3-3「陶器の仮面(2)」



「────と、いうか……、そこまで『出せ』と言おうものなら、猛反発だろうな」



 容易に考えられる『それ』に、エリックは吐き捨てるように言葉をこぼしていた。『改革』・『新制度』などを進めようとした場合、どんなことでも『反発』は起こる。


 女性の雇用を促した時もそう。

 成人男性への研修を開いた時もそう。

 婚姻制度を、見直した時もそう。


 ──『変化』が面倒なことなら──尚更だ。


 エリックは、婚姻制度の見直しと改革を進めた際に食らった『男性の猛反発』を思い出しながら、言葉を続けた。


 

「…………もし、それをするのなら。縫製組合ギルドだけではなく、組合全体に作業を促すことになる。仮に実行したとして? 職人も商人も、怒るだろうな。『俺たちに信用がないのか』『不正をしているというのか』と、毛皮の調査どころじゃなくなるだろう」


「……あぁ~、目に見えますねぇ。特に飲食の精肉と、アルコール類の店主は大騒ぎしそうです。あそこは店主の裁量に任せている部分が多いですし」

「…………だろうな」


「────私個人としても、それはご遠慮していただきたいところです。仮に暴動にならなかったとしても、どう考えても今より仕事が

「…………」


「おっ……と。失礼いたしました」



 『スネーク』。と言わんばかりに、ギロリと目を向けられて。スネークはすまし顔のまま黙りこくった。


 エリックは、スネークのこういうところが気に食わなかった。


 いつでも力半分。誠意・真剣などとは程遠い態度。茶化す様にこちらを煽り、そしてすまし顔で静観してくるこの性格。


 ──能力がある分クビにはしないが、性分はとことん合わないと思っている。


 エリックの視線、スネークの視線。

 互いの視線がぶつかり合い、一瞬バチっと火花を散らしたが──エリックは、さっと目を戻し口を開いた。

 

 ──噛みついても仕方ない。

 相手にするだけ無駄である。



「……つまり。そこから先は『内部からじゃないとわからない』か……」


「例の『お誂え向き』は、使えそうですか?」

「ああ」

「ほう? どこのどなたです?」


「言う必要はない。それ・・で。────……俺が漏らすとでも思ってるのか?」



 今日一番。棘を込めて言い返した。


 ──詮索は嫌いだ。

 スネークには何度もそれを叩きつけてきた。


 任務をこなすうえで情報共有は必須だが、『情報源』の話となればまた別である。面白半分で探りを入れようとするスネークを牽制するのは当然だ。


 明らかなる怒気を放ち、『いい加減にしろ』と叩き込むエリックの前。スネークは依然澄まし顔を崩さない。



 ──ああ、苛つく。


(……嫌がっているとわかって、わざとけしかけてくるこの態度・・・・


 もう幾度目かの攻防。

 ギルドの最奥、ひりつく闘気がその場を支配して───



「…………失礼いたしました。興味本位でしたので、お気になさらないでください」



 先に沈黙を破ったのはスネークの方だった。

 エリックが未だ睨みを利かす中、スネークはさらりと身を翻し、何事もなかったかのように書類を揃え始める。



「………………」

(──……こういうところだ)



 ────8年。

 何度こういうことがあっただろう。

 スネーク・ケラーという男はいつもこうだ。エリックをイラつかせる天才である。

 

 一応、組織に彼を雇い入れる段階で、家柄・出自・経歴・交友関係に至るまですべて調べたが怪しいところは特になかった。


 しかし、繰り返すが「詮索しすぎ」なのだ。


 どこかのスパイかと疑ったこともあったが、どうも『こういう性格』のようである。


 スリルを楽しんでいるのか、刺激を求めているのかはわからないが、──とにもかくにも、エリックはこの男のこういうところ好きではなかった。


 内心(……能力は間違いないのに)と毒づいた視線を送る中、スネークは資料を眺め、フン、と鼻を鳴らすと



「──それにしても、なんで毛皮なんでしょうねえ? 確かにシルクフェレットの毛や、ヘイムフォックスの毛並み手触りは見事なもので、私も冬には身に着けていますが」


「…………随分なセンスだな」

「おや。お好きではないようですね?」


「…………個人的に身に着けようとは思わない。──それより、これ。毛皮だけで済めばいいんだが…………」

「どういうことです?」



 言いながら表情を険しくするエリックにスネークは問いかけた。

 テーブルの上に広げられた資料の上、両手をつきながら、ボスは言う。



「──仮に、どこかの貴族や組織が買い占めているといたとして。買い付けている人間・組織がどのような理由で買い占めているかわからないが、目的が売り捌くことだった場合、何かしらの加工をするよな?」


「──ああ、そうですねぇ。絨毯としてさばいたとしても……最低でも糸……ですか? 物にもよりますが、おのずとけるでしょうね。品薄状態になるかもしれません」


「────ああ。それらがもし、民の生活必需品や越冬に欠かせないものだった場合……だいぶ、厄介だぞ。最悪この冬……いや、来年には確実に死人がでることになる」


「……シルクメイル こ こ の冬は寒いですからね」

「────夏の暑さはしのげても……、冬はどうにもならないだろう」


「…………」

「………………」



 懸念される未来に、しん……とした沈黙がその場に落ちた。



 物の価値や値段は思った以上に複雑だ。

 糸の様に絡まり、引かれて市場価値が上下する。


 この『異常』が今後どのように作用するかは、まだわからない。


 これから数か月。

 この国が本格的に寒くなる前に。

 ありとあらゆる可能性を想定しつつ、早急に動く必要があるのは、確かだった。



 ────ふうっ。


 落ちた沈黙を破るように。

 短く吐き出した息とともに、スネークは顔を上げると、



「──私の方は、外から噂や情報を探ってみます」

「…………頼む」

 


 張りのある声に、空気が変わった。

 先ほどまでの闘気はどこへやら。


 彼らのあいだ、反発の空気は今はなく──互いに見つめるのは『国の未来』『自分の役目』。


 エリックはベストに手をかけ身を翻す。

 それにすかさず、スネークは細い糸目をそのまま声を投げた。



「ボス? どこへ行かれるんです?」

「────ああ。『シゴト』に」



 やるべきことは決まった。

 いちいち長ったらしく説明する必要もない。

 向かう先はそう────総合服飾工房 ビスティー。


 

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