6-9「プリンは伸びない(3)」





 ──ノースブルク諸侯同盟国。

 ここには『ぷるぷるした食べ物』が存在しない。


 基本的にどんな素材もよく加熱するのが普通であり、いわゆる生食のようなものを食べる習慣がないのだ。


 ローストした肉も魚も・ボイルした野菜も。中までよく火を通し、ホクホク・かりっとした状態でいただくのが主流である。


 主な加熱調理法は『焼く・煮る・茹でる・揚げる・燻す』の5手法で、それはスイーツも同じこと。パイやパンケーキ・クッキーなどの焼き菓子と・ドーナッツやチップスなどの揚げた菓子が代表的で、サクッとよく焼き、火を通し紅茶やコーヒーと共に頂くのだ。



 そんな国で育った彼にとって、ミリアの言う『ぷるぷる』『とろとろ』は、──意味が解らなかった。彼は考える。自分の知識を総動員して『ミリアの言わんとしていることを』。



(…………”とろとろ”……クリームスープのとろみ? それとも、肉の脂のことか?)



 そんな『訝し気』に、ミリアは説明を続けた。



「ん。あのね? 口の中に入れると、とろーんって無くなる。カラメルが苦いの」

「『カラメル』…………? 甘いの? 苦いの? どっち?」


「甘い部分と、苦い部分がある。苦いのが入ってないのもある。けど大体入ってるかな。とにかく、”ぷるーん、とろーん”て。あまーいの」


「…………? ……ホイップクリームに、近いのか? あれも、口に入れると溶けるよな?」

「?」


 言われ、今度はミリアが首を傾げた。



(……『ホイップクリーム』って言われても……)



 ミリアは困った。

 あれは『高級店でしか味わえないもの』だ。

 窓の向こうで提供されているのをちらりと見たことがある程度で、口に入れたことなど一度もない。そんな彼女に『ホイップクリーム』を例に出されても、わかるわけがないのだ。



「うんんん、ホイップクリームが、食べたことないから、わかんないんだけど、あれ、固そうじゃない? 見た感じ。なんか、型に入れてないのに形保ってるし。固くないの?」


「あれは……、固くはないよ。噛む必要はないし、さっきも言った通り、口に入れると溶けるから」



「へー、そうなんだ? 固いとおもった。あのね、プリンはね。スプーンの上で”とろーん・ぷるぷる~”ってする」

「……? ……加熱したチーズ……みたいな?」


「いや、そんなに伸びないっす。伸びない伸びない。チーズは『とろーーーん、びよーーーん』じゃん? プリンは伸びない」

「……???」



 首をかしげるエリックの脳内は、もはやプリン迷宮である。


 彼は大層優秀で頭もかなりいいのだが、先ほどからミリアの言う『ぷるぷるとろん』がいまいちピンとこない。甘いのか、苦いのか、固いのかもわからない。


 ミリアもミリアで懸命に説明しているのだが──彼女の説明が若干残念な上、二人とも、育った国も身分もまるで違うために『共通認識』というものが掴めないのだ。



(……肉の脂身とは違うんだよな? ミルクと卵だろ?)

(えぇ……なんで通じないんだろ……)



 二人のあいだ、微妙な空気が包み込む。

 わいわい、がやがやと賑わう食堂・ポロネーズの一画で、二人は微妙な顔つきで黙り込んだ。


 ────先ほどまで普通に話していた相手の言うことが、急にわからなくなるこの感覚。


 ──が、それを破ったのはミリアの方だった。切り替えるように声を張り、小首をかしげて話し出す。



「まあまあ、とにかくね? ぷるぷるで甘くておいしいのがあるの」

「……──作り方は?」


「卵と、砂糖と、ミルクを混ぜて・グツグツいってるお湯の中で、熱を通すと、できる」

「…………? 湯の中で、熱を通す……?」



 言われ、想像する彼。


 彼は盟主だ。

 普段、料理などを作るはずもなく『湯で熱を通す』と言ったら、考えられるのは一つしか出なかった。



「…………”茹でる”ってこと? 君の話を聞いていると、卵とミルクと砂糖を混ぜたものを、熱湯ねつゆに垂らして」

「垂らしちゃだめじゃん、それじゃプリンスープじゃん。薄くなっちゃう、もったいない〜」


「いや、だって『熱湯ねつゆに入れる』って言ったよな?」

「『カップに入れて』、から、『熱湯ねつゆに』、いれるの。陶器のカップごと、お湯の中に入れて、『蒸す』の」


「────『むす』?」

「蒸す」


「……むす……?」

「むす。」


「…………むす……?」

(…………え────っと……)



 エリックの、その『いまいちわからない』という反応に、今までペースを貫いてきたミリアも口をつぐんで肩をすくめる。

 不安になってきたのだ。おかしなことを言ったつもりはないが一向に伝わらない。



(…………わたし今、古語こご喋ってないよね……? 公用語しゃべってるよね……? 古語こご、喋れないけど……)



 この国に5年暮らしてきているとはいえ、誰かと生活を共にしたことがあるわけではなく『表面的に見えるシルクメイル地方の生活』以上のことはわからない。


 そんな彼女の中、(……わたしの伝え方が悪かったりする……?)と疑問が吹き乱れる。


 が、次の瞬間。「……あっ。」っと閃き背筋を伸ばした。


 思い出したのである。

 この国にきて、初めて知った調理法があること。店で出されて、思わず作り方を聞いたものがあること。


 ミリアが『こっちで初めて出会った』のなら、『『マジェラでは普通』の調理法が無いのかもしれないと』。


 ミリアはテーブルを挟んだ向こう側で、口元を覆いながら難しそうな顔をして首を捻るエリックに、”そぉー”っと前屈みに覗き込み、問いを投げる。



「…………あのー。そういえば。この辺のご飯屋さんって……蒸したり、しない……? 蒸し料理が、ない……?」


「………………”ムシ、料理”……?」

「蒸し料理。」


「…………ムシ…………?」

(………………虫………………?)



 ────ミリアの真面目な問いかけに、盟主・エルヴィス・ディン・オリオンは(……………………………………虫?)

 瞬間的に勘違いし、思いっきりドン退いたのであった。



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