第15話

 「カ-テス、後ろを見て下さい」

 「何ですか?今は大切な話しをしている途中・・・」

 「いいから、見なさい!」

 彼の言葉を遮って、強い口調で促す。

 カーテスは渋々振り返って、ぎょっと肩を揺らした。

 「何ですか、あれは!?」

 驚きもするだろう。

 この村の人達だろうか?

 先程私たちが通って来た道を、三十人程の集団が、手に手に武器を持って真っ直ぐこちらに迫って来ていたのだ。


 一体、どういう事だろう?


 しかし、考えている暇はない。

 集団の一人は、明らかにこちらを指差し、何かを叫んでいた。

 強い逆風が、私とカーテスのマントを揺らす。


 ・・・・風が、導いている?


 私は素早く立ち上がると、カーテスの手を引いて風の吹く方へと走りだした。

 「姫様、どうしたんです!何故、逃げるのです?」

 「分かりません。しかし、ここに留まっていてはいけない!」

 カーテスの叫びに、私も大きな声で答えると、そのまま路地裏を走り続けた。


 服の裾が足に絡みつき、走り辛い。仕方なく私は、走りながら服の裾を引き裂いた。

 集団は、間違いなく私達を目標にしていたようだ。怒声を吐き散らかせながら、執拗に追いかけて来る。

 このままでは、追いつかれる。

 そう思った時、カーテスが私の腕を掴んで引っ張った。


 「姫様、こちらへ」

 素早く脇道に入り、すぐ側の古木戸を蹴破って、建物の中に入る。そして、外れかけていた戸をまた元の位置に戻した。

 「気付かずに行ってくれるといいのですが・・・」

 木戸を押さえながら、カーテス。

 私は頷いて、荒い息を吐きながら周囲を見回した。


 ここは、何処だろう?


 民家にしては、やけに部屋が広い。見た感じ、倉庫かなにかのようでもあった。

 部屋は薄暗く、外から入って来た私の目には、暗幕が下ろされたようにはっきりしない。


 ・・・・・それにしても。


 他人の家の戸を蹴破るなど、なんと無茶な事を。

 再会してからのカーテスには、何時も驚かされる。

 当の本人は、全く気にした様子もなく、戸にへばりついて外の様子を窺っていた。

 取り敢えず息を詰め、私は敵に見つからない事だけを祈った。


 しばらくして、どどどどどっ、と、凄まじい足音が通り過ぎて行く。

 その足音は、児玉だけを残し、止まる事なく消え去ってしまった。

 どうやら、無事にやり過ごす事が出来たようだ。

 ほっとため息を付いた直後、突然力が抜け、がくっと膝を落とした。


 ・・・・どうしたのだろう?


 そう言えば、この町に入ってから、少し様子が奇怪しい。

 疲れが溜まっているのかもしれない。胸の鼓動が治まらず、目の前がくらくらする。

 「姫様!」

 慌ててこちらに寄って来たカーテスを手で制し、私は力の無い声で言った。

 「大丈夫です、少し休めば元気になります」

 「大丈夫なもんかい」

 突然嗄れた声が側で響き、私とカーテスはぎょっと肩を揺らした。


 そちらに視線を向けて見ると、ぼんやりとした蝋燭の明かりに、皺だらけの老人の顔が浮かび上がる。

 粗末な服を纏った、かなりの年かさの老人だ。

 足が弱っているのか、長い木の杖をついていた。


 「全く、乱暴にも程があるの。壊した戸は、ちゃんと直して行くんじゃぞ」

 「すみません」

 今にも剣を抜きそうだったカーテスを抑え、私は取り敢えず頭を下げた。

 少し目が慣れて来たので、改めて部屋の中を見回すと、倉庫ではなく、どこか一種異様な雰囲気に包まれている場所だった。


 薄汚い、がらんとした部屋の中にござのような物が敷いてあり、かなりの人間が横たわって眠っている。

 一体、彼等はどうしたのだろう?

 横たわった者達は、ぴくりとも動く様子がなかった。


 「・・・ここは?」

 怪訝に思って尋ねると、老人は詰まらなそうにフンと鼻を鳴らした。

 「見てわかんねぇかの、ここはごみ捨て場じゃ」

 老人の言葉に、私とカーテスは顔を見合わせた。

 流離い人をしていると、様々な人や場所を目にする。しかし、こんな場所を目にしたのは初めてだった。


 私たちが戸惑っていると、

 「はて?ほう、これは、流離い人か、珍しい」

 老人は、私の姿を上から下まで眺め回した後、ぽつりと言った。

 彼の言葉からは、あからさまな嫌悪感は感じられなかった。ごく自然に、見たままを口にしたような感じだ。


 「珍しい・・・ですか?」

 さすらい人など、山ほどいる。それほど珍しいものではないだろう。

 そう思ったのだけれど、老人は素っ気なくこう言った。

 「サデスにゃあ、流離い人はこねぇからの」

 「どうしてですか?」

 やっと緊張を解いたカーテスが、老人に向かって尋ねた。

 「そりゃお前、見たじゃろが。町の連中は、流離い人を毛嫌いしている。さっき通った連中みたいに、力でものを言わす奴等がいるでの。そいつらは集団になって、町に来た流離い人をなぶり殺しちまう」

 「・・・なにも、そこまでしなくても」

 「まあ、色々事情ってもんがあるんじゃ。・・・・・それにしても、お前さんも呑気だの。流離い人なら、人間の様子にゃ敏感な筈。この町に入った時、異様な雰囲気に気付かなかったかの?みんな、じろじろお前さんを見てたじゃろ?」


 その言葉に、ふと思い当たる。

 そう言えば、常に視線を感じていたような気がする。普通は流離い人など目も向けない者が多いから、あれはカーテスを見ていたのだと思っていたが。


 では・・・あれは、私を・・・・・。

 でも、何故・・・・?


 あれ?・・・・駄目だ。


 何故か、考えても、考えても、思考がまとまらない。

 ぐるぐると、渦が頭の中に渦巻いているような感じだった。

 どうしたのだろう?

 私がそう思っていると、老人がまたもや驚きの声をあげた。


 「ほほう、こりゃ驚いた、兄ちゃんはまた聖騎士様に見えるが、こりゃ本物かの?」

 いつの間にか老人は、カーテスの濃紺のマントを摘んで、横に引っ張ったり縦に引っ張ったりしている。

 カーテスは、慌ててマントを取り戻すと、憮然として言った。


 「そうです、私は王都を守る聖騎士隊の隊員、カーテス=デイリーと言います」

 「こりゃまた、聖騎士様と流離い人とは、異な組み合わせじゃわい。ちゅうことは何か、ひょっとして駆け落ちか何かか?」

 「ちっ、違います。それに、駆け落ちならこんな恰好はしないでしょ」

 顔を真っ赤にして、カーテス。

 老人はにやにや笑いながら、カーテスの脇腹を肘でつついた。


 「照れんでもよかろう。身分違いの恋なんて、よくある話しじゃ。大方、事情があって流離い人になった女を、追って来たってとこじゃないかの?」

 当たらずとも遠からずの言葉に、カーテスはぐっと言葉に詰まった。

 流石に歳を取っているだけあって、人を見抜く鋭さを持っているようだ。

 但し、理由は全く違うのだが。


 「・・・・それよりご老人、ごみ捨て場と言うのは、一体・・・・」

 どういう意味なのかと、聞こうとしたのだが、上手く口が回らない。おまけに、立ち上がろうとしてくらりと目眩のようなものが起こった。

 倒れそうになったので、思わず近くの柱にしがみつく。


 「ステファ様!」

 カーテスが飛んで来て、慌てて私の肩を支えた。

 「ほう、ほう、一心不乱だの。お前さんも、そんな世捨て人なんぞやめて、ちっとは男の気持ちを汲んでやったらどうだ?」

 「そんな冗談言ってないで、一番近い医者は何処か教えて下さい!」

 カーテスの怒声に、老人はひょうひょうとした様子で肩を竦め、私の方へと近づいて来た。


 ひんやりとした手が、私の顎にかかる。

 頭のクラクラは益々激しくなり、私は老人の手を振り払う事も出来なかった。

 「どれ、顔を見せてご覧。ほう、こりゃまた、お前さん別嬪だの。男が追って来るのも頷ける。男泣かせじゃの。へぇ、薄汚れているが、肌もなかなか綺麗じゃ。うむ、翠の瞳も賢そうでいい。それに、銀の髪とくれば・・・」

 されるままに、顔を横に向けたり、上に向けたりする。そのせいで、意識が更に遠のいてきた。


 「お爺さん、ステファ様に何をしてるんですか!どうでもいいから、早く医者を!」

 「心配いらん、風邪じゃよ風邪。ちと、無理しすぎだな。解熱剤を出してやるから、なんか腹に入れて、しばらく寝てりゃ治る」

 言われて、カーテスは少し語調を緩めた。

 「本当なんでしょうね」

 不安気なカ-テスに、老人はがたがたになった歯を見せて笑った。

 「安心せい、わしは医者だ」


 その後、私はカーテスの手によって、老人の家の奥にある部屋のベッドへと運ばれた。

 情けない事に、自分の足で歩く事も出来ない状態だったのだ。

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