第12話

 「手当をした方がいいですよ」

 家を出てすぐ、私はカーテスに言った。彼は黙ったままだったが、小さく頷く。

 と、ふと視線を感じて、家の横手へと視線を流した。そこには、あの保安局の男が居てじっと私を見つめていた。


 「どうして、あなたがここに居るのですか」

 まだ、公安を呼んでもいないのに。不思議に思って、そう尋ねた。

 すると彼は、小さく舌打ちしてこう言った。

 「別に、あんた等を見張ってただけだ。それも、仕事なんでな」

 保安局の男は、そう独り言のように呟いて、部下達と一緒に家へ入って行った。


 奇妙な事に、私は全身血だらけで、カーテスも傷を負っていたと言うのに、その事に関しては何一つ言わなかったのだ。

 変わった男だ。いい奴なのか、嫌な奴なのか・・・・。

 まあ、簡単に理解出来ないのが人だろう。人と言うものは、摩訶不思議だからな。


 私達は彼らの後ろ姿を見送った後、汚れた服を洗う場と、カーテスの傷を治療する場を求める事にした。


 「これで、良かったんでしょうか?」

 次の日、イスリーの町を出て東の街道を歩いていた道すがら、ずっと無言だったカーテスがようやくぽつりと口を開いた。

 私は、肩を竦めて答える。

 「分かりません。本当はどうすれば良かったかなんて、分かる筈が無いではないですか。分かっていれば、苦労はしないでしょう」

 私はただ、思うままに行動した。

 それが正しいとか、正しくないとか、そんな事を考える余裕もなかった。

 きっとこの先も、あの時どうすれば良かったかなんて、永遠に分かりはしないだろう。何が正しくて、何が間違っているかも。


 「姫様は、冷静でしたね。セリュウは確かに殺人鬼でしたが、フェミアさんがあれほど愛していた人です。分かっていても、僕には出来なかった」

 「カーテス、私はそれほど冷静では有りませんでしたよ。保安官ならきっと、彼を捕らえて縛りつけ、死刑の瞬間まで罪を償わせようとしたでしょう。遺族の胸の内を考えるとそれが正しいのかもしれない。でも私は、彼に安らかな死を選ばせてしまった。彼を裁く事は、私には出来なかったのです」

 彼は最後まで自分の罪を意識せず、ただフェミアだけを思って死んでいった。

 それは、冷静な判断とは言えないだろう。私が裁判官なら、陪審員達から責められて当然の行いだった。私は遺族より、彼らの方に同情してしまったのだから。


 そうだ、もし裁ける強さがあったのなら、私は城を出てはいなかっただろう。

 風に逆らってでも、立ち向かっていた。そして、国王に何もかも暴露してしまった筈。

 慈悲深いあの国王なら、きっとそれでも私達を許していたかもしれない。そして城や国の為に全てを伏せ、私に王位を継承させていたかも。

 それが辛いから、城には戻れなかった。私は、虚ろで何も見えない母の代わりに、その罪を背負って生きるべきなのだ。


 「フェミアさんは、どうなるのでしょう?」

 カーテスが、複雑な表情で尋ねてくる。

 私は、彼女の様子を思い出して、寂しく笑った。

 「フェミアは、きっと生きていくでしょう。恋人は死に、罪は露顕した。彼女には、もう死ぬ理由が無くなりました。これからは、罪を償わなければならない。だから、生きていく筈です」

 彼女は、死なない。そうだと願いたい。たとえこれから生きていく理由が、どんなものであろうと。


 「そうでしょうか?」

 「人は、あなたが思うよりしたたかですよ。本気で死ぬつもりなら、あんな目立つ事はしない。きっと、誰かに止めて欲しかったのです。彼が罪を重ねる事を、彼女が罪を重ねる事を・・・・・。私は、そう思います」

 「姫様は、本当に変わりましたね」

 彼は、少しはにかんだ笑みを浮かべた後、急に立ち止まり、気遣わしそうに町を振り返った。

 また泣いたな。私は、彼の目尻に残る涙の痕を見てそう思った。


 ・・・・そう言えば、一つだけ不思議に思う事がある。


 風は、何故最初にあの家へ導いたのだろう?導けば、こうなる事は分かっていた筈。

 だから風は、私にその危険を知らせてくれる。風だけが、私の宿星を流してくれるのだから・・・・・。

 そこまで考えて、ふと思い出した。

 いや、違う。

 風は、確かに拒んでいた。なのに、同時に導いてもいた。

 拒む風と導く風、それは違う風だったのかもしれない。


 まさか、そんな事が・・・・。


 私は、自分の考えを否定しようとした。

 だが、否定すればするほど、それが本当だったように思えてくる。

 突然、はっと胸を突かれた。

 一つの可能性を、今思い浮かべてしまったからだ。


 風は、カーテスとの再会を導いた。そして常にその風は、カーテスの方へと流れていた。

 もしかして、全ての原因はカーテスなのでは?

 カーテスの存在が、私の風に微妙な影響を与えているのかもしれない。


 「カーテス」

 私は、少し意地の悪い表情で彼の顔を仰いだ。

 「何ですか?」

 「フェミアの為に、この町に残りたいんじゃないのですか?そうしても、誰もあなたを責める権利は無いでしょう。私も、その方が助かりますし・・・・」

 「冗談じゃありません!」

 カーテスは、顔を真っ赤にして怒鳴った。


 「姫様は、何か勘違いをしています。僕が一番心配しているのは、あなたなんですよ。こんな世捨て人のような生活、早々に足を洗って頂かなければ。そして、あなたを城に連れて戻ります。それまで、片時もあなたの側から離れるつもりは有りません!」

 熱意を込めて叫ぶカーテスを、戸惑いと共に見つめる。

 何故だか理由は分からないが、どうやら私の風は、彼と共に行く事を望んでいるらしい。

 ため息を吐き、なんとなく笑った。


 ・・・・・まあいい。私はただ、風に従うだけ。


 そんな私達の背を、東風が急げとばかりに押してくる。

 風が、望むのなら・・・・・・。

 私は、不思議な安堵感を感じながら、風に導かれて無言のまま歩きだした。



               第一話 END

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