10-1「男だと自覚する」



 ────はぁ〜〜〜〜〜〜……


 ウェストエッジ・街中まちなかのチェシャー通り。

 西の空が、ゆっくりと鮮やかなオレンジに染まり始めた頃。エリックは、忌憚きたんを込めた息を零していた。 


 あまりにも大きなそれに、周りの人間の視線も集まるが気にしない。

 悶々。ぐるぐる。一人、歩きながら考える。

 一緒にいたはずのミリアはいない。

 先ほどまで一緒にいた彼女は、一足先に店へと引き上げた。



 ──時は、今より少しばかり遡る。

 ウエストエッジ・郊外。

 エルヴィス・ディン・オリオンの私有地内で魔法カードアタックを繰り広げた彼らは、経過した時間に気づいて、街へ戻ることにした。


 ミリアは本来、修羅場の真っ最中。

 こんなところで油……いや、魔法を撃っている場合ではなかったのだが、それも後の祭り。


 過ぎてしまったものは仕方ないと慌てて引き上げようとしたが、エリックはミリアにNGを食らった。


 原因は、服である。


 一点に陣取って一切動かなかったミリアに対し、魔術でどんどん泥濘ぬかるんだ草原を飛んで・跳ねて・駆けて避けていたエリックの服は、当然。泥や水が跳ね飛び、工房に入れる格好ではなくなっていた。


 ──通常なら泥まみれの そ ん な 格好でビスティーに入ろうなどとは思わないエリックだが、あれだけドンぱちやり合ったあとだ。いろいろなことに気が散って、服の汚れに気づかなかったのである。

 

 指摘を受けて苦笑いをするエリックに、ミリアはぴしっと指を刺し言い放つ。


 『着替えてきたらビスティね? 今日は閉店まで手伝ってもらうからよろしくっ』

 と、言い残し駆けていった彼女の背中が、エリックの脳裏にちらついて──── 



 ────はあ…………



 もう一度、大きく、深くため息をついた。

 ため息の原因は、もちろん。

 最後の『魔法ミス』だ。


 光魔法を放つつもりが、呼応しないそれに慌て、混乱した時。代わりに発動したのは、コールしていないはずの『ウィンド』だった。


 ミリアの足元から、緩やかに吹き上がるちょうどいい風は、男なら見えて嬉しい部分・・・・・・・・を見せてくれたが、彼・エルヴィスは内心複雑であった。

 とても、とても。


 女に苦労しているわけではないし、欲しいと思えば欲など満たせるのだが、先ほどから『それ』がちらついて仕方ない。


 ふんわりと上がったスカートや、レースインナーのペチコート。しなやかで柔らかそうな白い脚。……加えて、秘めたる部分を隠す下着はヒモだった。



(────……10代の子供か、俺は)

「…………」



 思い出しては、眉間に皺。自身をたしめ自己嫌悪。

 トラブルとはいえ、『たかがスカートの下』に目を奪われた自分が情けない。


 繰り返すが、『別に女を知らないわけじゃない』。

 むしろ、その辺の庶民の男より、数多くを経験している自信があった。

 ────のに。



(────思い出すな。今考えるのは、そこじゃないだろ)



 自分自身に、硬い口調で言い聞かせ、思い出そうとする頭に首を振る。

 性的本能なのだから仕方ないが、今そこに反応している場合ではない。



(……相手は〈相棒〉だぞ。何考えてるんだ)



 そう、自身を諫め、彼は無理やり脳を切り替えた。

 幸い、考えることは山のようにあるのだ。

 直近で言えば『魔法の暴走』がそれにあたる。

 ミリアとの交戦中、最後に出した光のカードは反応しなかった。



(──結局、最後のあれ・・については……カードが重なってたことで起こったミスだってわかったけど、光が現れなかったのは何故だ……?)



 あの時の原因は明白だ。

 彼が慌てて引き抜いたカードは、ライトの下にもう一枚、カードが重なっていたためである。


 それを確認し、ミリアは『……あー、使ったことのある方が先に出ちゃったのかなー?』と首を傾げていた。しかし彼女は続いて、『こういう場合、合体して出てくるはずなんだけどおかしいなあ……?』とも首を捻っていたが気になる。



(風は出たのに、光は呼応しなかった……?)

 歩み進めながら考える。

 しかし、基礎の基礎も齧った程度の彼には答えなどわかるわけがない。



 チェシャ―通りの石畳を羊皮紙代わりに、エリックの脳内で、ミリアと先ほどの戦闘が回り始めた。


 死ぬかと思った攻防、出なかった光の魔法に、ミリアのこなれた術捌き。

 『当然』とはいえ、その差に愕然とする。

 僅かに触れただけだが、『魔法』が今まで学んだものと毛色が違うのはよくわかった。


 剣術・体術・槍術・学力。

 学んできたどれとも違う。

 それらを基礎に、『想像力を力に変える難しさ』。



(……扱いには本当に注意が必要だな……慣れていない分、焦ってミスも多くなる。暴発させなかっただけマシだと思いたいが、自分の出来なさ加減が情けないな)



 ひとり眉を寄せた。

 今は着替えて綺麗な服に、泥を浴びた先ほどを思い出し、不快を漂わせる。



(──いや、でも、初めてにしては上出来だったんじゃないか? 準備もなしにやれと言われたわけで。……ミリアも考えなしだよな。あれで、俺が遠慮なく攻撃を当てるような男だったらどうしてたんだ?)



 しかしながら、次の瞬間。

 流れるように出てきた『問答無用の相棒』に疑問を投げた。


 前から『考えなしなところがある』とは思っていたが、今回ばかりは危険が伴っている。仮に、彼女に魔術をぶつけ裂傷や火傷を負った場合の精神的ダメージや、今後の関係性については考えていたのだろうか?



(──いや。ミリアのことだ。そこまで考えてはいないだろう)



 そう。きっと彼女はそこまで考えてなどいない。

 あの時の彼女は、とても楽しそう(遠慮なく殺す勢いで)に、こちらに術を放ってきた。



 とても楽しそうだった。ムキになっていた。そんな彼女にこちらもアガった。

 生き生きとした顔。怒った顔に、驚いた顔。まい上がるスカートに、白い脚。驚く彼女。秘めたる部分を隠す──



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