3-8「お願い、黙ってて!(2)」




「────なら、ミリア。君がナンパに対して魔法ちからを使わなかったのは、そういうこと?」

「…………!」



 ノースブルクの街角。

 エリックの問いかけに、今度はミリアが目を丸くして黙り込んだ。


 その顔に図星を走らせ、はちみつ色の瞳を激しく悩ましげに迷わせた後。ミリアは、ばつの悪そうに見上げると



「…………あー、おにーさん、勘がいいよね~……」



 気まずそうに苦笑い。

 その様子から推測できる、彼女の胸の内。

 エリックは”さっ”と周りの様子を窺って、周りに人が居ないことを確認すると、ひそひそと声を潜めた。



「……不思議だったから。マジェラ君の故郷は『皆、力がある』はずなのにどうして力を使わなかったんだろうって」

「ウ、ウぅん……」

「──いや、いいよ。考えていることはわかってる」



 胸の前で握った指をもみながら、居心地悪そうに肩をすくめるミリアに首を振る。きっと、予測しているのだろう。



 『魔術を使った時。そしてそのあと。周りの扱いがどう変わるのか』『どういうリスクが降りかかってくるのか』



(──────……)



 考えたくはない。

 しかし、あり得ない話ではない。

 

 『マジェラの民や魔法に対する偏見や畏怖はなくなっているはずだ』とはいえ、ノースブルクの人間は『実際に魔術を操る人間』を見たことがないだろう。


 国民は魔法を使えないし、魔具で力を借りる程度。

 盟主であるエリックも見たことがない。

 そんな中、『突如街中で魔法が現れたら』、どうなるだろう?


 事態を──いや、『事態が起こった後に渦巻く雰囲気』を思い浮かべて気落ちする。しかしエリックは切り替えるように息を吸い込むと、冷静を前面に彼女に問う。



「…………つまり。現状、今ここで君のそれ・・を知っているのは、俺だけってこと?」

「…………う、うん。いやーごめんその、言うつもりはなかったんだけど……」



 問いかけに返ってくるのは、いまだ──気まずそうな声。

 そこにいつもの快活さは無く、あるのは居心地の悪そうな表情だけ。


 ミリアは頬をこりこりと掻きながら誤魔化すように言うのである。



「────なんかっ、こう、ぽろっと……いや、ズバッと。けっこう堂々と、宣言してしまい────……多大なるご迷惑をおかけしたことを、ここにお詫び申し上げまス」

「────はあ……なら、今度から気を付けて。相手が俺だったから良かったものの、他のやつだったら、君が予想もしないような目に遭っていたかもしれないだろ?」


「…………キミほんと正論いうよね……」

「口に出してしまったものは撤回できないからな。常に注意を払っておかないと」


 

 『当然だ』と言わんばかりに、吐き出す息と共に溢して、彼はそっと目を伏せた。

 ……彼女の手前呆れを交えてそう・・は言ったが



(──ミリアが警戒するのも、無理はない……か)



 彼女が言いたいこと、懸念するのもよくわかる。

 『身分が明らかになること』

 『正体がばれること』

 そのリスクやメリットについては彼自身──常にそばにあるからだ。



 『盟主』の自分には皆すり寄ってくるし、『融資』という名の金の無心をしてくるやつもいる。あからさまにへつわれることもある。

 ラジアルのほうもでもそれは同様だ。

 裏社会で『ラジアル』を聞いたことのある者には、名乗るだけで十分な牽制になる。


 『盟主』『スパイの頭』『モデル』……

 外から見えぬ立場が露見した時。

 相手の態度が変わることは『往々にしてあること』だ。


 “良くも、悪くも”。


 エリックは彼女の言い分を反芻し、沸き上がる気持ちを、言葉として漏らし始めた。



「……本当なら、『この国にそんな人間はいない』って言いたいところなんだけどな……」

「いや〜〜……、全員がイイヒトだったら、気持ち悪いよ〜。『国家レベルで洗脳でもかけてる?』って思うじゃん? そっちの方がこわいよ」



 彼の愁いの言葉を、軽くやんわりとフォローしたのはミリアである。

 彼女は『そんな理想論』を抱いている人間じゃない。どこにだって悪人はいるのだ。変人もいるし、能力のある人もいる。


 ──『綺麗ごとでは渡れない』。

 そんな価値観を根っこに持っているミリアにとって、彼の意見は『究極の理想論』に他ならなかった。


 隣で『意外にも理想論を口にする彼』に。ミリアは軽い足取りで彼の前に躍り出ると、後ろ向きに歩きながら、いたずらがばれた子供のような顔で彼を見上げ、両手をぱちんと合わせるのだ。



「…………えーっと、だから、その──~……。秘密にしてくれると うれしーな───って」

「…………ああ。もちろん。安心してくれていい。俺、口は堅いから」


「……おにーさんっ……!」

「……”エリック”だ」



 即答した彼に、うるるっと瞳を潤ませて。祈るように両手を強く握るミリアに対し、エリックは何度目かの同じセリフを吐いていた。

 

 もうすでに、様式美となりつつあるやり取りに息つく彼の隣。

 感動で彩った表情を安堵の笑顔に変えて、浮足立った様子で自分の少し前を歩くミリアは『あーよかったあ、生き延びたぁ、社会的に死んだかと思った、ふう~』などと、漏らしている。


 ──────フ、……!


 そんな彼女に、思わず笑った。


(……本当に、切り替えの早さだけは負けるな)


 ──そう、緩やかに呟く彼は、気づいていない。



 この先、彼女に何かを依頼する際。

 彼女を強請ゆすることができるだけの、切り札を得たことに。

 彼女の立場を揺るがすような秘密を得たことに。


 それが『使える』という発想に至らぬまま、エリックは浮き足立って先を歩く彼女に、改めてもう一度、問いを投げる。 



「…………で、理由については聞いてもいいのか?」

「りゆう?」


「そう。……まあ、純粋に知りたいだけなんだけど。『君がここに来た理由』。街道が設けられているとはいえ、パサー山脈あの山を越えてきたってことだろ? ……なにか相当な理由が」

「だって。」



 少しの間。視線を送るエリックに、ミリアは十分間をとって────



「──────」

「…………はっ?」



 その理由に、エリックは間の抜けた声を上げたのであった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る