Introduction 初めてお目にかかりやがります、お嬢様

 きゆうに帰ったら、人がいた。

 人ぎらいの引きこもりにとって、安楽の地とも言えるていに。

 こうしやくれいじようの住まいとして、それなりのほう警備システムが装備されている場所に。

 ひとばらいをてつていしていて、無人であることが正常であるはずのげんかんホールに。

 見覚えのない人物がいかにも『いて当然』みたいな顔をしてそこにひかえていたら、人嫌いでなくてもけいかいしんいだき、きようを覚えて当然ではないだろうか。

「お帰りなさいませ、お嬢様」

 その事実を認めたしゆんかん、カレンは無表情のままその場でこうちよくした。おのれの体のみならず、ツインテールにわれたくりいろかみや、まとったドレスのすそそでまで、時が止まったかのように動きを止めているのが分かる。あまりにもビックリしすぎて、うでかかえた魔動クッションの表示までしばらく空白のままだった。常に無言と無表情をつらぬくカレンの第二の顔として、魔力が通っていればカレンの内心を反映し自動的に最適な言葉を表示してくれるはずであるのに。

 それだけカレンが全身でおどろきを表現しているというのに、見覚えのない美青年はカレンに向かってかんぺきな動作で一礼するとニコリと笑いかけてきた。

 サラリとれるしつこくの髪。キラリと光るぎんぶちのメガネ。それらがいやなくらいに似合う知的に整った顔立ち。視線のするどさとすずやかに整った顔からはともすると冷たさやとっつきにくさを感じそうなものだが、かべられたやわらかな微笑ほほえみがそれらを見事にそうさいしている。自分の顔の特性が分かっている人間が浮かべる表情だと、カレンはそれだけで理解した。

 そんな美しいしん者は、すきなくえんふくに身を包んでいる。それが『しつ』と呼ばれる人間の服装であるということをカレンは知っていた。いつぱん的な『執事』や『従者』と呼ばれる人間よりも引きまった体付きはどちらかと言えば『』に近いような気もするが、明らかにこの服装は執事と呼ばれる人間の制服だろう。

 だがこの流れでカレンが『ああ、執事』などとなつとくできるはずもない。

だれっ!?】

 なぜならカレンは『人嫌いをこじらせすぎて自前の口でしやべることをやめた』とされる『無言ひめ』で、こんな美青年執事などどう考えてもやとった覚えがないからだ。

 ──見覚えのある使用人でも予告なく顔を合わせたらビックリするっていうのに! 確実に見覚えがない人間がしきの中にいていきなりせつしよくしてくるとかどんなごうもんっ!?

『どうなってるのよフォルカっ!!』と内心半泣き状態で腹心のメイド長の名をさけびながら、カレンはとっさに腕に抱えていたクッションを不審者に向かって全力で投げつけた。短めにデザインされたドレスの前裾をさばきながら魔動クッションをとうてきすれば、クッションはカレンの心情を映したまましゆくじよが投じたとは思えないごうそつきゆうで飛んでいく。

「わたくし、クォード・ザラステアと申します。本日付でお嬢様の執事となりました」

 だがクォードと名乗る執事は首のわずかな動きでサラリとカレンの必殺こうげきをかわしてしまった。クッションはそのまま直進し、玄関ホールの彼方かなたへ消えていく。

【雇った覚えはないっ!!】

 ドレスの後ろ裾に刻まれた転送魔法円から新たなクッションをしようかんしたカレンは、文字を表示させつつさらにクッションを投げつける。今度は簡単にけられないようにどうたい部分をねらって投擲したのだが、やはり不審者は最低限半身を捌くだけでその攻撃をかわしてしまった。明らかに『執事』を名乗るには戦い慣れしすぎている。

 ──体格から見て分かってたけど、こいつ明らかに『執事』なんておだやかな職業の人間じゃないっ!!

 生家が少々とくしゆなおかげで、カレンは公爵家令嬢でありながらある程度までならば相手の戦う技量を見ただけで測ることができる。カレンのかんが正しいならば、この男は『執事』などよりも『暗殺者』やら『かく』というかたきの方がよほど似合う人種であるはずだ。

 そのことをわずかなおうしゆうで確かめたカレンはけいかいレベルを一気に引き上げた。もはや見知らぬ人間との予期せぬかいこうという恐怖になみだぐんでいる場合ではない。いや、あくまでカレンの顔面は無表情を保っているはずだから、内心だけの話ではあるのだが。とにかく一刻も早くこの『敵(※推定)』をこの場からたたき出さなければ最悪の場合命にかかわるとカレンのけいしようが打ち鳴らされている。

 ──少なくとも私の心のへいおんはすでに乱されている! 私の場合、これは非常によろしくない! 周囲の安全にも関わるっ!!

 カレンはドレスに仕込まれた転送魔法円に魔力を注いで新しいクッションを召喚した。そのクッションをてつぺきの無表情を保ったまま敵に向かって投げつけると同時に反対の手で新しいクッションを召喚する。それをり返してカレンはガトリングほうよろしく息をつく間もなく次々とクッションのほうげきを敵に浴びせかけた。

【執事の】

【押し売りは】

【間に合っているので】

【お引き取りくださいっ!】

【てか】

【さっさと引き取れ】

【この不法しんにゆうしやっ!!】

「不法侵入者などではございませんよ」

 だが敵はカレンの予想以上にうわだった。

 がおを保ったまますべてのクッションを必要最低限の動きでかわした上に全てのクッションに表示されていた文字列をらすことなく読み取ったしよう『執事』は、ふところに手を入れると一枚の紙切れを取り出す。

 クッションを避ける過程でじやつかんきよまったが、まだまだカレンと青年の間には十歩近い間合いがあった。カレンは常人よりもはるかに目が良いから倍の距離があっても読める自信があるが、これがつうれいじようだったらまずちがいなく距離を詰めるところから始めなければならないだろう。

 ──この距離で読めって、横暴が過ぎるのでは?

 とは思いつつも、このままクッションを投げつけていてもらちが明かない。

 そう考え直したカレンがひとまず手を止めて目をすがめてみると、それは労働けいやくていけつされたことを示す契約書だった。

「わたくしはじよこう陛下の下命でけんされた、執事けん教育係なのですから」

 確かにその契約書の末筆には見慣れた伯母おばひつせきで伯母のサインが入っていた。

『伯母』と言えばとても身近な存在に聞こえるが、カレンの伯母はこの魔法国家アルマリエていこくを治める女皇であり、この国の魔法使いの頂点に立つ魔法使いである。貴族という立場に立ってみても、魔法使いという立場に立ってみても、カレンとは実力、地位ともに天と地以上に差がある相手だ。伯母の名前を出されてはカレンに逆らえる余地などない。

 ──いや、でも、いくら伯母様の下命で派遣されてきたんだとしても、いらないものはいらないし、間に合っているものは間に合っているっ!

 確かに逆らう余地がないのは事実だが、いくらなんでもいつさいの説明もなく執事を押し付けてくるのは横暴が過ぎるはずだ。何ならカレンはさきほどまで伯母の呼び出しを受けて伯母当人と対面している。その際に説明のひとつでもしておいてくれればここまでカレンがきようこう状態に叩き込まれることはなかったはずだし、ここで無用な争いがぼつぱつすることもなかったはずだ。

 というよりも、カレンが『人嫌い・人見知り・引きこもり』をこじらせていることを誰よりも承知しているはずである伯母が、カレンに断りもなく面識のない人間を押し付けてくるとは何事か。やはり一度説明してもらわなければ納得できるものもできない。

 ──いや、納得は絶対にしないけどもっ!

【執事は間に合っていますから】

 決意を新たにしたカレンは、新しいクッションを召喚すると、そこに浮かぶ文字がよく見えるように執事に向かって差し出した。

【この離宮は人手が足りていますので、どうぞ伯母様の下に】

「つーか、テメェにきよ権なんざねーんだよ」

 行ってください、と続けようとした文字列は、何やらおんな声にさえぎられた。

「そもそも誰のせいで俺がこんな労働者階級に身を落とされたと思ってやがんだ、テメェはよぉ」

 パチクリと目をしばたたかせて周囲を見回してみても、目の前には先程と同じように執事がゆうに立っているだけで、げんかんホールにほかひとかげはない。

『人ぎらい・人見知り・引きこもり』とさんびようそろった『無言姫』ことカレンは、使用人達とも必要最低限の接触で済むように日々余計な仕事はしないようてつていさせている。『あるじの帰宅をむかえる』はカレンの中では『余計な仕事』だ。本来ならばカレンの帰宅に合わせてここに人がいる時点で間違っている。

 つまり、この玄関ホールにはカレンと目の前の執事しかいない。『常にて付いた無表情』『笑えば愛らしい顔立ちであるはずなのに』『ひとみには本物のペリドットがはめ込まれているのでは』とまで言われるくらい内心を表に出さないカレンは、表情を顔に出すことはおろか自前の口を開くことさえめつにない。

 ──……えぇ?

 消去法で考えると、今喋ったのは目の前で優雅に微笑んでいる押しかけ執事しかいない。この優雅な微笑ほほえみからは信じられないことだが。

「俺の人生を文字通りひねつぶしやがった人間が、しつの一人や二人雇うことにガタガタ文句言ってんじゃねぇよ。さっさと責任取って雇い入れやがれ」

 ──……? なんかこの声、聞いたことがあるような……

 カレンはもう一度シパシパと目を瞬かせる。ここまでかんぺきな笑顔を保ったままここまでの暴言をけることにもおどろきだが、それ以上にこのデジャヴの元は何なのだろうか。

「このきゆうに執事がいねぇってことも、テメェが次期国主としての教育からげ回ってるっつーことも、当代女皇っつーしっかりした筋から調査済みだ。テメェは四の五の言わずこの俺に仕えられてりゃいいんだよ」

 そんなカレンの視線に何を思ったのか、執事は今までかべていた白い微笑みを引っ込めると、代わりにどす黒い笑みを浮かべた。

「まさかテメェ、あんなことしといて俺の顔を見忘れたとかぬかすんじゃねぇだろうな?」

 おうでさえおそれをなして逃げ出しそうな真っ黒さなのに、下手に容姿が整っているせいかその黒い笑みがみように様になっている。

 その黒さで、デジャヴの元を思い出した。

「……っ!?」

 ゾワリとけたかんあらがうように、カレンはとっさに転送魔法円とは別にドレスの後ろごしに隠して帯びたたんけんを抜こうと身構える。

 だがそれよりも執事がえんふく尻尾しつぽに隠すようにるしたホルスターからじゆうを抜く方が早い。カレンの指が短剣にかるよりも先に、オートマチックけんじゆうつつさきはカレンに照準を合わせきっていた。

 新参者の従者を名乗るよりもかくを名乗る方がお似合いな姿で、青年は黒い微笑みをちようしようにすりえる。

「俺の身元保証人はあのクソ女皇で、俺がお前に仕えるのは女皇の名のもとに発された命令だ」

【何が悲しくて魔法議会で死罪が決定された秘密結社の幹部を執事兼教育係なんかにしなきゃいけないのよっ!?】

 これ以上やり合うと周囲に損害を出すと判断したカレンは、クォードをにらみつけたまま姿勢を正した。だがクッション文字ていこうすることはやめない。

 ──なんでこんなことになってるのよぉっ!?

 内心は半泣きを通りして全泣きだった。今や心の中のカレンは『見知らぬ人間にてい内で待ちせされていた』というばくぜんとしたきようではなく、『待ち伏せしていたのが秘密結社幹部であった』という具体的な事実に恐怖している。

 より直接的な命の危機を感じてカレンの体はガタガタとふるえていたが、その感情を『無言ひめ』の二つ名とこうしやく家令嬢としてのきようもつおさえつけて、カレンは敵と相対する。

「さぁな? 俺にもジョコーヘーカがお考えのことは分かんねぇよ」

 カレンの内心をどこまで察しているのか、クッションに走る文字を読んだ押しかけ執事はより一層嘲笑を深めた。だがメガネの奥にあるしつこくの瞳は一切笑みを浮かべていない。

「だが俺はクソ女皇との契約により、労働対価が規定額に達するか、テメェが次期国主に確定するか、どちらかが達成された時点でけいを取りやめ、国外追放処分で済む身の上になった」

 クォード・ザラステア。

 魔法魔術犯罪秘密結社『混沌のルーツ・デ・仲介人ダルモンテ』幹部。アルマリエ帝国国家てんぷくはかった大罪人。アルマリエ帝国魔法議会の議場で死罪を言いわたされた男。

 それがカレンの知る、彼のじようの全て。

 ──顔を見るのは三回目、か……

 あまりにも無害な執事然とした白い微笑みと今の真っ黒魔王の嘲笑に差がありすぎて同じ顔だと気付くのにおくれてしまった。だが一度同じ顔だとにんしきできれば、自分の対応は正しかった……いや、生ぬるいくらいだったということが分かる。

 カレンが彼と対面した場面は過去に二回。

 直近では死刑判決が出た魔法議会の議場で。

 そして最初に出会ったのはひと月前。

「まさかまたこうして対面するとはなぁ? 次代女皇陛下?」

 そう、ひと月前。

 国主教育からとうそう中だったカレンが皇宮の地下通路に迷い込んだ時、テロすいこうのために皇宮の地下にせんにゆうしていたクォードの姿を発見。同時にカレンの存在に気付いたクォードがこうげきけてきたのでカレンがとっさにはんげきしたところ、りよく調整を失敗したことと場所が地下で力の逃げ道がなかったことが災いし、地下通路ごと現場がほうらく。直後にカレンを追っていた手勢が駆け付けてくれたことによりクォードは一命をとりとめたが、同時に国家転覆テロの実行犯としておなわになった、というのがそもそもの二人の出会いだった。

「そもそもテメェが国主教育から逃げ出してさえいなけりゃ、俺があそこでつかまることなんざなかったんだよっ! 次期国主候補とされてんならキッチリ教育くらい受けやがれ!」

【国家転覆テロをくわだてた人間にまともなこと言われたくないんですがっ!?】

「テメェの無責任な行動のせいで人生メチャクチャにされちまった俺が、直々に責任もってテメェを教育し直してやるっつってんだよ。ありがたく受け入れやがれってんだ」

【いや、たいされたのは完全にあなたのごうとく

「るっせぇっ! 俺の自由のために四の五の言わずにさっさと俺に仕えられろっ! 手始めにここにじゆだくのサインを入れるところから始めやがれ!」

【何でっ!? ようけいやくはすでに伯母おば様との間に成立してるんでしょっ!? しかも私に無断で勝手にっ!!】

「俺の雇用主はクソじよこうだが仕える相手はテメェだ。だからテメェがそれを承服したあかしに契約書のまつにサインもらってこいって女皇陛下が言ってきやがったんだよっ!」

 間に魔銃とクッションをはさんで言い争うが、クォードは延々引き下がらない。魔銃とともにサインをせまるクォードにカレンがクッションで言い返せば、クォードは時に理路整然と、時に暴論を交え、とにかくカレンの主張を正面、わき、後ろ問わずひたすら両断し続ける。

 カレンが向こう十年分はしやべったかというころ。時間に直すと約一時間。

 根負けしてくずおれたのはカレンの方だった。

【私は国主候補から降りるべく、日々魔法研究者としてがんってるはずなのに……っ! それを伯母様だって認めてくれてるはずなのに……っ!!】

「知るかよ」

 カレンは玄関ホールに正座させられた上に額に銃口をきつけられた状態で、いしゆかの上に契約書を置き、女皇陛下からの借り物だというやけにごうしやな万年筆で契約書にサインを入れさせられていた。

【いつか絶対、白紙てつかいしてやるんだからっ!!】

「女皇陛下の命令は絶対なんだろうが」

 無表情のままじやつかん目のきわなみだめたカレンに対し、押しかけ執事は変わることなく嘲笑を浮かべたままカレンをへいげいしていた。そのゆうしやくしやくな態度にカレンはさらにいらちをつのらせる。

 ──正面から押し返せないならば、今は一度引いて、ちがう角度からクビにしてやる!

 その思いを込めてカレンはひざの上にクッションを置いたままキッと執事を睨みつける。あくまで顔面は無表情を保っているが、目に宿った殺意は本物だ。対する執事はカレンがサインを入れた契約書をゆうな動作で取り上げると満足そうに微笑む。

 そしてその契約書を大切そうにふところに納めると、カレンのけんに魔銃を突きつけたまま優雅に一礼した。

「それではおじようさま。俺が自由を手に入れるまでの間、どうぞよろしくしやがれでございます」


 ……これがカレン・クリミナ・イエード・ミッドシェルジェとクォード・ザラステアのみような主従関係の始まりだった。

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