11-9「ミリアさんが調べておいてあげましょう」






「……〜〜っ!! なーんか、だーいじょーぶかな〜!? あああああ! 気になる!」



 わきわきっと、もどかしそうに指を動かしながら、肩をすくめて声を張った!



「ああいうの気になる! すごく気になる! 『痩せ我慢』っていうか、『無理やり封印しました感』見せられると、どぉーも! 『無理するな〜! だいじょうぶかー!』って言いたくなっちゃう〜っ。 いや、あの人のことまだ全然知らないよ? 知らないんだけどね!?」



 葛藤を虚空に散らかして、ぎゅうっと握る、右の手のひら。

 自然と背筋が伸びて、ふうっと息出す鼻と、そして寄りく眉。




「…………無理に聞いたりは……しないケド。たまーにひっかかるんだよねー、奥の方になんか、こう……なんだろ? うまく言えないけど、こう……『抱えてる感』あるというか……」



 

 戸惑う彼女はまだ、知らない。

 彼が背負っているものも、彼が抱えている悩みも、葛藤も。


 知らないながらも、考える。

 ”見えたものの範囲”から。

 ”できる限り”で考える、



(…………戦ってるような。押し込めたような。無理やり切り替えたような。……そんな……なんか、そんな感じ……)



 情報を処理するように、ぽそぽそと呟き息をつめた。

 じわりと不安も滲み出すが、しかしすぐさま、不安を流す。



「…………まあ。無理には、聞かないんだけど」



 これは、声に出して。

 彼女は瞳を下に迷わせた。


 気になるといえば気になるのだが、やたらと手を突っ込んで根掘り葉掘り聞きだすのも好きじゃない。エリックがそこまでして切り替えたのなら、掘り返すのは違うだろう。


 ──誰しも、気持ちに折り合いをつけながら生きていく。

 そうして、日常を暮らしていくのだから。


 

「…………誰だって、言いたくないことあるじゃん。そうじゃない? ねぇ? スフィー?」

 


 言い聞かせるように、ぽそり。

 物言わぬスフィーに語り掛ける。



「ねぇスフィー? エリックさん、エルヴィスさんの下で働くの、実は大変なのかなー? やり手の盟主さまだもんね、付いていくの大変なのかも。そのうえ、毛皮の調査までやっててさ? エルヴィスさん、人使い荒いのかな?」



 首をかしげて独り言。

 スフィーに話す本音は、するすると彼女の口からこぼれ出すのだ。

 


「まあでもあの人、『ふふん』って言いながらやっちゃいそうだけどね〜。『当たり前だろ?』とか言ってさ。余裕でこなしそう。そんな感じある。でも、ちょっと心配じゃない? わたしにも『助けてあげるよ』とか言うんだよ? わたし、マジェランなのにね?」



 物言わぬ少女の人形に、ミリアの独り言は止まらない。

 ──はぁ~…………


 そこまで一気に零しきり、ミリアは虚空にため息を溶かした。


 いつもの職場・いつもの風景。

 それらをじぃっと見つめ、くるりと瞳を泳がせる。

 トトン! とカウンターを突くのは右の人差し指。居場所を探すように、左手が頬を押さえて悩み・唸る。



「……う────ん……『エリック・マーティン』。ハイスぺだからか? 影の見える男……」



 トン・トン・トン・トン・トン・トン……

 …………し────ん………

 ────ふうっ。



「……はあ〜、旦那さまに使い殺されなきゃいーけど……」



 『パワーのある』『やり手』の『エルヴィス盟主』にこき使われ、疲れ果てていくエリックが目に浮かび、口をへの字に曲げる彼女の胸の内は、複雑一色だ。


 エルヴィス盟主に仕事を与えまくられているかもしれないエリックにも溜息だし、いちいち小言が煩いエリックを側近に置くエルヴィス盟主にも首を捻る。


 しかし、思いあぐねてもミリアがどうにかできることではない。

 エルヴィス盟主とエリックの関係をとやかく言う資格はないし、盟主への忠誠心を疑うようなことを言えば、エリックは本気で怒りそうだ。


 しかし。



「…………相棒とか、いればいいけどね~……」



 ──そう、相棒が居ればいい。

 彼が気兼ねなく話せるような、愚痴を零せるような相手がいれば、たとえ仕事に忙殺されても頑張れるのではないだろうか? 


 ぼんやりと、(そんな相手がいればいいのに────)、と空を仰ぐミリアの脳で、エリックが話し始めた。 


 『そうだよ、君を選んだ。俺の、パートナーにね』

 『君ならできると思ったんだけど』


 ──それは、この前のポロネーズ。

 テーブルを挟んで向こう側、食事を楽しむ人々を背景に、彼がくれた信頼の言葉。



「……………………”パートナー”。…………………………あいぼう。」


 『君ならできると思ったんだけど』

 『ああ、頼むよ』


「…………そか。『相棒って、わたし』。」



 確かめ、噛みしめるように呟いて、胸の中にわくわくが広がる。

 疲れを宿した瞳に力が宿り、広がり緩む唇を巻き込みはにかんだ。


 ────他人ひとからの信頼は、何よりも心を満たし、そして活力になる。

 エリックのそれは、ただ、純粋に嬉しかった。



「……ふふっ。お屋敷のお仕事はさておき。『毛皮事件』の相棒は、わたし」



 ご機嫌だ。

 ご機嫌に頬杖をつき、足まで揺れてしまう。

 《居たらいいのにね》じゃない。

 自分がもうそこにいる事実がうれしい。

 認められた・必要とされていることへの喜びが溜まらない。


 カウンターの奥、座り動かない相棒スフィーに、ミリアは照れくさそうに微笑むと、



「えへへ、スフィーの他にも相棒できちゃったっ。ちょっと嬉しいなっ、……ちょーっとだけね? もちろん、スフィーも相棒だよ? いつもいっぱい話聞いてくれてありがとね!」


 

 一人お礼をいい、すぅっと伸ばした背筋に力を籠める。


 ────さあ。明日は休みだ、仕事もない。

 昼まで寝ていてもいいのだが、そんな休日に、『相棒のために』、────なにか、できることはないだろうか?



「…………うーん……」



 腕を組むミリアの頭の中で、ここ数日の出来事が目まぐるしく駆け巡り、思い当たったのはとある一言だった。



『ボーンって、……何からできてるんだろ?』

「──────”ぼーん”!」



 先日、二人そろって首を傾げたあの案件。

 前から触っていたのに、疑問にも思わなかった『作り方』。



「……ボーンの値上がりも、もしかしたら関係あるかもしれないしね~。どうせ舞踏会の後片付けとかあるんだろうし、忙しそうだし~♪」



 言いながらふふんと鼻を鳴らして胸を張り、カウンターを回り込む。

 行く以外の選択肢など無かった。



「じゃあじゃあ、忙しい相棒くんのために、ミリアさんが調べておいてあげましょう♪」



 ご機嫌な声で言いつつ、引き出したは分厚い業者カタログ。

 ばらばらとめくり探す、『ボーン』の業者。



「────えぇ~~っと? ボーン作ってるトコどこだっけ? メーカーの住所は〜〜〜」



 ばらばらばらっとめくる指が、探す目がほしい情報を捉えて、ミリアはご機嫌な口調で読み上げた。



「────あった! 『ボーン工房 イザベラ』・アルトヴィンガ地区・スモーキー通り8093!」

 




 

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