと、



「そう。一般的に『布芯ぬのしん』って呼ばれるんだけど、着た時に張り・・が出るように、よれっとしないように、仕込んでおくの」

「────”仕込む”?」



 『これがその布芯ぬのしん』と言わんばかりに、ごわついた布をツンツンと突く彼女は、繰り返すエリックにひとつ、頷くと。次に上半身が見える位置に立ち、自分の胸の下あたりを押さえて言う。



「例えば、ベストの前身まえみごろと、後ろ身ごろ。スカートの、裾とかにも入ってるかな。おにーさんのベストの中にも、バッチリ入ってると思うよ」



 自分の胸の下・それと背中の中心をぽんぽん叩く。

 その動きに導かれるように、エリックは自分のベストの脇ぐりに親指をかけると、



「……俺のベスト こ れ にも?」

「そう、着た時に『くたらない』でしょ? それは、芯のおかげ。『ナカに一枚挟み込むことで』、ピシっとするの。建築で言うなら土台っていうか。影の立役者って感じ」

「…………へえ」

 


 聞いて、まじまじとベストを見つめる彼。

 貴族の彼のために誂えられたそれは、縫い目も綺麗な一級品だ。もちろん、くたるどころか常にしっかりしている。しかし、それが通常の彼にとって、そこにありがたさを感じることも、不思議に思うことも、今までなかった。



 《今日初めて知った陰の立役者》の存在に地味に感心するエリックを前に、ミリアは彼に向き直ると、



「だけど、布芯ぬのしんはあくまでも『体にフィットするぐらいの柔らかさと張りのある布』でね? 『ボーン』はそうじゃなくて~……」

 


 言葉の語尾は、尻つぼみ。

 そこまで言うと、彼女はぐるりと店内を見回し、何かを探している様子。

 ハニーブラウンの瞳であたりを見回し、口元に柔らかく握った指をつけて黙り込む。そんな彼女に、エリックは首をかしげて声を投げた。



「…………ミリア?」



 しかし彼女は変わらない。

 探しているのはわかるが、何を探しているのかまではわからない。



(何か探してるなら手伝うのに)

 一人、考えている様子の彼女に、もどかしさを転がした、その時。



「…………────あ」



 ──── 一点。

 ハニーブラウンの瞳が、エリックの暗く青い瞳と重なり目を見開いた。


 視界でほほ笑むは、ミリアの花の咲いたような顔。


 柔らかく、ニコニコとして、『みーつけた』と言わんばかりの表情に、思わず動きを止めた時。


 ふんわりと、彼女の手が伸びる。



「──────ねえ? ちょっと……、失礼?」

「え?」



 まるで

 優しく頬を包み込むような手つき。

 いたずらを含んだ声色。

 彼女の微笑み。


 遅れたテンポ。走る動揺。

 それに構いもせず、にっこり微笑み、乗り出す体。

 緩やかに近づいてくる手のひら。


 期待のような緊張が走った。


 何をされる?

 撫でられる?

 ここは、退く?

 ”────いや”


 迷い惑う心に反して、体はそこで動かない。

 彼女の指先が首筋をかすめる。

 びくんと反射する身体。


 すり、すりと 耳の近くで響く音。

 ミリアの探すような目線。

 

 指先は見えない。

 無防備にもほどがある。


 しかし今、永遠にも思える時の中で。


 探すような・包むような、悪戯に柔らかい光を帯びた、はちみつ色の瞳が



(──────…………綺麗だ)









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