Ⅰ 甘い話には気を付けやがれでございます、お嬢様②
「お前がどのような道に進もうとも、人生の相棒は必要じゃよ」
必ずな、とルーシェは
「若くて有能、よく見れば中々のイケメン、さらに
あるいはその無関心は、続く言葉の方にこそカレンが反応すると分かっていたからのものだったのか。
【魔術師?】
クッションに言葉が流れた瞬間、周囲の空気がスッと冷えたような気がした。
カレンのペリドットの瞳は、言葉を発した瞬間色を暗くしたことだろう。
ピリリと
「そう。こやつは魔法魔術犯罪秘密結社で幹部の座を得ていたくらいには魔術師としても有能じゃ。本人がそう言うてくるから多少テストさせてもらったが、確かに中々の
その空気に
再び湯呑を手に取ったルーシェは、両手で包み込むように湯呑を持ち上げると瞳の奥底まで笑みを浮かべる。
「カレン、確かにお前が
ルーシェの口から飛び出た『壊れる』という言葉を聞いた瞬間、
「ならば、魔術師はどうかと思うての」
【正気なのですか?】
実際に言葉を声に出していたら、きっとカレンの声は地を
あるいはクォード自身も、ルーシェのその言葉を聞き流すことができなかったのか。
──『魔法』と『魔術』は、似て非なるモノ。
『魔法』は、自然物理を曲げることで不可思議なことを引き起こすモノ。
『魔術』は、自然物理を増長、
魔法は魔力属性によって使える種類が限定されてしまうが、物理条件を捻じ曲げる分、物理条件を利用することしかできない魔術よりも強大な力を発現させることができる。
これを
魔法使いは魔力属性さえ向いていれば『重力』という物理条件を消してしまうことができるから、地面に立つように宙に
一方魔術師は物理条件を増長、抑制するという使い方をするから、宙に留まるにしても自身の足元に
魔法は属性さえ適合していれば完璧に重力の
とにかく発現する現象は似ているが、そこに至る道が
振るえる力は大きいが扱える人間が限定されてしまう魔法は西方諸国で、ある程度素質があれば万人に扱えるが
だからこそ、似て非なるモノを扱う相手は気に
その話をルーシェが知らないはずはない。だというのにルーシェは内心を読ませない
「もちろん、正気だとも」
【私は不本意ながらも、ぜひ次期国主にと
自分で言うのは
──そんな私の隣に、魔術師が並び立てると?
その純然たる事実が、カレンの心の奥底に
「
『
──そんな考え方ができる所も気に入らない。
【試す?】
カレンは一度、心の奥底を満たすほの暗く冷たい感情と
だがカレンが意識を引き締めるには、いささかタイミングが
「
──ん? この流れ、もしかして……
カレンのそんなささやかな反応まで手に取るように
「ちょうどハイディーンで人
【ちょっ……ちょっと待ってくださ】
嫌な予感が当たったことにカレンは
「実地試験をするのにちょうど良かろう。カレン。お前、クォードを連れてチョチョッと解決しておいで」
【いや、それ私向きの案件じゃな……】
「失礼」
『というかそんな「チョチョッと」とか言っちゃえる簡単な案件なんですかっ!? 絶対そんなことないですよねっ!?』と続けられる予定だった言葉は、先の文字が流れきるよりも早く割り込まれたドスの
「さっきから聞いてりゃ随分勝手な言い分ですねぇ?
カレンとルーシェの間に割り込むように体を乗り出したクォードは、片手をテーブルに、反対の手を
「俺はオモチャでもなけりゃ便利道具でもないんですが? テメェらの勝手な
そうでありながら腰に添えられたクォードの手はいつでも腰のホルスターから
「俺がこいつに仕えているのは、俺の身の自由を得るため。期間はこいつの執事として働いた
たかが銃で魔法使いは殺せない。クォードが持っている銃は『魔銃』らしいが、カレンが見た限り
カレンが初見で魔銃を
カレンに利かない物がルーシェに利くはずがない。そのことはクォードも分かっているはずだ。それでもクォードはそれをおくびにも出さない。いかにも『俺はやろうと思えばお前くらいいつでも殺せる』とでも言わんばかりの態度でルーシェに
「こいつの人生なんか俺は知らねぇ。そもそも執事は
「おや? お前の魔術はカレンの魔法に劣ると?」
「誰がそんなことを申し上げましたか? わたくしは『並び立つことを証明する必要はない』と口にしただけですよ」
──そう。別に証明なんかいらない。
クォードの物言いは気に入らないが、『この任務を受けたくない』という部分ではカレンも同意だ。クォードの発言にはイチミリも同意できないし、片っ
──それに、出先で
カレンではルーシェを説き
「ふむ。確かにお前が言うておることも正しい。お前がそれを主張できる立場にあるかどうかは別として」
クォードから一度視線を
──まぁ、本来ならば死罪に処されていたわけだし、『大罪人が国主と対等な立場で公正に取引をできると思うな』って上から
何気なく紡がれた言葉はクォードへの
表情の変化を見るに、クォードもその辺りのことは十分に理解しているのだろう。その上でクォードはより良い条件を引き出すために強気な
──慣れてるんだ、こういう状況に。
執事に身をやつしたこの男は、やはりただ者ではない。その事実を
「お前は
優雅な
「ならば、
「は?」
「お前、『労働対価が規定額に達するまで』と一口に言うておるが、それが具体的に何年分の労働になるか、きちんと計算してみたことはあるのかえ?」
ルーシェの発言にクォードの
「……っ、そこまでの、説明は」
「しなかったな。何せあの
クォードを見上げたルーシェは笑みを絶やさない。ルーシェの
「
カレンは思わずクォードの表情が見える場所まで
「ざっと二十年じゃな」
ルーシェはクォードが口を開くまで待ってはくれなかった。クォードが
「
「……ちょっと、待て。お待ちやがれください」
ルーシェの言葉は的確にクォードの精神をえぐったようだった。顔色を失ったクォードはヨロリと体を引く。
「それは全額を返済に
「そうじゃな」
「あんた、俺にかかる必要経費とか、俺が個人的に借りてる小金は、規程額に上乗せしておくって……」
「よく覚えておったのぉ」
ルーシェはわざとらしく目を丸くしてみせた。あざとい仕草にツッコむ余裕もないのか、クォードは無言のままワナワナと震えている。
──え? つまりクォードって、実際に現金でのお給金ももらってるってこと?
人が生きていくにはお金が必要だ。いくら衣食住が完備された住み込み労働者でも、個人的に必要な物品は自分の給金から
恐らくその辺りはルーシェも
──ん? でもそれってつまり……
「じゃあ実際の所はもっと時間がかかるってことじゃねぇかっ!」
クォードは
──こいつならその辺りのことにもっと早く気付けそうな気がするのに、何で今まで気付かなかったんだろう?
──この間ドアノブを
「そういうことじゃな」
「
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