第二章 推し様と思いがけない急接近!?①

 レイシェルト様との出逢いから二年後。

 私は、ヴェールとフードをかぶって顔を隠し、マルゲのお兄さんのヒルデンさんが経営する王都の町人街にあるレストランで、相談どころを開いていた。

 推し様を見つけたあと、何とか推し活のための資金をかせぎたいとマルゲに相談した結果、ようやくいだせたきよう点が、ヒルデンさんのお店で、正体をかくして稼ぐことだったのだ。

 公爵令嬢といえど、家族にうとまれている私には、自由にできるお金なんてまったくない。どうしても自分の力でお金を稼ぐ必要がある。

 とはいえ、身分とじやあくの娘であることがバレては困るため、ふつうのお仕事をするわけにもいかず……。思いついたのが、相談処だったのだ。聖女の力を使ってもやはらえば、悩んでいる人の力にも少しくらいなれるかな、と考えたというのもある。

 私が聖女の力を持っていることは、マルゲにさえ話していない。けれど私と話していると心がおだやかになるというのは、マルゲも認めてくれた。

 聖女の力をお金稼ぎに使うのは、知られたら怒られるかもしれないけれど……。邪悪の娘である私が聖女かもしれないと疑う人なんているはずがない。

 何より、推し活のためだもん! 使える力は何であろうと使わないともったいないっ!

 というわけで、毎週末、邪悪の娘とわからぬようにフード付きのマントとヴェールでくろかみ黒目を隠し、まじない師のエリとして活動しているのだ。

 エリとしてテーブルについた私の目の前には、今夜の相談者が座っている。奥さんとけんしたというおじさんの話を聞き終えた私は、

「ご事情はわかりました。では、目を閉じてください」

 と、いかにもごやくがありそうな重々しい口調で告げた。十五歳の頃から、もう二年もっているので、この程度はお手の物だ。私の言葉におじさんがなおに目を閉じる。そのかた陽炎かげろうみたいにゆらゆらとれているのは、負の感情が形をとった黒いもやだ。

「気持ちを落ち着けて……。大切な人のことを心に思い描いてください」

 目を閉じたおじさんのくちびるがもごもごと動く。奥さんの名前を声に出さず呼んだのかもしれない。今だ、と私はからこしかし、身を乗り出しておじさんの肩にふれた。

「あなたとあなたの大切な人達に幸せが来ますように」

 いのりながら、黒い靄が揺れる肩を手のひらでさっとひと撫でする。

 たん、黒い靄があとかたもなく消えた。

「目を開けてくださってだいじようですよ。どうですか、ご気分は?」

 おずおずとまぶたを開けたおじさんが、「おお……っ」とつぶやいて目をみはる。

「何だかわからねぇが、心が軽い……っ! いや、身体まで軽くなったみたいだ!」

 さっきまで黒い靄がついていた肩を回す。

てい達に聞いた時は疑ったが、あんた、ほんとにうでのいいまじない師なんだなぁ! いやあ、俺、何におこってたんだろうな。別に怒るほどのことじゃなかったってのに」

「いいえ。心が晴れたようでよかったです」

 ほっとしながら、にこりと微笑ほほえんでかぶりを振る。黒い靄をはらうことはできるけれど、私にできるのはあくまで祓うことだけ。祓って空いた心のすきめることはできない。

 だから、お客さんには大事なもののことを考えてもらって、その気持ちで隙間を埋めるようにしてもらっているんだけど……。よかった。うまくいったみたいだ。

 これがげきしている人だと、そううまくはいかない。祓ってもすぐにその隙間にいかりが入り込んでしまうからだ。

「家に帰ったらかみさんにびないとな。許してくれたらいいんだが……」

「きっと大丈夫ですよ。あ、心配ならお土産みやげを持って帰るなんてどうですか? リリシスの花の形のクッキーがあるんですよ」

 というか、私がマルゲといつしよに焼いたクッキーなんだけど!

 リリシスの花というのは、青い花弁に、中央部分はぼかしのように黄色が入っているすいせんに似た花だ。別名、勇者の花とも呼ばれていて、細く真っぐな葉はけんを、花の部分は青空と太陽、もしくは光神アルスデウスの加護を受けているきんぱつへきがんの勇者をあらわすとも言われている。アルスデウス王国では広く好まれているモチーフだ。

 レイシェルト様が好んでそうしよくに使われているため、今やリリシスの花といえばレイシェルト様を示すと言っても過言ではない。これはもう、し活に使うしかないでしょ!

 もちろん、作っているのはクッキーだけじゃない。リリシスの花をしゆうしたハンカチとか、刺繍糸で編んだリリシスの花のモチーフとか……。ヒルデンさんにお店のはしのテーブルをひとつ貸してもらって、そこで私が作ったものをはんばいしてもらっている。もちろん、売り上げはすべて私の推し活資金だ。

「リリシスの花があらわすレイシェルト殿でんは、先日、無事に『よどみのけもの』のとうばつからもどられたそうですし、とってもえんがいいですよ! 奥さんも喜ばれると思います!」

 ここぞとばかりにオススメする。推し様のグッズを作って幸せになって、その売り上げでもっと推し活ができて、もっとレイシェルト様を推せるなんて……っ!

 何この至高のじゆんかん経済っ! いやっ、循環経済ってそういう意味じゃないけどっ!

 ヒルデンさんによると、グッズの売り上げはなかなか好調らしい。レストランに来る女性のお客さんが増えたと喜んでくれている。

「おお! か。そいつは土産にいいな。ありがとよ」

 代金の銅貨五枚を置いたおじさんが立つ。心はすっかり奥さんへ向かっているようだ。

「こちらこそ、ありがとうございました」

 ぺこりと頭を下げて銅貨を腰に下げたふくろにしまい、おじさんを見送ってから私も立ち上がる。今のお客さんで最後だ。毎週末ここでよろず相談処を開いてたら、いつの間にか「ここでまじなうと幸運が起こる」といううわさが広まり、今ではすっかりまじない師として知られている。まあ、私としては、お金さえちゃんと稼げれば相談員でもまじない師でも、どっちでもいいんだけど。

 最初はうまくいくかどきどきだったけれど、幸いにも正体がバレることもなく、今や週に一度のまじない師のエリになる日は、私の楽しみになっている。

 まじない師のエリをしている間だけは、私は邪悪の娘でもなんでもない、その辺にいるただの女の子だ。最初は反対していたマルゲも、私が楽しそうに過ごしているのを見て、今では一緒にクッキーを焼いてくれるほどになった。

 っていうか、念願の推し活に励めてるんだもの! 毎日がかがやいていると言っていい。

 とはいえ、そろそろ帰らないとマルゲを心配させるだろう。王都は、主に貴族街と町人街に分かれている。町人街も警備隊がじゆんかいしているので治安は悪くないけれど、とうにしずんでいる時間だ。あまりおそくなりすぎると、マルゲにしかられてしまう。

 ちゆうぼうにいるヒルデンさんに軽くしやくすると、私はお店を出ようとテーブルの間を進む。

 ベルがついているとびらに手をかけ、引こうとしたしゆんかん

 りんっ、とベルが鳴ったかと思うと、外側から勢いよくドアが押し開けられる。

「わっ!?」

 とっさに反応できず、下がろうとした足がもつれる。体勢をくずしかけた腕を、ぐいと力強い手につかまれたかと思うと、次の瞬間、私はだれかにきとめられていた。

「す、すまないっ!」

 耳元で聞こえた美声に、びくりと身体からだふるえる。思わずぶつかった相手を見上げかけ、フードがめくれそうになって、あわててうつむく。万が一にもい上げている黒髪や黒い目を見られて、まじない師のエリが邪悪のむすめだと知られるわけにはいかない。

 で、でも今の声……っ!

『きみは何も悪いことなどしていないよ』

 二年前、初めて聞いたレイシェルト様の美声がよみがえる。

 って、落ち着け私っ! 王太子でいらっしゃるレイシェルト様が、町人街の店をおとずれるわけなんてないんだから!

「こ、こちらこそ申し訳ありませんでした……っ!」

 あわてて詫びて、青年から身をはなす。でも、やっぱりレイシェルト様に似た声の持ち主がどんな人物なのか、気になって仕方がない。ヴェールしにそっと上げた視線がとらえたのは、私と同じく、フードをぶかにかぶった青年の口元とあごのラインだった。

 うわっ、口元を見ただけでもわかる。絶対イケメンだわ、この人……っ!

 服装だって、地味だけど仕立てのよいものだ。もしかしたら、おしのびで来た貴族のご令息かもしれない。私がまじまじと観察しているのにも気づかぬ様子で、青年が店内を見回す。と、ふたたび私に顔が向けられた。

「この店に、何でもなやみを晴らしてくれるまじない師がいると聞いたのだが……。きみは、知っているだろうか?」

「へっ?」

 私がそのまじない師ですけど? っていうか、なんか知らないうちに、すごいひれがついてるんですけど……。過大な期待はほんとごえんりよしたいんですが……。

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