第7話 侵入してくる少女
「ああ……。ふぃ、なぁんか色々あったなぁ今日だけでどれだけの心労が溜まった事だろうか? もうヘトヘトだ、早く風呂から出てふかふかのベッドで眠りたい」
独り言をブツブツと言いながら体を湯舟に沈める事しばらく、不意に脱衣所の扉が開く音が聞こえてきた。
……ん? なんで扉が開いたんだ? だってさっきちゃんと閉めたはずじゃないか。それが何故?
「お湯加減どや? ウチの風呂と勝手が違うからな、丁度エエあったかさかどうか聞きにきたで」
風呂場の扉の前から聞こえて来る声、明芽だ。
皿洗いが終わったならソファでゆっくりしとけばいいのに、わざわざそんな事を聞きに来たのか。
「うん、いい調子だと思うよ。気持ち良く風呂に入らせて貰ってる」
「そかそか。それ聞いてウチも安心したわ。……暮春ちゃん、体はもう洗ったんか?」
「いや、今からだけど……。もう少ししたら出るから、その後は家まで送って」
「ああ、ならお背中お流ししたるわ」
「は?」
何を言っているのか分からないまま、風呂場の扉が開かれた。
「何してんの!?」
「ええからええから、ほら湯舟から上がって背中見せてなぁ?」
どこまでも自分のペースを崩さない明芽。いやそうじゃなくてさ!
「出ろってこの状態で? 嘘だろ……」
「ああ、安心しぃ。ちゃ~んと背中向けるまで目をつむってるさかい。大丈夫や!」
「何が大丈夫なんだよ……。いや、いいから出てって」
「いけずやわ暮春ちゃん。ウチはただお礼がしたいだけやのに、その機会を奪うなんて殺生やろ? ウチ泣いてまうかも」
「そ、そんな事言われても……。わ、わかったよ! だったら軽く流してくれ、君の服にお湯がかかるし」
「ウチの恰好の心配してくれるんか? 嬉しいわぁ。でも、そないな事気にせんでええよ? 服なんていつかは汚れるもんや、そいでまた洗えばええ。せやろ?」
「確かに……。いやいや! 替え持って無いんじゃ」
「やから気にせん気にせん。ほら、さっさと背中向ける!」
俺の反論も受け流す明芽。このままじゃ拉致があかない、仕方なく湯舟から出ると背中向けて座った。
「もういいよ。……もっと言うならもう出てってもいいんだけど」
「もう~意固地やなぁ暮春ちゃん。大丈夫やって、ウチが暮春ちゃんのお肌、やさ~しゅうキレイキレイしたるさかい。どんと任せてぇな!」
一体何が大丈夫なのか? この状況がもう大丈夫とは程遠いだろ?
とか言ってもどうせ聞いてくれないんだろうし、このまま時間が過ぎるのを待つ事にした。
俺の背中に石鹸のついたタオルが押し当てられる。優しく、しかしそれでいてしっかりと垢を落とすような力加減でゴシゴシと拭かれると、今まで体に溜まっていた疲れが嘘のように落ちていく。
(あっ……だめだこれ、普通に気持ちいい)
背中で泡立つ石鹸の滑りとタオルを動かす明芽の優しい手つき。そして風呂から上がったばかりということもあって、お湯で体が温まっているせいか抵抗しようという気さえ出てこない。
(あぁ、なんかぼーっとして来たな……。いやイカンイカン)
「どや? 気持ちええか?」
「……うん」
「そかそか! ならよかったわぁ。暮春ちゃんが喜んでくれるんなら、ウチもやりがい感じるねん。ありがとうな」
(ありがとう? やっぱ変わった子だな)
まぁ今はどうでもいい事だけどさ。それよりもこの気持ち良さに身を委ねていたいという気持ちの方が強いからな。それにしても……この子のコミュニケーション能力は驚く程に高いな。
陰キャの俺の警戒心が今やほぼ無いに等しい。
いくら年下だからって、ここまで身を委ねるなんて……。こんな経験は初めてだ。
「暮春ちゃん……あんま背中大き無いなぁ」
「……運動とかあんまりしないからな。普通に苦手だし」
「あんまりグータラしとったらアカンよ? 若さに任せても限界っちゅうもんがある。今にお脂肪さんがあちこちに着くで?」
「そりゃ嫌だな。でもなぁ……」
「でも、こんくらいの背中ならウチが拭きやすくて好きやで? あんま力入れんでもええから、手首が痛く無くて助かるわ」
(こんな機会もう無いと思うし、助かるも何も無いと思うがな)
ツッコむ気力も無いので、そう思うだけに留めた。
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