2-8「数年後のあなたへ(2)」

 




「────じゃあ君は『前時代の女性軽視と 女性の社会進出における、婚姻率の減少と男女の溝』について……他国民から見て、どうしたらいいと思う?」

「いきなり難しいこと聞くね!?」



 問われミリアは素っ頓狂な声をあげた。

 思ってることを素直に述べていたが、いきなり社会問題について問われるとは思わなかったのである。



「えぇ〜〜〜〜……?」



 考えたこともない質問に、困ったように眉を寄せ、瞳を惑わせ口の中で唸る。盟主の名前も知らなかったのに、そんな社会問題の解決方法など問われても出てくるわけがない。



「えっ? ……えぇ~〜──……? うぅーん…………どうしたらって…………えぇぇぇ〜?」



 まともに困り顔。上を見、下を向き、そしてミリアは数秒の間をおいて、彼に述べた。



「……見本見せたらいーんじゃない?」


「…………見本?」

「そうそう。盟主様自ら、奥さん大事~~~にして、幸せオーラ巻き散らかしてみるとか? オリオンさん、愛妻家になる・らぶらぶする・周りも結婚したくなる・問題解決♡」


「………………」

「あっはっは♡ そんな簡単じゃないよね、へへへ、ごめーんっ」



 まともに沈黙したエリックを前に、咄嗟にお道化たミリアの笑い声を聞きながら。

 エリックはそっと、苦い苦い溜息を逃がしたのであった……







 ウエストエッジ・郊外。

 小さな森を抜けた先、ここに膨大な敷地に建つ屋敷がある。

 持ち主は、エルヴィス・ディン・オリオン。

 ノースブルク諸侯同盟の最高責任者だ。


 市街への視察を済ませ、ベストを脱ぎながら”彼”は、沈みゆく夕日に目を向け、言われた言葉を思い出す。



 『見本見せたらいいんじゃない?』

 『領主様自ら、奥さん大事にする♡』

 『あはは、そんな簡単じゃないよね、ごめーん』



(…………見本……、見本、ね)



 絨毯の敷かれた広い部屋。手首のボタンを外しながら、陽気な笑い声が脳内に響き、相反あいはんして憂鬱に目を向けるのは──、机に積まれた『手紙』の数々だ。



 「オリオン盟主様へ  

     ──ロゼ・ルーベンツより」

 「麗しのエルヴィス様 

     ──アルベラ・ジャン・シャリ―」

 「親愛なるエルヴィス様へ

     ──ミリア・ベル・オーブ」




 封すらあけていない『誘い』にうんざりと目を反らす。

 正直本音は『面倒な作業を増やすなよ』と毒づきたい気分であった。



(…………早く返事を返さなければ)

 とは思うものの、その内容はどれも似通ったものだろう。

 読むのさえ億劫だ。



(…………適当に返事を書かせて、あしらえれば……どれだけ楽かな)


 薄っぺらい、積まれた封書。

 その向こう側に透けて見える、家柄・歴史・付き合い・存続などの重圧。

 彼女たちもまた、『貴族』という身分に生まれた人間であることに変わりはないのだが、ねばつく女の視線・値踏みする令嬢の面持ち──……


 

 ────は──────っ……


 とてつもなく、面倒だ。



(……望んでこんな立場に生まれたのではない)

 じわりと広がる鈍重な重みに目を伏せた時。”──こんこん”、と重厚な扉から音がした。



「────入ってくれ」

「──旦那様、お食事のご用意ができました」

「…………わかった」



 大柄の執事に声をかけられ、彼はきびすを返し部屋を後にする。


 大理石の床、長い廊下の照明には魔具ラタン。彼の財力を証明するかの如く、綺麗に並ぶそれを横目に、ふわりと蘇るのは彼女・・の言葉だ。



 『見本、見せたら良いんじゃない?』


 

(──…………『見本』っていっても……その『見本』が、独身なんだけど)








 どんなものにも、表と裏があるだろう。

 

 盟主という表の顔と、スパイという裏の顔。

 そして、もう一つ。


 彼「エリック・マーティン」──いや「エルヴィス・ディン・オリオン」はいくつもの仮面を付け替え、改革の世を生きていた。

 

 

 ────これは、仮面を外さぬ男の話。



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