第二章 推し様と思いがけない急接近!?⑦
「エリシア嬢! こんなところにいたのか」
「あ、ジェイスさ……、ジェイス様」
聞き覚えのある声に
足早にこちらへ歩み寄ってきたのは、町人街の警備隊長を務めているエランド
貴族街は
なぜ私がジェイスさんのことを知っているかといえば、まじない師のエリとしてヒルデンさんのお店に顔を出しているうちに、知り合いになったからだ。
が、今の私はまじない師のエリじゃなく、エリシア・サランレッドだ。公爵令嬢のエリシアとは、たまに
疑問に思い、そういえば澱みの獣の討伐にジェイスさんも参加していたのだと思い出す。凱旋を祝う舞踏会となれば、さすがに欠席できなかったに違いない。
「ジェイス様。このたびは澱みの獣の討伐の凱旋、
いつもの警備隊長の制服と違い、舞踏会らしいきらびやかな
「エリシア嬢からお祝いの言葉をもらえるなんて、格別だな」
ジェイスさんのはずんだ声に、別の声が重なる。
「お兄様っ! わたくしを放っていくなんて、どういった了見ですの!? 今日はわたくしをエスコートしてくださるお約束でしょう!?」
ジェイスさんに並んだのは、ジェイスさんとよく似たはっきりした顔立ちの美少女だ。ジェイスさんの妹であるマリエンヌ嬢の登場に、私はあわててもう一度頭を下げる。さすがに知り合いの身内に
「申し訳ございません。これにて失礼させていただきます」
ジェイスさんが私に声をかけた理由はわからないけれど、邪悪の娘と話しているところを
「待ってくれ! エリシア
「お待ちになって!」
ジェイスさんとマリエンヌ嬢に同時に引きとめられた。
「エリシア嬢の
ジェイスさんを押しのけるように前へ出たマリエンヌ嬢が私の手元を
私が編んだリリシスの花飾りだ──っ!
えっ、どうしてヒルデンさんのお店でしか売っていない花飾りをマリエンヌ嬢が持ってるの……っ!? っていうか、リリシスの花を扇子に飾ってらっしゃるなんて、もしやマリエンヌ嬢もレイシェルト様推しっ!? ううん待って。まだそうと決まったわけじゃないもの。落ち着いて私……っ。
めまぐるしく思考を
「もしかして、お兄様から
「えぇっ!? い、いえ、これは自分で……っ!」
思いがけない問いかけに驚いて答えると、
「そうなんですの……。もしかして、お兄様が贈ったのではと期待しましたのに……」
ということは、マリエンヌ嬢の花飾りはジェイスさんの贈りものなんだろう。私が作ったものを妹さんへのプレゼントにしてもらえるなんて、光栄だ。もしマリエンヌ嬢がレイシェルト様推しだったら、この世界で初めての推し友ができるかもって期待したけど、身に着けてもらえるだけでも
私とマリエンヌ嬢の間に
「おいっ、マリエンヌ! お前ちょっと口閉じてろっ! エリシア嬢になんてことを聞くんだっ! 馬鹿なことを言ってると、もう二度と買ってこないぞ!」
おほん、と取り
「エリシア嬢。もうお帰りですか?」
マリエンヌ嬢より一歩前に出たジェイスさんが、私に問いかける。
「はい。そうですけれど……?」
頷くと、ジェイスさんが緊張した面持ちでごくりと
「だったら、その──」
「まあっ! いけませんわ! 大罪人である
ジェイスさんの声を
「サランレッド公爵夫人。大罪人とはどういう意味ですか? エリシア嬢は罪など
ジェイスさんがお母様の視線から私を
「先ほど、ご親切な方がわたくしにお教えくださったのですわ! 邪悪の娘がティアルト殿下にお
お母様の言葉に血の気が引く。私とティアルト様がぶつかったところを見た
「この娘は邪悪の娘どころか、
「も、申し訳……っ」
謝っても許してもらえないに決まっている。それでも謝ることしかできなくて、震えながら頭を下げようとした
「いったい、これは何の
「レイシェルト
「投獄?」
いぶかしげな声と、「投獄」という
「公爵夫人。何か誤解があるようだが、エリシア嬢はティアルトに何もしていない。むしろ、ティアルトがエリシア嬢に
レイシェルト様の声が低く
「
「っ!」
冷ややかな圧を込めた声に息を
「エリシア嬢。どうか顔を上げてほしい。きみが詫びる必要などないのだから」
おずおずと顔を上げた瞬間、レイシェルト様の
「先ほどはティアルトが失礼をしたね。お茶会の時にお詫びをさせてもらえると嬉しいのだけれど」
「い、いえ……っ」
あわててかぶりを
「殿下っ!? 邪悪の娘を
「ああ、わたしではなくティアルトが、だけれどね」
レイシェルト様の言葉に、周りの貴族達までがざわめく。いいことを思いついたとばかりに声を上げたのは、
「レイシェルト殿下、お願いがございます。これまでお茶会に出た経験などない姉は、
「セレイアちゃんの言う通りだわ! ここはセレイアちゃんとわたくしが出席して、ティアルト殿下に重々お詫び申し上げなくては……っ」
セレイアの言葉に、お母様が光明を
「姉を思うセレイア嬢の気持ちはわかるが、今回のお茶会の
くすり、とレイシェルト様が
「というわけで、今回は遠慮願いたい。その代わり、エリシア嬢はわたしが責任をもって見守ろう。それとも、わたしでは大切な姉上を任せるのに不足かな?」
「い、いえっ! 決してそんなことは……っ!」
ふるふると
「では、決まりだね。エリシア嬢、お茶会への招待を受けてもらえるかな?」
「は、はい、もちろんです!
レイシェルト様が改めて
さっきのは夢じゃなかったんだと、うろたえると同時に、レイシェルト様の意図を察して
「ありがとう、嬉しいよ。では、馬車のところまで送ろうか?」
「い、いえ、
これ以上一緒にいたら尊さで気絶しちゃいますからっ!
「では、
レイシェルト様の言葉に、すぐさま王城のお仕着せを着た侍女が歩み寄ってくる。侍女に引き
「今日は、きみを泣かせることにならなくてよかったよ」
とっさに
ちらりと振り返ると、レイシェルト様の柔らかな笑みと視線が合う。それだけで、ぱくりと心臓が
っていうか、今日は
今夜のことは一生の
ともすれば、思い出して「尊い……っ!」と五体投地したくなる
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