第5話 気が付いたらお泊り

「ぁ……ぇ?」


 まず、頭が真っ白になって状況が全く出来無くなった。その次、置かれている状況を認識してしまうと過去最大級の勢いで血液が顔に流動し始めた。


「うわぁっ! あ、明芽ちゃん何を!?」


「ぷ、アハハ! そんな大声出したん初めてやね。でもおかしいで暮春ちゃん?」


「な、何が!?」


「やって……女の子と目ぇ合っただけでそんなに顔真っ赤にしてるんやもん」


「だ、だからッ! 年上をからかうんじゃないって……」


 からかわれている状況に、何とか頑張って頭を冷やして行く。

 俺が年上としてしっかりしないと、こんな事がこれから続くなんて……。


(やってやるさ、こんな小さい子に弄ばれるなんてあんまりカッコが悪いだろ!)


 そう心に決めて明芽ちゃんと目を合わせた。すると彼女は花が咲くような笑顔で言葉を返すのだ。それは俺の心を激しく揺さぶった。


 だ、駄目だ。何年も親以外と視線を合わせて無かったから……心臓がうるさい! 


 そうだよ! ハッキリ言ってしまえば俺は女の子と会話すらまともにした事が無いんだ! でも! だからといってさぁ、相手は年下だぞ? 同級生ですら無いのになんで俺はこんに動揺してしまうんだよ……。


「それに、またウチの事ちゃん付けで呼んだやろ? それも直していかんとな」


「そうは、言うけどさ……」


「それとも何か? ウチのち~っこい願いも聞いて貰えんくらい恥ずかしぃ思う方を取るんか? ウチ悲しいわぁ」


「いやそれは、その……」


 これはいけない! 小学生の願いくらいは流石に聞いて上げないと俺ももう高校生なんだから。このままでは泣かせてしまう。


 俺は努めて、恥ずかしさを抑えて彼女の名前を口にする事にした。


「明芽……」


「ん? 何か言うたか? よう聞こえんかったわ」


「だから……あ、明芽」


「んん? あき……までは聞こえたんやけどなぁ。でも今はまだ春やさかい、急に秋がどうこうなんておかしな話やな」


「だからっ……明芽!」


 自分でも意外と思うほど大きな声が出た。

 呼ばれた彼女が目をパチクリとさせた後、とびきりの笑顔を見せて口を開いた。


「なんや暮春ちゃん? ……なんてな、さっきからウチの名前聞こえとったで」


「え? だって」


「ちゃ〜んと恥ずかしがらんよう言えるかどうかテストしとったんや。まぁぼそぼそウチの名前呼ぶ暮春ちゃんもめんこかったんけどな」


「さ、さっきまで悲しそうにしてたんじゃ」


「ん? ……にしし、暮春ちゃんたらあ〜んな子供騙しの演技に引っかかるやんか。おもろ過ぎや」


「なッ!?」


 俺は彼女に完全に手玉に取られていたようだった。

 くすくすと笑うその姿に、俺は怒る気力も失ったのだ。そして俺のそんな様子を見て彼女は更に笑い出す。


「演技だったのかよ!?」


「そやそや、ただの演技。でもこんな手ぇに引っかかるなんてほんま純やな。でも……」


 そう言って彼女は一旦言葉を区切り、俺の腕に抱きついて頬をすり、よ、せっ!?


「そういうところが余計堪らんねん。ウチ、も〜っと仲良うなりたなってくるわぁ」


 また再びの思考の停止、今日これで二度目か? もしかしたら三度目かもしれない。どうして俺は今日あったばかりの小学生にこうまで弄ばれてしまうんだろう?

 自分のコミュニティ能力の無さを人生最大級に実感していた。



 それからもなし崩し的にあれよあれよと玄関から奥のリビングまで案内させられて、気づけば午後六時頃まで過ごしていた。


 いやまずいだろう! いくら近所に住んでるからって小学生をこの時間まで家で預かるのは。


 早く親御さんの元へ返さないと。そう思ってソファに座っていた明芽に声をかけようとしたのだが……。


 あ、あれ?


 さっきまで座っていた彼女の姿が見えない。何処に行ったんだ?


「暮春ちゃん冷蔵庫ん中ロクなものが入ってないやんか。調味料とか飲みモンぐらいしかないで」


 気づくと冷蔵庫を見ていた明芽。なんでそんなとこを覗き込んでるんだ!


「俺はあんまり料理とかしないから……ってそうじゃなくて何見てるの!?」


「何って、お夕飯作ろう思てな。でもこれじゃあ大したもん作れそうもないなぁ、お米は炊いてあったみたいやし今日は簡単な野菜炒めでええか?」


「いやなんで飯作ろうとしてるの!? 今日はもう遅い時間だし家に帰ろうよ」


「ああ家には友達の家に泊まるゆうて電話したから大丈夫や」


 いつの間に!? 大体その言い方じゃまるで同級生の女の子の家に泊まるみたいじゃないか。絶対親御さん誤解してるだろ。





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