1-2 結構ですっ!
「…………”凄いね”じゃないだろ? 君があんな風に煽らなけらば、」
「──そう。それは、そうだと実感した。あれは良くない。よくないぞ自分…………も少しうまい切り抜け方を覚えようと思う〜」
『この跳ね返り女に説教を』と、まずはジャブ程度に発した言葉を、みなまで言わせず。
真面目な顔で数回頷いて、腕を組み、右手で口元を隠しながら、ぽつぽつと独り言のように呟きはじめるミリア。
その『まるで情報を整理するかのような』『どこかを見つめてうんうんと頷く様子』と『切り替えの速さ』に、一瞬戸惑うエリックだが、
「……本当に、わかってるのか?」
念を押して、問いかける。
「わかってますとも、よろしくなかった」
しかし彼女は間髪入れず頷き、至極まじめな顔つきで答えるのだ。
「………………」
その切り返しに、エリックは、喉の奥で小さく唸った。
……エリックもかなり頭の回転が早い方なのだが、どうも彼女の切り替わりについていけない。動揺に包まれるエリックをほっといて、今も彼女は、うんうんと頷き自身の考えを整理している様子。
『マイペース』・『自分軸』を絵にかいたような印象も受けるが、しかし『頑固者』というほどの強さも感じない。
(……随分とおかしな女だ)と眉間を寄せるエリックの前、彼女は『くわ!』と顔を上げると、
「────でも! まあとりあえず!」
────パンッ!
「…………助かった~! ありがとう!」
明るい声で微笑むミリア。
その笑顔や仕草が醸し出す雰囲気は、やはり、先程ぎゃーぎゃーと煩かった女性と同一人物のものだとは思えない。
はきはきとしながらも穏やかな声色で、贈られる『ありがとう』のしぐさ。両手は重ね、胸に当て、まっすぐと相手を見る。この国の『感謝の印』だ。
そんな『まっすぐ』に充てられて、エリックは素早く目を反らし、「……ああ、いや」。間に合わせの相槌でごまかしていた。
なんというか『肩透かし』だ。
…………今だって、てっきり、言い返してくるかと思ったがそうでもない。『当たり前だし! 早く助けなさいよ!』と言うかとも思ったが、それも違った。
予想ができない動きに戸惑うエリックをよそにミリアは、『はっ!』っと何かに気づいたように目を丸くしてその場に座り込むと、流れるように散乱した荷物に手を伸ばし──
「あああああ、荷物が……!もー、人のもん落としたなら拾ってってよ、もぉ~~~!!」
────『超大きな独り言』とともに、散らばった道具を拾い出す。
その手元に転がる・分厚く巻かれた布、芯に巻かれた色とりどりの糸、細かく散らばったボタンに、鉄製の平たく丸い入れ物。
騒ぎで破れた紙袋はあきらめて、持っていた麻袋にぎゅうぎゅう詰め込むミリアの元から、コロコロと。鉄ごしらえの平たく丸い入れ物が転がり、石畳の上を行く。
────それがコツン……と小さく、彼の靴のつま先を打った時。
エリックは、手を伸ばして拾い上げていた。
「…………なあ、これ、君のだろ?」
「…………あ! うん、それ『糊』! ありがと〜!」
渡す彼に、勢いよく振り向き『糊』のケースを手に取るミリアは、笑顔で『あぁよかった、これも高いんだよね~、なくしたらショックだった~』など言いつつ、両手でそれを包み込んでいる。
そんな『切り替えの速さ』に
(────……さっきあんな思いをしたのに、随分肝の据わった女だな……)
無意識の内に呟いていた。見守る彼女はご機嫌で、先ほどの騒ぎを気にもしていないように取れたのである。
そして、『なんとなく』。
エリックも自然とそこにしゃがんで、散らばったものに手を伸ばし、
(──ボタン・布、針……これは、フリル? いや、リボンか?)
一つ一つ、確認・観察しながら拾う。
針、ボタン。布の厚み。『趣味の範囲』だと言えばそうなのかもしれないが、それにしても数が多い。
(…………ということは、縫製店勤め……なのか? ──てっきり食堂とか魚屋の娘かと思ったんだけど。……たしかに、指先が
声には出さずに様子を窺う彼の瞳が──彼女の指を捉えて、止まった。
────その指。
プルプル。
ぷるぷる。
小刻みに、微振動。
(…………へえ…………?)
そのさまに、すぅーっと引く顎・細める目。
右のてのひら・隠す口元・頬杖で。
張り付く笑顔に──声をかける。
「………………君。あれだけ威勢良く返していたのに、やっぱり怖かったんだ?」
「…………ゥ」
かけた声に、落ちる、
ぴくっと震えて、固まる彼女、から、ぎこちなく、返ってくる、視線。
「…………イ、やッ。こわく、なイよ?」
(………………ふうん?)
『カク』っと笑うミリアに、エリックは目を細め、緩みそうになる頬に力を入れた。
──これほど分かりやすい強がりは、見たことがない。
……こういう態度に当たると、つい突きたくなるのが、人のサガである。
彼は、それを気とられぬよう、興味のなさそうな目つきで視線を促し、意地悪を滲ませ問いかける。
「…………手。震えているようだけど、それは?」
「────こッ。」
ぷるぷる震える指を、指摘。しかし。
「これハ────、そのっ、………『キノセイ』、じゃないっ?」
「────ふぅん? 『キノセイ』なんだ? そうかあ。君は俺の目も『木の精』にやられてしまったと言いたいのか?」
「そぉそぉそぉ! それそれそれ! キノセイさんもさー、やってくれるよねー? ヒッ、人の体を、こうして、さっ?」
(………………へえ?)
突っ込み待ちか、それとも天然か。
湧き出る意地悪を内に黙って見る彼の前。彼女は今も、ひっくり返った声で
『──ま、まあ? 若干嫌な感じで今も心臓どきどきしてるけど、怖かったわけじゃないし! 死ぬかもって思ったけど生きてるし! 怖くないし!』と、
言い聞かせるように一人でしゃべくりまくっている。
「…………」
(──…………なんだろうな、この……)
「だいじょぶだいじょぶ、いける行ける。いける。──行けますっ!」
…………………………『この』。
「────よしっ! 行くっ!」
…………『この』。
「────セイッ ヤッ! ……ってああああああああっ!?」
「………………ほら、行くぞ」
『ほっとけない』感じ。
ぱんぱんに膨れ上がった麻袋に、さらに物を詰め込んで。
彼女が荷物を持ち上げたようとした瞬間、エリックは素早くさらって持ち上げた。
呆れた口からこぼすのは、短くもキレのあるため息、すたすたと地面を踏みしめ歩く足。そして彼は肩越しに言葉を投げる。
「……ほら。これ、どこに運んだらいいんだよ? 君の家? それとも職場?」
「ちょま……!」
畳みかけるように問うエリックにしかしミリアは慌てて首を振る。
「いや、いやまって! いいってそんな! いいから! 申し訳ない!」
「…………はいはい。……ほら、場所。こっちでいいのか? 早く教えてくれないと、時間がもったいないんだけど? ────ああ……、それとも」
届きもしない荷物を取り返そうと、まわりをちょこまかと動き回る彼女に、エリックは呆れた瞳にからかいを乗せ、意地の悪い笑みで聞く。
「…………いっそ、少し休もうか……? 君の震えが止まるまで」
「────結構ですっ!」
その、あからさまなおちょくりにキッパリはっきりとした『NO!』が通りに響いた。
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