Mission1 身代わりとなって主君を助けよ①
どうしてこんなことになったのだろう。
おそらくことの始まりは一ヶ月前。
有栖川家当主、
雑木林に
(逃がすか、今日の晩ご飯!)
「
足もとから声がかかった
「あ、こら待て今日の晩ご飯っ!」
「あらごめんなさい。鴨がいたのね」
「いえ、まあ……仕方ないです」
鴨の飛んでいった空を
今朝まで降っていた雨のせいで地面はぬかるんでいたが、編みあげ
美緒がにこりと
「久しぶりに肉を食べていただきたかったのに」
「ふふ、
「このくらい、なんてことないです」
口では仕方ないと言いつつもふてくされて答えると、むんずと
「危ないことはしない。もうわたしたち二人だけなんだから。置いていったら
「う……」
先日、美緒の父が他界した。依都の
「はい」
と、大人しく答えることしか依都にはできない。
「依都ちゃん、
と、かなり
「おっといけない」
拾おうとして今度は木枠を落っことし、さらにそれを拾おうとして今度は
つるん、と。ぬかるんだ地面に顔面から飛び込んだ。
「
美緒の
「怪我はありませんか、誠一様」
「それ、僕が言ったやつ……」
「ぷっ」
たまらず美緒が
「あはは、誠一さんたら。依都に一本とられてるわよ」
「うう……依都ちゃんを心配したつもりだったのに」
などと
誠一は画家志望の
「美緒様は誠一様のどこが好きなんですか?」
「え? それはね」
くすくすと笑う美緒に
「
そう言う誠一のほうが田んぼに突っ込んだのかと思うほどに泥にまみれていたのだが、そんなことは
「こういうところ」
「……成る
自分よりも他人を優先してしまう誠一のお人
「誠一さんも泥まみれよ」
「うわ、気づかなかった」
そんな誠一を見て
十歳で母親を亡くし、十七歳で父とも死別してしまった依都の主人がようやく幸せになれるのなら、いくらでも骨を折ろうと心に決めていた。
それこそ、
「ほら帰りますよ、美緒様」
「はあい」
溜め息をついて二人の世界に入り込んでいる主人をせかす。人力車夫に別れを告げると三人は並んで帰路についた。
有栖川家が暮らすのは、帝都から蒸気機関車で一時間ほど走ったところにある農村だった。
学校帰りと思われる子どもたちが
夕飯の時間が近づくにつれて活気が増していくなじみの景色を眺めながら、依都は行ったことのない帝都について想像してみた。
きっと大八車は二倍くらいの大きさになって大十六車とか呼ばれているだろうし、スケーターは電気か蒸気機関を
振り売りの鮮魚商が一行の
「あの
手持ちの
「お魚を食べたいのなら買って帰りましょうか? 秋の川は冷たいわよ」
依都の考えを
「だ、だめですよ。異国までの船賃がいくらすると思ってるんですか。向こうでの生活費だって必要だし」
「
「うん。大船に乗ったつもりでいていいよ」
「楽観的すぎますよ。有栖川家は貧乏なんですから節約できるところはしておかないと」
「依都はしっかりしてるわねぇ」
「本当だねぇ」
「……これだから箱入り
などと言いつつも幸せそうな二人を見ていると文句も
そこでようやく美緒は決心をして、かねてより
もともと美緒の父は結婚に反対などしていなかったのだが、先祖への申し訳なさからずっと美緒は結婚をためらっており、そばで見ていた依都のほうがやきもきしていた。
六歳のとき、
そのためであればたとえ火の中水の中、森の中にだって分け入って肉を取っ
「まあなんにせよ、依都ちゃんは育ち
「そのとおりよ。こんなに
「いいんです、わたしは。
依都は今年で十六歳になった。女性らしい身体つきの美緒とは
異国には依都も行くことになっており、そうなると必然的に依都の結婚相手は異国の人……と美緒たちは考えているらしいが、結婚する気もないので貧相な点については問題ないと思っている。村の
「ということで……はい、お
「あんぱん!」
前言
(異国って、いったいどんなところかなあ)
夢中であんぱんにかじりつきながら、なんとなく思いを
ふと、道の先にある
「……?」
市街地を抜けて、
がさ、と藪から何かが飛びだした。
「ひっ──」
あとずさりした美緒が小石に
「ぶひいいいいい」
けたたましい鳴き声をあげ、
どんっ……。
「きゃああ──」
美緒の悲鳴、顔を
飛んだ。丸太が。
「──あああ……あ?」
美緒の悲鳴が
「
猪が丸太に気を取られている
白目をむいて
「忍法、身代わりの術。悪いわね、
見開かれた両眼の
「ということで、今日の晩ご飯は
「さすが依都……
依都は忍びの末裔だった。六歳のとき、一族はとある任務の達成と引き
それ以来、依都は美緒を主君と
(異国にも猪がいたらいいけど)
仕留めた
このときはまだ、今日のようなささやかな幸せがいつまでも続くのだと思っていた。
家に帰ると、戸の前で見知らぬ男が待っていた。
美緒が客間へと案内し、依都と誠一はふすまの向こうで二人のやりとりに耳を
男は帝都で一、二を争う
「お父様が、東堂園家に借金を……!?」
「正確には、あなたの母の兄、
そんな話、
「その、条件とは……?」
美緒が問う。依都も息を
「それは
「っ……。それは、つまり、」
美緒は最後まで言わなかった。しかし依都にもすぐにわかった。
美緒は買われたのだ。借金の
「借金は、いかほど」
「しめて三万円ほど」
「さん……っ」
裏返った声をあげて美緒が
美緒の
価値があるとすれば、
いくら資産があろうとも
代理人が帰ったあと、依都と誠一は部屋に入った。美緒は顔もあげずにすすり泣いている。
わかっているのだ。有栖川家にはこの縁談を断れないと。だから誠一もかける言葉を失って、ただ美緒の
……しかし依都ならば、たった一つだけ二人を救う
「美緒様、わたしが身代わりになります。だからどうか、二人でお
依都の作戦──それは美緒の身代わりになることだった。
「何を言うの! そんなことをしては依都がどんな目にあうかっ」
「わかっています」
「いいえ、わかっていないわ。あの東堂園悠臣という男がどういう人物なのか」
世情に
陸軍士官学校時代には、その
そのバラガキっぷりは入隊後も
また異国で育った悠臣が東堂園家に引き取られてからというもの、かの家では不幸が相次いでおり、悠臣の異国風の顔立ちとも相まって、
「悠臣は
「そんなまさかあ……」
依都は呪いというものをあまり信じてはいない。はははと笑い飛ばそうとして、しかし美緒があまりにも
「ひ、引き取られたということは、悠臣様はもとから東堂園家の方ではないのですか?」
気休めに話題を変えてみる。美緒は大きく
「
ということは、東堂園家での悠臣の立場はあまり
「なんですかそれ。伯爵
「でも、ばれてしまったら依都の命が危ないわ!」
「それこそ美緒様はわかってない。わたしを
一つ
「わたしは忍びの末裔。身代わりとなって東堂園悠臣を騙すなんて朝飯前です。美緒様だってご存じでしょう?」
「それは……」
依都は美緒と誠一の手を取って、二人の手を
にんまりと笑って、その手に額をこすりつけると語りかけた。
「
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