第21話

 「先生はいるか!また、やられた。きっと、あの流離い人に違いない!」

 「これで何度目だ!このままじゃ、俺達は奴に全滅されられちまう!」

 口々に、男達が叫ぶ。

 老婆達が慌てて駆けつけると、男達は彼女の前に死人のような人達を並べていった。


 数えると、全部で十四人。中には、小さな子供も混じっていた。

 「畜生、俺達に何の恨みがあるって言うんだ!」

 「今度見つけたら、絶対にぶっ殺してやる!」

 私とカ-テスは、戸惑いながら顔を見合わせた。


 一体、何が起こったと言うのだ?


 並べられた人達は、全てこの部屋の人達と同じような状態だ。身動きすらせず、見開いた瞳をただ上に向けている。

 死人のようだが、死んでいる訳ではない。その証拠に、胸が大きく上下していた。


 井戸に薬が放り込まれるようになった?


 確か、老人はそう言っていた。

 では、本当に流離い人が、それをしたと言うのか?

 でも、何の為に?この町の人間を苦しめる理由が、そこにあるのだろうか?

 事の成り行きを呆然と見つめていると、その中の男が一人、私達の存在に気付いたようだった。


 「お前達、見ない顔だな。何処から来た?」

 「私達は、首都ト-レストから来ました」

 すかさず、カ-テスが答える。

 けれど、彼が馬鹿正直に身分を名乗る前に、老婆達が口を挟んだ。

 「爺さんの親戚じゃ」

 「そうじゃ、ト-レストに嫁いだ姪の娘夫婦じゃて」

 「新婚ほやほやじゃ、ほんに仲のいい事よ」

 「病人が溢れて困っておったので、爺さんが呼びつけたんじゃ」


 「そうか、先生の御親戚か。なら、大丈夫だな」

 男はそう言って、他の男達に頷いて見せた。

 「じゃあ、俺達は町の様子を見て来るから、後は任せたぞ」

 そう言って、またぞろぞろと出て行く。

 男達が完全に見えなくなると、私はほっと安堵のため息を漏らした。


 二人とも、服装が違っていて助かった。

 この町に入った時、私は一目で流離い人と分かる恰好をし、カ-テスは聖騎士隊の派手な服装をしていたのだ。

 町の人々は、衣装に気を取られて、はっきり顔を覚えていないようだった。それで、私たちは救われた。

 私は老婆達を振り返って、小さく頭を下げた。


 「有り難うこざいます、助かりました」

 「なんの、なんの、気にするこたねえ」

 「そうじゃ、そうじゃ、爺さんのためじゃ」

 「爺さん、あんたを自分の孫みたいに思ってるからの」

 「ほんにあんた、爺さんの孫に似てるからの」

 老婆達は、同じように見える顔をしわくちゃにして、笑いながら言った。


 「ほんに気の毒じゃ」

 一人の老婆が、不意に表情を暗くする。すると、他の三人の老婆も暗い顔になった。

 「ほんに、ええ娘さんじゃったに」

 「器量も気立ても申し分なかったに、なんでじゃろうな」

 「一体、何があったんですか?」

 カ-テスが尋ねると、老婆達は互いに顔を見合わせた。

 しばらく四人でひそひそ話していたが、やがて一番端に居た老婆が語った。


 「流離い人じゃよ」

 「そうじゃ、流離い人じゃ」

 合いの手のように、隣の老婆も言う。

 「若い流離い人じゃった」

 「いい男じゃった」

 今度は、違う老婆達が言う。


 「あの子は、流離い人に惚れてしもうた」

 「結婚が決まっておったのに」

 「長老様の息子じゃった」

 「親同士が決めた結婚じゃった」

 口々に言った後、四人は言葉を止め、また見つめ合った。


 「酷いもんじゃった」

 すこし間を置いて、再び老婆達が話しだした。

 「そうじゃ、酷いもんじゃった」

 「息子は振られた腹いせに、あの子の有らぬ噂を振りまきよった」

 「流離い人と乳くりおうてる、ふしだらな娘だと言いふらしよった」

 「あの子は仕事ものうなって、友達ものうなって、表に出ると町のもんから石を投げられるようになっての」

 「流離い人と駆け落ちしかけたんじゃが、爺さんが無理やり引き止めた」

 「死んだ娘の、たった一人の忘れ形見じゃったからの」


 は-っと、ため息が巻き起こる。

 私は、その話しを酷く憂鬱な思いで聞いた。

 何故、流離い人が憎まれているのか、理由は分かった。しかし、もしそれが本当の話しならば、あの老人の態度はどうだろう?

 恐らく、流離い人を一番憎んでいるのは、あのご老人ではなかろうか?

 それにしては、随分素っ気ない様子をしていた。

 ・・・・・何故?


 「行かせてやりゃよかったんじゃ」

 「そうじゃ、そうすりゃ死ぬ事はなかったでの」

 「あの子は苦しみから逃れる為、自分で首を絞めよった」

 「あんなに綺麗な子じゃったのに、酷い死に方をしたもんじゃ」

 「流離い人の男は、その話しを聞いて酷く激怒した。娘の為に娘がいかに正しい娘だったか、町人に必死に訴えた」

 「そうじゃ、だが町人は聞く耳を持たず、男を力尽くで追い出した」

 「それからじゃ、井戸に毒のようなもんが投げ入れられるようになったのは」


 老婆達は、一通り話し終わると、そそくさと仕事に戻って行った。

 新たに加わった被害者を、世話しなければならなかったのだ。

 私はその場に佇んで、大きく息を吐いた。


 頭がガンガンする。それは風邪のせいではなく、この吹き荒れる風のせいだ。

 風が、警告している。

 これ以上、関わるなと。


 「・・・ステファ様」

 カ-テスが、暗い声で私を呼んだ。

 私は黙って首を振る。

 早く、ここを立ち去らなければ。

 そうしなければ、私はまた悲しい思いをする事になってしまう。


 「カ-テス、今すぐに行きましょう」

 私は呟いて、彼の腕を引いた。しかし、彼は動かない。

 「カ-テス!」

 イライラして、つい昔のように怒鳴りつけてしまった。

 「姫様、僕はあのお爺さんを、放っておく事は出来ません」

 カ-テスは、私を見つめると、きっぱり言った。


 冗談じゃない!


 「私は、風に逆らいたくないのです!貴方は、知らないのです。風に逆らえば、不幸が訪れるのだと」

 突然、カ-テスの手が、私の両肩をしっかりと包んだ。

 その震える手から、彼の悲しみの強さが伝わってくる。


 ・・・・そうか、カ-テスも感じているのだ。


 風の知らせる、不穏な空気を。

 関わってはいけない、これ以上、あのご老人に関わってはいけないと言っている。

 なのに、そんなに悲しい思いをしてまで、何故彼は留まろうとするのだろう?


 「何かがおかしい。姫様も、そう思っているのではないですか?それを、あのおじいさんは知っているかもしれない。僕も、そう思いました。姫様は、あのお爺さんがお好きなんですね?だから、逃げようとする。自分が不幸を運ぶと信じているから。でも、姫様が逃げても、起こってしまった不幸を防げる訳ではありません。お爺さんが本当に好きなら、僕等は逃げてはいけない」

 「・・・でも」

 「姫様、僕を信じて下さい。もし、あのお爺さんと関わる事で、あなたが苦しい思いをするのなら、その半分を僕が貰います。だがら、一緒にお爺さんを探しましょう」


 強い、強い、どこまでも強い瞳で、彼は告げる。

 ・・・・・カ-テスは、本当に強い人だ。


 悲しみに、立ち向かう事の出来る人だ。

 泣きながら、苦しみながら、心から血を流しながらも、真っ直ぐに歩いていける人。


 風は、不幸の色を宿して吹き荒れている。

 その色の意味を、私はよく知っていた。

 人の知らない秘密を、風は何時も私の元に運んで来てくれるのだから。

 けれど、どうして?何故、もっと早く教えてくれないのだろう。

 もっと早く教えてくれたのなら、私は関わる事なく通りすぎたのに。

 ずっと、そうやってこの五年間を過ごしてきた。


 なのに、カ-テスと再会してから、私の風は少しづつ鈍くなっている。

 遅すぎる風は、私の道しるべにはならない。

 この町で起こっている事件と、あの老人が関係あるのは確かだ。

 だから、私は早く去りたい。

 しかし、カ-テスに引き止められると、私は逃げだす事が出来なくなってしまう。

 「お願いします、姫様」

 カ-テスが、私の手を握った。

 仕方なく、私は頷く。不幸を、この目で確かめる為に。


 「墓じゃよ」

 不意に、近くに居た老婆の一人が言った。

 「そう、墓じゃ」

 違うお婆さんが、引き継ぐように言う。

 「お前さん達は、もう行かねばならんからのう」

 「そうじゃの、行くべきじゃ」

 また、違うお婆さんが言った。


 「爺さんから、頼まれておったんじゃ」

 「教えてやれとな。この部屋に病人が運ばれて来る理由を、お前さんは知りたかったんじゃろ?じゃから、教えてやった。それを聞いても、もしまだおまえさんが何かを知りたがったら、墓に来いと伝えてくれ、ともな」

 「じいさんも、疲れたのかの?」

 「まあ、いいわい。じいさんの、好きにさせてやらにゃ」

 「わたしらは、四人とも爺さんに惚れてるからの」

 「ずっとずっと昔から、じいさんを思うて生きてきたんじゃ」

 「いい男じゃったからの」

 「これからも、そうじゃ」

 「東の墓地に孫娘の墓がある、そこに爺さんはおるじゃろ」


 「有り難う、お婆さん達」

 カ-テスは、律儀な様子でお婆さん達に頭を下げた。

 「・・・いや、礼には及ばんよ」

 「そうじゃ、わたしらは爺さんに言われただけじゃ」

 カ-テスは再び礼をすると、私の手を強く引っ張った。

 彼の足取りに任せ、仕方なく私も歩きだす。


 「・・・・行くがいい、お前さん達には、関係のない事じゃ。どうせ、知っても何もできん」

 最後に老婆の一人が、そんな事を言った。

 私は、その言葉に首を傾げたが、カ-テスに手を引かれ、意味を聞く事は出来なかった。

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