第4話 翻弄してくる彼女

「ウチ、帰すとかゆうてへんやん。さっきもゆうたけどな? あんなん礼って言わんよ、礼なんて。なぁ暮春ちゃん、ウチがお礼に何でもしたげるゆうて何も返さんまま帰らせるとか酷い事せえへんよな? それやったらウチかて傷つくわぁ」


(なんだその理屈は!?)


「いや、それは、だってさ……」


 小学生にお礼をしたいと言われて俺も何を言えばいいって言うんだ?


 とはいえ確かに今時の小学生と甘く見ていたようだ。もう二度と会う事は無いと思っていたのに、こんな再開が……。


「でも、ほらもう夕方出し家に帰った方がいいって。親御さんだって心配するだろうし」


「ああそれな? かまへんかまへん、だって――ウチの家直ぐそこやし」


「え? ……あ」


 そういえば近所の空き家に誰か越してきたんだっけか? 人付き合いが苦手で挨拶とか行って無いから、この子の家なんて知らなかった。

 まさか近所の子供だったなんて、なんて偶然だ。


 そして近所に住んでるって事は逃げ場が無くなったって事でもある。本格的に撒けなくなったぞ。どうしよう?


「で、暮春ちゃん?」


「な、何?」


「さっきもゆうたけど、この家に一人暮らしなん? 二階建てやし、他の家族とかおらんの?」


「父親が赴任してて、母親はそれについて行ったんだよ。俺も誘われたけど、知らない土地でやって行くのがちょっと……」


「は~ん、人見知りしちゃうんやな」


「そうそう……って、いや違うよ!?」


「隠さんでもええって。どう見たっておしゃべり得意なタイプちゃうやん? 今もウチと目合わせられんみたいやし」


 痛い所を突かれた。実際その通りで、友達が居る訳でも無いのに知らない土地に行くのが怖くてこの町に一人残ったのだ。


 人慣れ出来無いから目を合わせられないのも事実。彼女どころか友達なんて夢のまた夢の話だ。


 でも、俺だって男だ。それをそのまま認めるのは嫌だ。


「いや……ほんと、違うって。そ、そんなんじゃないから」


 何とか絞り出した言葉がまとも返答じゃなかった。小学生相手でもこのザマなのか俺って……。

 内心、落ち込みが酷くなった。


「ん~! もう、いじらしいわぁ。そういうの堪らんて!」


「おわ!? 急になんだ!」


 突然の事だった、紗良ちゃんが急に俺の首に飛び着いて来たんだ。

 身長差があるのに何てジャンプ力!? 


 唐突の事で俺の体がよろめいたが何とか踏ん張る事に成功した。

 しかし本当に何なんだ急に?!


「やから、そゆトコが可愛らしゅうて堪らんねん。クラスメイトには居ないタイプや。年上の男ん子が見せていい隙ちゃうで、ほんまに。にしし」


「かわっ!? 年上をからかうのはよしてくれ。それにそういう言い方は……」


「あ、暮春ちゃん照れてる。かぁいい~」


「だから可愛いってのはやめてくれ!」


 くそっ油断した。今日あったばかりの男に飛び着くなんて、距離感がバグってるぞこの子。


 どうしよう、何とかしてこの子を追い返さないと。さっきからペースが握られっぱなしだ。


「さ、紗良ちゃんさ。そろそろ家に」


「その紗良ちゃんゆうんはナシにしてんか? 暮春ちゃんとはもっと仲良うなりたいねん。やからウチの事は明芽って呼びぃ」


「あ、明芽ちゃん。これでいいか? だったら家に」


「ちゃんもいらん! 明芽や、ほらもう一度」


「明……ぅ、もう止めてくれ」


「そない恥ずかしがらんでいいやん、顔真っ赤にして……ほんまウチの心くすぐるのが得意やね、暮春ちゃんは」

 

 おかしい、何でこっちでペースを握れないんだ?


 俺の姿を見て笑う彼女は更に「ん!」と言って手を差し出してくる。


「な、なに?」


「握手しよ! 信頼の証や」


「う……わ、わかったよ。握手ね」


(そのくらいならいいか……)


 そう観念して、俺は明芽ちゃんと握手をした。


(小さいな)


 握ったその手は小さくて柔らかくて、とても温かかった。


 そして俺が手を放す、その瞬間に今度は明芽ちゃんが俺の手を握ってきた。その事に動揺する俺だったけど、彼女はまた悪戯な笑みを浮かべて手を自分の方へと引き寄せて行く。

 完全に油断して力が抜けていた俺は簡単に吸い寄せられてしまった。


 俺の頬に小さい両手が添えられ――ハッキリと彼女と目が合った。


「ようやっと目が合ったなぁ。これから仲良うして行くんやから、目ぇぐらい合わせなアカンよ? 今日からウチと練習していこな」

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