1-5「仮面を外さぬ男の話」





 何事にも、表があれば裏がある。

 


 ウエストエッジ・商工会議所──奥。

 人の寄り付かない通路を抜けて、本の匂いと少しのカビ臭さが漂う書庫の角。

 スネークは、一台の書架に手をかけ、ごろりと横に流して道を拓いた。


 現れるのは隠し通路。

 奥に伸びるは陰鬱たる暗闇。

 到着の連絡を受けて、闇を踏みしめ入りゆく。


 石造りの通路、足元を照らす『魔具ラタン』の明かりもぽつぽつと。明らかに『意味深』な通路を抜けていく。


 あからさまに物々しい通路であるが、彼・スネークにとっては、ここを抜けることも大したことではなかった。出勤・退勤と同じこと。


 表から裏へ。その橋渡しをするのも『彼のシゴト』だからである。


 カツンカツンと靴を鳴らし、足元をちらつくネズミを気にも留めず、重厚な木造りの扉に手をかけ────声を張る。



「────”ボス”、お客様ですよ」

『…………ああ』



 声かけに返ってくる”ボス”の声。

 低く、重く。威圧を感じる声に、スネークは少しばかり息を吐き────中へと踏み込んだ。



 煌々と室内を照らすいくつもの魔具ラタン、奥の棚に並ぶアルコール類と、粗雑に積まれた書類の山。


 潰れたバーを改装した部屋の中心に置かれた、重厚感のあるテーブルの奥。黒い革張りのソファーの上、どっかりと腰を下ろして足を組む男に歩み寄る。



「────お呼び立てして申し訳ありません。なにしろ、あなたをご指名でしたので」

「…………客は?」

「こちらに招き入れるつもりでしたがねえ〜、怖かったのでしょう。これだけ預けて、帰ってしまいました」


 

 「愉快」を描いたように述べながら、スネークは肩を竦めた。

 そして彼はそのまま、糸のような瞳をわずかに開けて微笑を浮かべ、封書を指に挟んで口を開く。



「……来られたのが14ぐらいの少年でしてね?いや、さすがですね、綺麗な子でしたよ」

「…………余計なことはいい。依頼主は誰だ」



 『話題作りに』と振った言葉を一蹴され、スネークはしかし、それすらも愉快だと言わんばかりに鼻で笑い、述べた。



「────”上客”です。これは期待できるかと。」



 告げるスネーク商工会組長の 視線の先。

 どっかりとソファーにかけるその男。


 上質のブーツに、黒のパンツ。

 短剣のささった腰の革ベルトはシンプルに。

 黒のベストに、白のシャツ。

 短い黒髪には癖がある。

 

 その顔面で光るのは、魔具ラタンの光も吸い込むような『限りなく黒に近い青き瞳』。




 ちらりと見えた深緑の封蝋ふうろうに、ボスと呼ばれた男のこめかみが震えた時。スネークは、その宛名を読み上げた。



「……『親愛なる エリックへ』”御指名”ですよ、”ボス”」






 薄暗い部屋の中。スネークに呼ばれた男こそ。


 ミリアに靴を投げられた青年『エリック・マーティン』その人であった。



 何事にも 表があれば裏がある。

 これは、仮面を外さぬ男の話。



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