Ⅱ 強制労働のお時間でございます、お嬢様②

『魔力』というものは、世界につながるための力であると、カレンは考えている。

 魔力は、人のうつわの中にあるだけではない。大地を、空を、生き物の中をめぐってじゆんかんしていくものだ。そして人は、己という器の中にある魔力を通して、世界に流れる魔力の流れにアクセスできる。器が大きくて多くの魔力をたくわえることができる者ならば、その流れと同化し、流れを使えきすることさえ可能だ。

 カレンは目を閉じてこしけたまま、静かに呼吸をり返す。世界にうずく大きな『流れ』を意識しながらフルリと己の一部を解きほぐしていけば、流れと同調した己の感覚が部屋をえて外へ外へと広がっていく。

 ──ここへ来て三日で、分かったこと。

 気力、体力、魔力。

『力』とつく物の中でカレンに一番あふれているのは『魔力』だ。だからカレンは任務の調査にも一番あり余っている魔力を使う。

 そんなカレンの調査は独特だ。

 

 落ち着ける空間を確保し、あとはひたすらに感覚をます。己の魔力を周囲の流れに乗せて拡散させ、その流れから得た情報でおおよその事態を把握し、根本をいちげきたたいて制圧する。調査に出歩かなくて済むから敵に気取られることもなく、余計な手間もかからない。カレンにとっては最も効率的な方法だ。

 ──ハイディーンで人さらいがひんぱつしてるんじゃない。正しくは『ハイディーンを出発した後、行方ゆくえ不明になっている魔法関係者』が頻発してる。

 これはルーシェからわたされた事前調査結果とカレンが魔力を通して耳を澄ませた結果、両方を照らし合わせた不自然さから導き出したことだ。

 ルーシェはカレンに『人攫い』を解決してこいと命じた。現に渡された事前調査の報告書の中にはゆうかいされたと思わしき人物のリストが入っている。

 だが不自然なことに、カレンがどれだけ耳を澄ましてみても、ハイディーンのどこからも『人攫い』の話題は聞こえてこなかった。ハイディーンの町は、そういった意味ではいつもと変わらず平和なのだ。

 ──ここが人の出入りの激しい宿場町とかなら、多少の行方不明者はすことができる。だけどハイディーンは、そこまで大きな町じゃない。

 つまり人攫いにあった人々はみなはたにはごく普通に、平和にこの町を出立したということだ。そうでなければ少なからず行方不明者のことが話題になっているはずである。

 ──それも、行方不明になったのは魔法使いと、魔法道具のうんぱん者や商人……『魔法』をあつかう者ばかり。

 リストには人攫いにったと思われる人物達の簡単なプロフィールもえられていた。

 各国を巡る渡りの魔法使い、任地からかんするちゆうだった皇宮魔法使い、魔法道具を積んだ馬車を運転していたぎよしやと商人、魔法道具の創り手。ほかにも数人、この半年で八人程度。いずれもこの町の人間ではない。ハイディーンを経由して北へけようとした者、逆にアルマリエへ入ってきた者、プライベートで観光におとずれていた者。身分も立場も様々だが、いずれも『魔法』にかかわる『余所よそもの』ばかりだ。

 ──それだけ人が消えてるのに、それに関する話題はひとつも聞こえてこなかった。代わりに聞こえてきたのは……

 カレンは耳を澄ましている間に、ハイディーンの住人達がとある共通のことがらでなやんでいることを知った。町の住人達にとって気になるのは、『人攫い』などという大それたことではなく、日常生活にからんだそちらであるようだった。

 ──原因不明の、魔法道具の故障。

 カレンが魔力を通してところによると、ハイディーンではここ数ヶ月、原因不明の魔法道具の故障が続いているらしい。

 魔法道具、と言っても、魔法使いの実験室にあるようなおおぎような道具ではない。日用品にちょっとした魔法円が刻まれていて、日々の生活がちょっと楽になるようなしろものばかりだ。そんな『日常の中の魔法道具』達の調子が、ここ数ヶ月なぜかのきみ悪いらしい。

 ──その魔法道具達を修理して回っている、流れの魔法道具師がいる。

 かた田舎いなかの小さな町であるハイディーンには、魔法道具を専門に見る職人がいない。だが幸いなことに、魔法道具達の調子が悪くなって一週間後くらいから、この町には魔法道具師がたいざいしていた。今はその魔法道具師に無理を言って滞在期間を延ばしてもらっているが、その無理もいつまで聞いてもらえるか不安だ、という声を、カレンは町のいたる所から拾った。

 ──この魔法道具師が、『魔法道具の不調』のけ人。そしてきっと、人攫いの方にも一枚んでる。

 ルーシェが解決を命じたこの事件。本質はおそらく『人攫い』だけではなく『ほう関係者の誘拐、および魔法道具のせつとう』というもっと大きな案件だ。アルマリエ皇宮にまで届く深刻な案件が『人攫い』、ハイディーンの住人達にとってより重大な事件が『魔法道具の不調』であったせいでそれぞれ別の事件が起きているように見えているが、この両者は恐らく同じ犯人がひとつの目的のために起こしていることだとカレンは推察している。

 というのも、カレンの魔力探査で、町のとある場所から強力で不自然なりよくまりが発見されたからだ。その魔力の元が何なのか精査した結果、無機物が内包している魔力と生体から発散される魔力、両方がきよくたんせまい場所に複数密集していることが分かっている。魔力を内包している無機物とはそのまま魔法道具だと考えるのが自然だし、魔力を発散させる生体で一番身近に存在しているのは魔法使いだ。

 ──魔法道具が不調になる『何か』を仕掛け、修理をけ負う自分の所に自然と魔法道具が集まるように仕向ける。修理のために預かった品を別の物にすりえて、本物は自分達の懐にしまい込む。渡したにせものは当座をしのぐためのガラクタ。魔法道具師が町を去ったら、ゆるやかに動きを止めるような代物。

 魔法道具達がいつせいに調子を悪くしたならば、それを引き起こしている『何か』が必ずこの町に仕掛けられている。そのしようさいは魔力探査では分からなかったが、敵のアジトを叩き、犯人一行をばくできればその『何か』を解除させることはできるはずだ。

 魔力溜まりは、恐らく偽物とすり替えて自分達の懐に入れた魔法道具と、誘拐した魔法使い、その両方をかくしておくために展開された魔法円のようなものの中にじように魔力が溜まってしまったことで発生しているのだろう。

 ひとまずカレンは現時点でそこまでの推測を立てている。

 分からないのはなぜ犯人一行が魔法道具と魔法使い、どちらかに標的をしぼらずその両方に手を出しているのかという『動機』と『理由』だった。

 ──最初は魔法使いのがらねらっていたけれど、人よりも物をり取る方が楽だから、魔法道具の方に目を付けるようになったとか? でもそれならばじよじよに人攫いの件数は減ってないといけないはず。そんな変化は資料からは感じられなかったし……

 それとも新たに仲間に魔法道具師役を演じられる人間が入ったから、より安全でおん便びんな方針に変えた、という話なのだろうか。あるいは、人攫いは目的の魔法道具を探すための手段であって、目的ではなかった、とか。

 目的とする魔法道具を探すために使えそうな人間を攫っているという可能性もあるし、情報を知っていそうな人間をして情報を絞り取るためにかんきんしているという線もある。そう考えるならば、ハイディーンの中で人攫いが起きていないのはさわぎを起こさないためというよりも、標的とした人物が町に滞在している間の行動を観察し、攫うべきかいなかの見当をつけているからなのかもしれない。

 ──魔力の流れから推察するに、人攫いの一味と魔法道具のすり替えを行っている一味は同じ。

 そこまで推測したカレンだったが、今度はではなぜ犯人一行がわざわざハイディーンという田舎町でそんな手の込んだことをしているのか、という疑問にぶつかっていた。

 もっと人の流れのあるはんな街や高価な魔法道具が置かれたこうぼう都市でやるならまだしも、こんな北方の片田舎でこんなことをしてみたところで手に入る魔法道具などたかが知れているだろう。目的としている物がハイディーンに本当にあるというならば、こんな手の込んだことをしなくても簡単に手に入れられそうなものなのに。都からはなれている分、人目に付きにくいという利点はあるかもしれないが、結局はこうしてカレン達がけんされてきたわけなのだから、その利点だって結局きてはいない。

 ──あるいは、明確にここに何か欲しい物や人があるとか、待っていればやってくるという情報まではつかんでいて、それがわなにかかるまで待っている、とか?

 今日も感覚を魔力の流れの中で遊ばせながら、カレンは犯人達の行動の真意を考える。だがどれだけ考えてみたところで、その疑問をとつできそうな推察は生まれてこなかった。

 ──考えてもこれ以上のことが分からないならば、私にできる調査はここまで。

 後はもうほんきよを叩いて制圧した後、犯人の口から直接動機と目的を語ってもらう他ないだろう。

 犯人一味のアジトは、カレンが魔力溜まりを感知した場所でちがいない。すでに地図と照らし合わせて実際の場所がどこかも特定できている。制圧に乗り出そうと思えばいつだって動き出せるじようきようだ。

 ただ。

 ──問題は、魔法道具に不調を引き起こしている『何か』の詳細が特定できていないってことなんだけども……

 そこまで考えたカレンは、不意にパチリと目を開いた。

 えいびんになったちようかくに、聞き覚えはあるがあまり聞きたくはなかった音が聞こえる。

 けんにシワが寄るのを感じながら、カレンはろうへ続くドアへ視線を投げた。

 カレンが押さえた宿は、皇宮魔法使い定宿のもんしようかかげた宿屋の二階だった。奥の角部屋で、ドアの前を通る人間はこの部屋に用事がある人間しかいない。食事は下の食堂で食べているし、『公務につきとく情報をかかえているため』という理由で部屋には極力近付かないようにとお願いしている。任務を抱えた皇宮魔法使い達に優先して部屋を提供する宿屋はその扱いにも心得があるようで、カレンがここに引きこもってから三日間、この部屋に近付こうとした人間はいなかった。

 だというのに今、この部屋に真っぐに向かってくる足音がある。

 この宿に入ってから聞いた足音の中で一番重く、それでいてするどいリズム。ぜわしいのに気品を失わないその足運びは、きゆういやになるくらい聞いていたものにそうない。

 ──……来た。

 カレンは視線を動かすととびらと自分がこしけたのちょうど中間地点のゆかに視線を落とす。床にはパッと見ただけではすぐに見つからないように木炭でき込まれた魔法円があった。ゆかざいに使われた木は色目が暗いから、仕込みがそこにあると分かった上で目をこらさなければまず見つかることはないだろう。クォードがド近眼であることは知っている。初手で見破られることはほぼないはずだ。

 ──どうやって私がここにいるって割り出したのか知らないけども。

 どのみちカレンの調査はほぼ終わった。あとは実行に移すのみ。ならばこのタイミングで合流するのも、そこまで悪いことではないはずだ。向こうが何かたくらんでいないかこのタイミングで確かめることができれば、制圧に乗り出したタイミングで後ろからたれる可能性をつぶすこともできるだろう。

 ここ数日、任務に集中していたおかげで感じなくて済んでいた不快感が再び胸にヒタヒタとあふれ出すのを感じながら、カレンは聞こえてくる音に耳をます。

 カレンが引きこもった部屋の前で足を止めた人物は、うやうやしく扉をノックしておきながら返事も聞かずにえんりよに扉を押し開いた。元々部屋の扉にかぎはかけていない。万が一彼が押しかけてきた時に下手にろうじよう戦をいどめば、ドアノブをじゆうっ飛ばされかねないと思っていたから。

 ──あぁ、その分のせいきゆうを上乗せしてやれば、多少は嫌がらせになったかも。

 腹いせにそんなことを思った時にはもう、足音の主はカレンの前に姿を現している。

「ごしております、おじようさま。お変わりないようで何よりです」

 サラリとれるしつこくかみ。キラリと光るぎんぶちのメガネ。ヒラリと揺れるえんふく尻尾しつぽ。冷たく整った顔にはいんぎん無礼を絵に描いたような真っ白なしつ微笑ほほえみ。

 いやなことに三日前に別れた時と寸分変わりのない様子で、クォード・しよう『執事』・ザラステアはそこにいた。多少苦労した様子でも見えればりゆういんが下がったかもしれないのに、この三日をどうしのいだのかクォードはすこぶる調子がいいようだ。そして心なしか、げんもいいように見える。

【この三日間、どこにいたの】

「どこだって良いでしょう。調査はきちんと真面目まじめに行っておりました」

 おもしろくない内心を欠片かけらも顔に出さないように気を付けながら、カレンはうでに抱えていたクッションをクォードの方へ差し出した。ドアを開いたままドアわくかたを預けるように立って腕を組んだクォードは不敵なみをかべたままカレンに視線を落とす。心持ちクォードがあごを上げているせいで、いつになく上から見下ろされる視線がカレンには面白くない。

「事件が最速で無事に片付けば、別行動でも問題ない。その合意はお嬢様とわたくしの間で取れていたはずでは?」

【調査結果の報告を】

 確かに、合意はした。だが今は何であれクォードの言葉に同意を返す言葉を発したくない。そもそも現状、本当に成果が上がってきたのかも、言葉通り真面目に調査をしていたのかも、……カレンを裏切っていないかということさえ判断できていないというのに、言葉を額面通りに受け取って下手にこうていなど返してしまったら鹿みたいではないか。

 そんなカレンの内心をどこまで理解できているのか、クォードはカレンのつっけんどんな言葉にもゆうの笑みをくずさなかった。

 それどころかクッションの文字を見たクォードはどうもうさがひそむ笑みをゆうに深める。

「情報提供者を見つけました」

 たんてきに口にしたクォードは、もたれかかっていたドア枠から肩を上げると道をゆずるかのようにドアへ体を寄せた。そこでようやくカレンは廊下にもう一人だれかが潜んでいたことを知る。

 ──足音、クォードの分しか気付けなかった。

 おそらくクォードはもう一人分の足音をかくすためにあえて自分の足音をひそめようとしなかったのだろう。聞き覚えのある足音がすれば、カレンの気がそちらにそれると分かっていたから。

 ──つくづく、面白くない。

「おかげさまで内部事情はあらかたあくできました。しかし、その情報提供者から情報提供料を求められておりまして」

 カレンはゆっくりと椅子から立ち上がるとソロリと体を椅子の後ろへ引いた。その分生まれたきよめるかのように『情報提供者』は無遠慮に部屋の中へみ込んでくる。さらにカレンの姿を視界に収めた『情報提供者』は、無言のままた笑みをその顔に浮かべた。

貴女あなた様のがらめ合わせをお願いしてもよろしいでしょうか? 調査にかかった経費は貴女様持ちですよね?」

 招き入れられた男の後ろで、クォードが慇懃無礼に暴論をりかざす。

 クォードが連れてきた『情報提供者』は、一目見ただけでならず者と分かるふうていをしていた。さらにその男が手に大型ナイフまでにぎり込んでいれば、このゴロツキが最初からカレンのゆうかいもくんでここに踏み込んできたことは馬鹿でも理解できることだろう。

 恐らくこの男は、追っている事件を引き起こしている犯人グループに属している人間だ。

 ──やっぱり裏切ったか、このエセ執事。

 つまりクォードは『調査』とめいってがえり、この事件を引き起こしている犯人グループにカレンの身柄を売ったのだ。このまま組織といつしよに高飛びしてしまえば、クォードは晴れて自由を得られる。この先二十年以上をアルマリエにしばられることなく、ずっと早く、ずっと楽に、クォードが追い求める『身の自由』を手に入れることができる。

 ──ほら、やっぱりこうなった。

 クォードがおのれの下にけんされてきた時からしていたことが現実になっても、カレンの内心は冷めたままだった。

 ──だってこいつは、国家てんぷくテロをくわだてたテロリスト。秘密結社『ルーツ』の幹部。

 ほうじゆつ犯罪秘密結社『混沌のルーツ・デ・仲介人ダルモンテ』と言えば、国をえて国際的に危険視されている犯罪組織だ。そこでじやつかん二十歳はたちの身で幹部の座を得ていたというのだから、この男には少なからず犯罪者としての才能があるのだろう。その才と経歴をかせば、悪として返りくことは容易であるはずだ。

 都からはなれた場所でカレンとクォードの二人きり。行方ゆくえをくらませるにはもってこいのシチュエーションだ。このチャンスをこの男が見過ごすはずはない。

 ──ずいぶんナメてかかってくれたもので。

 こうしやく家令嬢にして次期国主候補。高位ほう使つかいとしてやみいち場で売りさばくにしても、ひとじちとして国やミッドシェルジェ公爵家にこうしようを持ちかけるにしても、格好の素材であることにちがいはない。

 もっともそれは、カレンがつうの令嬢で、ミッドシェルジェ公爵家が普通の公爵家であったならば、という話なのだが。

 ──私を人質にしてみても、伯母おば様も家族のみんなも『そんなの人質にされたお前が悪いのだから自力でどうにかしてきなさい』って言って交渉に応じてくれないと思うんだけど。

 そんな他事を考えながら、カレンはならず者とクォード、両方を視界に置いたままジリッと後ろへ下がる。そんなカレンの仕草を『おびえ』ととらえたのか、ならず者は下卑た笑みをさらにいやらしく深めた。この場面でも無言を保っていられる辺りから察するに、この男、人をすることに手慣れている。

【そこの押しかけ執事】

 だがカレンはイチミリも表情を動かさない。ジリ、ジリ、と後ろへ下がりながら、カレンは開け放した窓へゆっくり体を寄せていく。

 カレンの相手は連れてきた男に任せるつもりなのか、クォードは再びドア枠に肩を預けるように立ったまま動こうとしなかった。それでもきちんとカレンの動向に注意ははらっているのか、クッションに流れた文字を見たクォードが軽くまゆを上げる。

 そんなクォードに向けて、カレンは殺意をせた文字をたたきつけた。

【後でシバく】

「はぁ?」

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