6-17「俺の名前を呼んで」
「ちなみに、俺の名前は?」
「…………えりっく・まーてぃんさん……」
「……うん、そっちは覚えてくれたんだな?安心したよ」
「…………まあ…………文字、みてるんで……」
「────なるほど、書けばよかったのか」
(…………だからこれ…………なんの時間……?)
食堂ポロネーズの一画。
突如始まった『盟主のお名前復唱時間』に加え、『俺の名前を繰り返して時間』にミリアが本気でカオス思考に呑まれた。
繰り返すが、『なぜ盟主の名前を復唱しているのか』もわからないし、突然出たエリックの名前確認作業も謎である。
満足げなエリックの前で疑問符を散らかしまくるミリアだが、エリックがその事実──つまり、『エルヴィス本人のプライドを護るため』だと語るわけがない。
本人でさえ、そこに気づいては居ないのだから。
(……なんでおにーさんの名前を……?)
と、真顔で虚空を眺めつつ、心の首を捻るミリアの前で──エリックはというと、満足そうな笑みをスッと戻し、テーブルの向こうで話はじめた。
「────で。話を戻すけれど。…………別に今回の件がそれらと関与しているとは思っていない。ただ、”目的が見えない”から、気持ち悪くて」
「う、うん」
突如きりっとした真面目な顔で言われ、ミリアはこくこくと頷いた。
エリックの切り替わりに若干慌てるが、懸命にその照準を合わせながら聞きに徹するミリアに、エリックは続ける。
「……高騰の原因の相手……、つまり、『集めているであろう人間』だよな? 彼らが『毛皮と綿とシルクで何をしようとしているのか』、皆目見当もつかない上……前回君に話した通り、縫製
「う、うん」
「────だから、俺としては近日中に、『まず君と一緒に動けるよう』なんとかオーナーに上手く打診するつもりだったんだ」
「………………計画通りじゃん」
「まあね。……計画した道筋ではなかったけれど──とりあえず『君について回る口実』はできた。君について回れば、おそらく
「……まあ、そうかもだけど……」
「舞踏会が終わっても、調査が終わるまで居座るつもりだから。合わせてくれる?」
「…………」
いつの間にかくそまじめな雰囲気でさらさらと言われ、慌てたが──
ミリアは黙って頷き、瞬間的に目を向け切り返す。
『会話のその先へ』と、促す様に。
「……ねえ、具体的にはどうしたいの? 『ここに行きたい』とか『これがしたい』とか、ある?」
「…………話が早いな。『君と店が怪しまれない程度』で構わないんだけど。……やはり『消えている先』が知りたい」
「………………『購入先』ってことだよね………………う──……ん」
「急がなくていいよ。今は舞踏会に間に合わせる方が先だろ? 調査の件は、それが片付いてからじっくりやろうか」
テーブルを挟んで向こう側。
腕を組み、唸るミリアに、エリックは固い椅子の背に体を預け、落ち着いた声でそう述べた。
それは、真面目に考え込むミリアを和ませるためでもあったが、それ以上にするすると進んだ会話に『また違った心地よさ』を感じて、口調が緩んだのだ。
────彼の知る『ミリア・リリ・マキシマム』という女性はよく話の腰もおるしいきなり予想だにしないところから話題を振るし、切り返しに混乱もするが──流れる時は、気持ちよく流れていく。
それは、彼女に『仕事の話』を聞いた時から解っていた。
『話が通じない相手ではない』と。
エリックは述べる。
黒く青い瞳をミリアに向けながら。
「……大体昼には顔を出すようにするから、君も予定を合わせてくれる?」
「……わかった。 わたしも、それとなく聞いてみたりしてみる」
「……ああ、頼むよ。……怪しまれないように、な?」
言う口元に人差し指を当て、『内緒だぞ?』と言わんばかりに『し────』っと微笑むエリックに、ミリアはこくんと頷いて────
「…………あ、ねえねえ、そーだ」
「うん?」
連鎖的、『思いついた話題』はミリアにとって、『ただの噂』だった。
────しかし。
「……きな臭いっていえばさ、知ってる? 少し前に”同じ日に人が死んだ”って話」
「…………ああ」
────彼にとっては『統治する場所で起きた、不穏な出来事』。
何気なく話題に出され、声のトーンを落として相槌を打つエリックの感情の機微まで読み取ることができず。ミリアは、話のタネを広げるように、話し出したのだ。
「同一犯による殺人事件らしいじゃん? 怖いよねー……事件現場って離れてるのにね? どうやったんだろ」
「…………”同一犯”?」
──これは、仮面を外さぬ男の話。
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