7-1「見掛け倒しのカウンセラー」




 生まれ育ったのは違う国。

 けれど、今を生きるは同じ国。

 当然、口にする話題は身近なものになる。



 ミリアは聞いた。

 自分の『契約者』となった、エリック・マーティンという青年に、何気なく。



「……きな臭いっていえばさ、知ってる? 少し前に『同じ日に人が死んだ』って話」

「…………ああ」


「同一犯による殺人事件らしいじゃん? 怖いよねー……」

「…………”同一犯”?」



 その言葉はエリックの眉を跳ね上げた。


 彼女の言う事件は『ジョルジャとマデリンの死亡事件』で間違いない。

 ほかに事件が起きていないし、あればエリックの知るべきこととなる。


 それを問題視したのではなく──エリックが引っかかったのはその口ぶり・・・・・だった。


 彼女は何も知らないはずなのに『まるで断定しているかのようで』、エリックの中で懸念が走りぬける。



 あの事件はいまだ『犯人の人数や関連性』までは絞り込めていない。

 警察組織に潜り込んでいるベルマンからそう報告を受けている。

 

(────確かに。……同一犯である可能性はあるけど……)


 気になるのは──『どこでそんな決定事項のように聞いたのか』。

 そこを探るべく、エリックはにじり寄るように距離を詰めると、詰問するかのように口を開いた。



「…………それ、どこから聞いたんだ?」

「? それって?」


「『同一犯による殺人事件』って話。……街の噂?」

「そうそう。結構みんな喋ってるよ? この街で殺人事件なんて、滅多に起こらない大事件じゃん? わたしも聞いたの早かったと思う〜」


「…………、………………不味いな」

「?」



 軽く返したミリアのそれに、目を逸らして、喉を鳴らして眉根を寄せる。

 噂が広まっているということはその分、不安も誤解も恐怖も広がっているということである。


 それらをまとめて『興味』といえば聞こえはいいのだが、必要以上の『不安』と、『恐怖』は民の混乱と、暴走を引き起こす起因になる。



 ──箝口令かんこうれいは敷いた。

 が、やはりそれでは抑えきれるものではなかったのだ。



「…………予想はしていた、けど。やっぱり『人の口に戸は立てられない』よな……」

「? ごめん、なんて? 聞こえない」



 口の中で呟いた言葉に目を丸める彼女。

 しかしエリックは正しく教えなかった。



「…………いや。俺も、小耳に挟んだ程度なんだけど。……あの件は、事件か事故か、まだわからないんだ」


「…………ほお……?」

「被害者の情報は? どこまで聞いてる?」


「……若い女性で、年が24……?」

「24と26。共に、住まいのアパートメント前で死亡。転落死と見ている」


「…………う」

「────自殺か、他殺か。まだわからない。どちらも頭部を損傷していて──…………って、こんな話、食事中にするものじゃなかったな」



 話の最中。

 まともに変わったミリアの表情を受けて、エリックは苦々しく話題を切った。

 しかしミリアは苦々しく首を振ると、



「……いや、話題ふったのわたしだし……」

「こういう話は、苦手?」


「…………あんまし得意じゃない……」

「……へえ」




 聞いたそれに瞳を閉じて、肩を丸めながら呟く彼女に、エリックは逆に、目を見開き大きく頷きながら声をこぼしていた。



 意外であった。

 エリックの中でミリアは、基本的に快活・勢いがいい。そんな彼女には、苦手なものがなさそうだと思っていたからだ。


 しかしそれは中身の話であり──『見た目』で言えば、『納得』できてしまうことに気づいたのだ。



 ミリアの髪は深いブラウン。

 両の瞳はハニーブラウン。

 長い髪に、柔らかい印象を受ける服装も、大人しそうで女性らしい。

 

 改めて『ミリア』を見つめるエリックの中、蘇るのは出会った日のこと。

 ナンパを追い払った後──手を震わせながら『怖くない』と強がった彼女の姿だ。



(……性格と印象に引っ張られていたけれど、そういえば怖がりなところもあるんだよな)


 

 と思い出しつつ呟く彼の向かい側で、ミリアは何かを逃がす様に短く息をついている。その所作の意味まではうかがい知れないが──彼の眼に『今のミリア』は、とても『大人らしい女性』に映って見えた。



「…………」


 突いた頬杖に体重を乗せて、じっと観察する。

 記憶がリフレインする。

 あの『靴の一件』ではまったくそんな印象など持たなかったし、『ナンパなんて経験ない』という彼女を呆れと納得であしらったのだが──



(────まあ。『ナンパなんてあまり経験がない』と言っていたけど。こうしてみれば、確かに……、声をかけたくなるのも解るというか)



 ほんの少し喉を鳴らす。

 あの当時は『なんて女だ』としか思っていなかったし、横から奪い攫うつもりもなかった。靴を投げてきやがった女がこの先どうなっても、構いはしなかった。


 しかし。

 今は少し────『違う』。



「…………」

「…………?」



 当時を反芻し、黙るエリックの視線に気が付いて。

 ミリアは『うん?』と首をかしげると、すぅっと大きめに息を吸い込み問いかける。



「………………『意外』って顔してるじゃん」

「────まあ、意外かな? そういうものにも、興味津々でいくのかと思ってた」

「…………わたしにも苦手とかあるんですぅー」


 

 上目遣いに不服を湛えて聞いた問いにさらりと答えられ、組んだ腕を置き・背中を丸めて頬を”むくっ”と膨らめた。



 何気、彼女も彼女で『これ』に困っていた。

 『他者が彼女に対して持つイメージと、実際に自分自身が『できる』物事が噛み合わない』のだ。


 今まで、何度『え、意外』『できないの!? 嘘でしょ信じられない』と言われてきたかわからない。


 『できて当然では?』と真顔で言われたこともあるし、『できないの? がっかりした』と言われたことも何度もある。



(まあーー、もう慣れっこですけど。そういうの)



 エリックからも同じような言葉を受け、丸いテーブルの上、よけた空の皿を横目で見つつ、軽くつぐんだ唇に力を入れて不貞腐れる彼女。


 別にエリックに対して気落ちしたわけではないが、ふとしたきっかけで不満が噴出するのは誰でも経験があるだろう。



(……はいはい、どーせわたしは見掛け倒しですよ~。知ってますよ~。でもね? そういうイメージってね? 相手が勝手に持つじゃん? 持つのはいいけど、それ通りじゃなかった場合がっかりするのやめてほしいんだけどな~、わたしのせいじゃないのに~)



 完全むくれモードで頬杖をつくミリア。

 しかしそんな彼女にエリックが放ったのは──朗らかの中に優しさを交じえた声だった。



「────まあ、そういうものなんじゃないか? 誰でも、苦手なものの一つや二つあるだろ。…………君は、退屈しないよな」

「…………わたしは遊戯施設か何かですか……?」

 ────フッ!



 ミリアのぽそりとしたつぶやきに、エリックはまた吹き出し笑い出した。


 『別に、そうとは言ってないだろ?』と軽口をたたきながら、何気なく。流れるように店員を呼び寄せ、彼が注文した追加の品に────ミリアが素っ頓狂な声を上げたのは、このすぐ後の話である。



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