第二章 推し様と思いがけない急接近!?②

「人づてに噂を聞いてね。何とかして会ってみたいと思って、来たんだが……」

 テーブルについている人々の中に、まじない師らしい人物はいないと気づいたのだろう。レイシェルト様似の美声がかなしげに沈む。

 あぁ……っ! 推し様のお声に似たイケメンをほうっておくなんてできません~っ!

「あの……。お探しのまじない師でしたら、たぶん私のことだと思うんですが……?」

「きみが?」

「その、店じまいして帰ろうかと思っていたんですが……。せっかく来てくださったんです。お話をうかがいますよ?」

 私は扉の近くの二人けのテーブルに青年を案内する。離れて初めて、私は青年の両肩にい黒いもやがまとわりついているのに気がついた。どうやら、かなりうつくつした感情をかかえ込んでいるらしい。

 うながされた青年が素直にこしかけるが、「その……」と呟いたきり、何も話さない。

 こんなお客さんはたまにいる。ほとんどが男の人で、たとえまじない師が相手でも、自分の心の弱いところや情けないところを出すことができない性格の人だ。

 いつもだったら、相手が話し出すまで根気よく待つけれど、今日はあんまりのんびりしていられない。だって、マルゲが怒ったらほんとにこわいんだもんっ!

「あのぅ、ごめんなさい。今夜はあんまり時間がないんですけれど……」

 おずおずと告げると、「すまない!」と、青年がはじかれたように背筋をばす。が、すぐにフード付きのマントにおおわれた広いかたが、しょぼんと落ちた。

「その、いざ目の前にすると、何をどう話せばいいかわからなくなってしまってね……」

 うわ──っ! やっぱりこの声、レイシェルト様のお声にちよう似てるっ!

 いや、こうしやくれいじようといえど、じやあくの娘とさげすまれてる私はレイシェルト様と直接お言葉をわしたことなんて、二年前に一度しかないから、妹のセレイアに話しかけているお声を遠くからはいちようしただけだけど!

 っていうか私は、遠くからレイシェルト様のお姿を拝見させていただければ、それだけでもう十分ですからっ! 推し様ににんされるなんて、とんでもないっ!

 うっかりトリップしてしまいそうになった私はあわてて自制する。今の私はまじない師のエリなんだから。ちゃんと目の前のお客さんに向き合わないと失礼だ。

「話したくなければ、無理に話す必要はないんですよ? おまじないをするだけというのも、可能ですから」

 無理やり聞き出すことで目の前の青年の心を傷つけたくない。おだやかな声で話しかけると、「いや、だいじようだ」と一度くちびるを引き結んだ青年が、ゆっくりと口を開いた。

「自分が、めぐまれすぎているほどに恵まれているのは、ちゃんとわかっているんだ……」

 のうに満ちた声をこぼした青年が、テーブルの上に置いた右のこぶしをぐっとにぎりしめる。

「自分の責務を放り出したいわけじゃない。誰よりも立派にやりげたいとはげんでいるつもりだ。けれど、そう思えば思うほど、うまくこたえられない自分が情けなくて、苦しくて。ない自分が許せなくて……っ」

 とすっ、と。青年がこぼした言葉が矢のように胸をつらぬく。穿うがたれた穴から、ふうじる間もなく前世でお母さんに投げつけられた言葉の数々があふれ出してくる。

『お兄ちゃんみたいに満点を取って、学年一位になるの』

『いい高校へ行っていい大学へ行って、非の打ちどころのないだんな様とけつこんして、お母さんを安心させてちょうだい。それがあなたの役目よ』

 ずっとかけられていた期待。でも、前世の私は応えられるだけの能力が無くて。

『お兄ちゃんは満点なのに、どうしてあなたはいつもこんな点なの!?』

『お母さんにはじをかかせたいの!? この親不孝者! まったく、学費のづかいよ!』

 小さいころは、お母さんに期待をかけられるのがうれしかった。テストでいい点を取るとめてもらえて、お母さんもがおで接してくれて……。

 でも、お兄ちゃんみたいに頭がよくなかった私の成績は、私立の中学校に入るとどんどん落ちていった。周りはみんな教科書を一度読んだだけで暗記できるような人ばかりで、る時間もしんで勉強しても、いい点が取れなくて……。

 この人も、同じなんだろうか。努力を認めてもらえずに、苦しんでいるんだろうか。

 そう考えたたん、胸がぎゅっと痛くなる。前世の私はお母さんとわかりあえないまま死に別れてしまったけれど、目の前の青年にはそんな哀しい思いをしてほしくなくて。

「……望まない役目や期待を、押しつけられているんですか……?」

 もしそうなら、言葉をくして話そう。周りを見回せば、きっとひとりくらい彼の努力を認めてくれる人がいるはずだから、と。

 私の言葉に、青年が弾かれたようにかぶりをる。

「いやっ! ちがうんだ! 役目を果たすことがいやなわけじゃない! ただ……」

 声といつしよに、フードの奥で視線がれた気配がする。

しようさんされても、それがわたしの身分をおもんぱかって言われた言葉ではないかと……。なおに信じることができなくて……っ」

 胸をつかれるような声に、私は反射的にテーブルの上で握りしめられた青年の拳に手を伸ばしていた。遠い昔、自分自身がそうしてほしかったように。

「大丈夫ですよ」

 口が勝手に言葉をつむぐ。

「大丈夫です。周りの人はお世辞なんか言っていません。あなたはちゃんと、努力できている人です。でなかったら……」

 私はそっと、固く握りしめられた拳をほどく。

「こんな風に、けんだこのある手にならないでしょう?」

「っ!」

 びくり、とマントに包まれた肩が揺れる。

「……信じて、いいのだろうか……?」

 道に迷った子どもみたいなたよりない声。私はきゅっと手を握りしめて、大きくうなずく。

「もちろんです。私は剣術のことなんて全然知りませんけれど、それでも、この手がいつちよういつせきでできるものじゃないというのはわかります」

 きっぱりと断言して、いつものように「目をつむってください」とお願いする。

「目を……?」

「ええ。おまじないです」

 私の言葉に、ぎこちなく青年が姿勢を正す。フードで見えないけれど、たぶんちゃんと目をつむってくれているんだろう。

「あなたの大切な人のことを心に思いえがいてください」

 告げると、まるですがるように指先を握り返された。私は椅子から腰をかせ、握られていないほうの手を青年へと伸ばす。

「あなたとあなたの大切な人達に幸せが来ますように……」

 真面目まじめすぎて思いつめてしまっているんだろうこの人の心が、少しでも晴れますようにと願いながら、両肩にまとわりついた黒い靄をはらう。私が軽く肩をでるだけで、黒い靄がちりと化してはらはらと消えていく。

「……どう、ですか……?」

 いつも祓った直後はきんちようする。ふたたび靄がき出したりしていないから、大丈夫だと思うんだけど……。おずおずと問うと、こおったように固まっていた青年が身じろぎした。

「……今ならわたしへ向けられた言葉も、素直に受け入れられそうな気がする……」

 ぼんやりと寝起きみたいな声でつぶやいた青年が、やにわに両手でぎゅっと私の手を握る。

「すごいなきみは! うわさどおりだ!」

「ひゃっ!? あの……っ!?」

 そ、そういえば無意識に手を握っちゃってたんだった!

 あわてて引きこうとすると、「すまない」とぱっと手を放してくれた。

「なんとお礼を言えばいいんだろうか! あっ、そうか、お代をはらわなくては……っ」

 ふところから青年が取り出し、ことりとテーブルに置いたのは、ぴかぴかの銀貨だ。

 これいつもの代金の二十倍なんですけど! こんな高価なお代、もらえるわけがない。

「あの、これ……」

「すまない。足りなかっただろうか?」

 何の疑いもなく次の銀貨を取り出そうとする青年を必死で押しとどめる。

「違います! 逆です、逆! いただきすぎです! いつもは銅貨五枚なんですから!」

 告げると、青年の声が困り果てたようにしずんだ。

「銅貨……。すまない。銅貨は持ち合わせが……」

 この人おぼつちゃんだ! 貴族だとは思っていたけど、予想以上のお坊ちゃんだ!

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