1-2 何やってるんだ、俺は
「──……さっきから好き勝手言いやがってぇぇぇぇ!」
刹那、怒号と緊張が場を貫いた。
ミリアが慌てて目を向けた先、振り上げられた大きな腕。迫りくる怒りと衝撃。
「────わッ……!?」
(────殴られる!)
走り抜ける危機感。反射的に守る頭。
瞬時に覚悟した痛みに耐えうるべく、ミリアは全身を固めて”瞬間”を待ったが────訪れたのは、奇妙な静寂だった。
「…………?」
何も起らない違和感に、ミリアがそろりとそろりと目を上げた先。視界いっぱいに飛び込んできたのは、振り下ろした腕をしっかりと握りしめる、エリックの姿。
「──………言ったはずだ。『同意のうえで』と。……どうして彼女の方に手が出た? 言ってみろ」
「……こっ、……てめっ、この……っ!」
「──……ノースブルク諸侯同盟・オリオン領・条例・第18条5項。”力弱きものに暴力を振るってはならない”……。お前のような
先ほどとは比べ物にならないエリックの剣幕に、ミリアがこくんと喉を鳴らす中。驚き恐れを放つモブナンパとエリックの空気は張りつめていく。
「……な、なんだ、おまえ……!?」
「………俺のことはどうでもいい。……街から出ていけ。貴様のようなクズは、この街に必要ない」
「……っうっるせぇんだよっ、なんだお前さっきからっ、シャシャリ出てきて人をコケにしやがってっ、馬鹿にしてんじゃねえよっ!このッ!!若造がああああああ!」
怒声とともにナンパ男が強引に腕を振り下そうとした瞬間!
流れるように脇を抜けて、その腕をぐりんとひねり上げた!
「……いでだだだだっ!」
「────まだ続けるか?」
────どすっ!
「グっ……!!?」
「────それとも……この腕……、このまま圧し折ってみせようか」
屑の呻き声など塵にも満たない。
冷ややかな殺意も込めて、囁き・流し込むは冷徹な怒り。
「────……覚えておくんだな? この街で暴れた奴がどんな末路を辿るのか」
ようやく姿を見せ始めた巡視の兵士を視界の隅に、トドメの一言を流し込んだのであった。
★
「………………、はあ……」
彼は、辟易としていた。
ノースブルク諸侯同盟・西の端・ウエストエッジのとある一画。
げんなりとした表情でうなじをガリガリと掻くこの男。今の名を『エリック・マーティン』。この物語の男主人公だ。
彼は内省の最中にあった。
『騒ぎ立てるな』と言っておいて、結果騒ぎのど真ん中。自己嫌悪というか、調子が狂うというか。いつもはこうじゃない。もっと穏便に・かつスマートにことを運べていたのに。
『どうして穏便に済ませられなかったのか』と、胸元をパタパタと煽りながら考えるエリックの中。即座に『彼女が”ああ”だったからじゃないか?』なんて答えがちらつく、その隣で。
「…………は、はぁ~~~~~~…………っ」
身体中の詰まっていた息を全て吐き出す勢いで、濃いブラウンの髪の女──ミリア・リリ・マキシマムの、安堵の息がそこに響いた。
その、堰を切ったように流れ出た声に、エリックが思わず視線を向ければ、絡まれていた彼女は、驚きとドキドキが混じったような顔でこちらを見詰めている。
「おにーさん、迫力すっごいね、息飲んじゃった」
言う彼女の、その容姿。
胸まで伸びたダークブラウンの髪。
はちみつ色の瞳も柔らかく、纏うその服『まちむすめ仕様』。
サイズ感は『一般の成人女性』。
特別小さくも、大きくもない。
『普通の体つき』である。
首に下げている皮の紐の先についているのは、おそらくネックレスのチャームなのだろうが、今は服の中に仕舞われていて見ることができない。
見た目だけ印象は『おとなしそで大人っぽい』。穏やかで、ふんわりとした雰囲気の女性──なのだが。
この女、靴をぶん投げるのである。大人しそうなんて印象は微塵もなかった。
改めて、助けた女の身なり格好を一瞥するエリックの前。彼女は、自分のしていた行為には何も触れず、誤魔化すように『えへらっ』と笑うではないか。
ぴくんと跳ね上げる眉。
(……『息飲んじゃった』じゃないんだけど?)
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