第5話

 戸の前に立っていたのは、一人の若者だった。

 恐らく、フェミアと同じ年頃だろう。

 小柄だががっしりしており、ハンサムではないが、陽気そうな、親近感の持てる顔だちをしていた。

 若者は、細い目を真っ直ぐフェミアに注ぎ、まるで彼女しか目に入らぬ様子で、どかどかと部屋の中に入って来た。

 そして、ベッドの上の彼女の手を、力強く握りしめる。


 「フェミア、・・・ああ、フェミア、一日ってのは、なんて長いんだ。俺は今日も、お前の事だけしか考えられなかったよ。そのせいで、また荷台をひっくり返し、親方に怒鳴られちまった」

 陽気に笑いながら、フェミアの腕を引いてしっかりと抱きしめる。

 フェミアは、顔を真っ赤にしながら、ちらりと視線をこちらに流した。

 「セリュウ・・・、あのっ・・・・」

 「愛してるよ、フェミア。お前は、俺の宝だ。俺の命そのものだ。お前がいなかったら、俺は生きてはいられない」

 フェミアの小さな呟きを無視して、セリュウと言う若者は、勢いよく娘に接吻をした。


 ばたばたと、彼の腕の中で暴れるフェミア。

 それから、必死に彼の顔を引き離し、尚も顔を近づける若者に叫んだ。

 「ちょっと!セリュウ、いい加減にしてよ。お客様の前で・・・・」

 「えっ?」

 若者が、ぎょっとしたように振り返る。私達の姿を見た途端、彼の顔も一瞬にして赤く染まった。

 「あっ・・・、しまった。・・・えっと、はははははっ」


 照れ隠しに笑いながら、すぐさまフェミアから離れる若者。そして、慌ただしく立ち上がって、私達の方へ手を差し出して来た。

 「やっ、やあ、客人が居たとは知らなかった。フェミアを尋ねて来たのかい?俺は、セリュウ。彼女の、婚約者だ」

 「私は、カーテス。王都の聖騎士です」

 その手をカーテスが握って、躊躇いがちに答える。

 「えっ!?うわっ、すげぇ。聖騎士なんて、俺、初めて見たよ。あっ、やべぇ、えっと、見ましたです。おい、フェミア、なんで騎士様がこんなボロ屋に居るんだ?」

 興奮してセリュウが尋ねると、フェミアは困ったような苦笑を浮かべた。

 「それがね、落とした財布を届けて下さって・・・・。本当に、親切な方々なのよ」

 「ひやぁ、流石聖騎士様」


 感心して呟いたセリュウだが、ふと私と目が合った途端、さっと表情を強張らせた。

 戸惑いと疑問、そして不安の色だ。

 ただ不思議な事に、彼の表情の中にも、嫌悪と言うものは見られなかったが・・・。

 「騎士様と、流離い人?」

 小さく呟く。

 私は少し笑って、こう説明した。

 「財布を拾ったのは、私なんですよ。それを見ていた騎士様から、持ち主に届けるようにと言われ、こうして伺った訳です」

 「そいつは、すまねぇな。あんたに礼金を渡したいところなんだが、生憎俺達も貧乏でできねぇんだが・・・・」

 「いいえ、礼には及びません」

 本当にすまなさそうに頭を掻く彼に、私は微笑みを返した。

 流離い人は、他人の金を貰って生活する。セリュウも、その事は知っていたのだろう。だから、何の他意もなくそう言ったのだ。


 「ところであなた達は、たった二人でここに住んでいるのですか?」

 会話に割り込むように、カーテス。

少し、表情がきつくなっていた。恐らく、セリュウの言葉が気に入らなかったに違いない。

 貴族にとっては、金を恵むと言ったような言葉は、侮辱でしかないだろうから。


 「ええ、そうです」

 しかし、カーテスの表情にも気付かぬ様子で、セリュウは陽気な返事を返した。

 「どんな場所でも、フェミアさえいれば満足ですから」

 屈託なく断言する。

 カーテスは少し顔を赤らめ、言い訳するように言った。

 「別に、詮索する気は無いんですが。でも、ここは寂しすぎるんじゃないですか?」

 「まあ、俺もそう思うんですが、フェミアの奴が引っ越しを嫌がるんですよ」

 「何故?」

 「実は、こいつの両親、三年前に死んじまって、言ってみればこの家が形見みたいなもんなんです」

 「二人とも、病気で亡くなられたのですか?」

 少し突っ込んだ質問に、私は思わずカーテスの袖を引く。

 余所の家の事情に、他人が首を突っ込むべきではないのだ。


 「いや、その・・・・、殺されちまって。この町には、時々切り裂き魔みたいな野郎が現れるんです。そいつが、フェミアの両親を・・・・」

 不意に表情を暗くし、セリュウは両手に拳を握りしめた。

 ぷるぷると、怒りを表すように、その拳が震えている。

 カーテスは怪訝な眼差しになり、更に何か質問しようと口を開きかけた。

 と、

 「セリュウ、そんな話をしても、お客様には楽しくないわよ。それより、二人とも立ちっぱなしじゃない、椅子を出して、お茶でも入れて差し上げて」

 フェミアの強い言葉が、話を断ち切る。

 確かに、両親の死んだ時の話など、余り触れられたくなはいものだろう。

 そう思ってちらりとそちらを見たが、別に彼女の表情にこれといったものは見受けられなかった。


 いや、そんな筈はない。娘の暗い瞳の色を見て、そう判断する。

 この娘は、きっと平静を装っているだけなのだ。

 何だろう?

 胸騒ぎがする。

 不幸を乗り越え、何処までも明るく生きようとする、若い二人の筈なのに。


 ガタガタガタガタ。


 窓を叩く風の音に、ふと気付いた。

 ガタガタガタガタ。

 それは、関わるなという合図。風が、この二人と関わる事を拒絶したのだ。

 関われば、何かが起こる。

 私は、早々に風に従う事にした。


 「・・・いえ、私はもう帰りますから」

 「えっ、まだお茶も出してないのに」

 驚いたように、フェミアが目を見開く。カーテスも、不服そうに私を見ていた。

 しかし、私は風の忠告に逆らう気はなかった。

 風だけが、唯一私の道しるべなのだから。


 「いえ、本当に。いつまでもここに居て、恋人達の時間を奪うなど、野暮な事もしたくないですから」

 ぱっと、同時に二人の顔が赤らんだ。

 互いに慈しみ合い、大切にしている。

 その表情から、それがよく分かった。だから、尚更関わりたくはない。

 関われば、きっと不幸が訪れる。

 私は軽く会釈をすると、フェミアの家を後にした。

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