愛の暴走列車
椛猫ススキ
愛の暴走列車
私が二十歳そこそこの時の出来事である。
いつもと同じ時間の電車に乗ったのだが時刻になっても発車しない。
あれ?と思うもすぐに動くと思いカバンから本を取り出し読もうとするとホームを駅員が走って行ったのが見えた。
なんだろうと思い外を見ればそこには若いサラリーマンと女子高生と駅員がもめていたのだ。
痴漢か?
よく見れば女子高生はサラリーマンのネクタイを握りしめ引っ張っている。
駅員はその女子高生をなだめているようにもみえる。
女子高生の高い声がなにやら騒いでいるがよく聞こえない。
ちょっと気になる。
私は好奇心を抑えられず問題が起きている車両へと移動した。
そこで見たものは。
「ねえ!愛してる?愛してるって言って!!」
「だから、電車動かないから…後で…ね?」
「はい、危ないから手を放して!!それか降りて!!」
嫌な三つ巴のカオスだった。
「愛してるって言ってよ!!私、こんなに〇くんのこと愛してるのに!!」
彼氏であるサラリーマンの愛を確認したい恋愛モンスターな女子高生。
「放して、お願い、後で後でね」
彼女である女子高生に強く出られず、注目を浴びていることにも耐えられない、穏便になんとかしたいヤングなサラリーマン。
「他のお客様のご迷惑ですから手を放すか降りてください!!」
傍目から見たってめんどくさいことになってるのにその原因が痴情のもつれ?なのだからやってらんねえなオーラをムンムンさせて目が座っている駅員。
最悪の三つ巴である。
「ねえ!愛してる?愛してる?愛してるって言って!!」
恋愛モンスターは周りの目も駅員も気にしない。
彼氏であるサラリーマンだけが彼女の世界、すべてなのだろう。
電車を遅延させたことによる損害賠償など関係ないのだ。
「〇ちゃん、お願い、手を、放して、後で、後で、お願い、なんでもいうこと聞くから」
周りから白い目で見られ、舌打ちされ、駅員から睨まれ、彼はもう泣きそうである。
社会の恐ろしさを知り始めているだろう彼は、電車の遅延の理由が己であることが耐えられないのだろう。なんとかモンスターを抑えたいが出来ず弱り切っている。
「はい!だから!手を!放して!それか降りて!!迷惑だから!!騒がない!!」
切れかけている駅員は話が出来ないモンスターを無視してサラリーマンを睨みつけて語気を強める。
「愛してるって言って!!」
「手を放して!降りて!」
下を向いて震え始めるサラリーマン。
そして。
「愛してるよ!!!」
大きな声で、叫んだ。
もう、これしかないと覚悟を決めたのだろう。
それは大きな声であった。
田舎の単線のホームで、愛を叫ぶ。
つまんないB級映画のタイトルにしてもだせえ。
当時は携帯電話なぞない。
あったらとんでもないことになっていただろう。
拡散希望案件だ。
そして、モンスターはやっぱりとんでもないモンスターだった。
「私も愛してる!!」
叫び返し、抱き着き、頬にキスをして、モンスターはあっさりネクタイから手を放した。
そして、閉まるドア。
ドアの向こうから嬉しそうに手を振るモンスターとすごい顔の駅員がゆっくりと流れていく。
あんな鬼瓦見たことある。
車内の目に耐えられず顔を真っ赤にして後部車両へ走っていくサラリーマン。
私はそれを目で追いながら、おまえ…なんであんなモンスターと付き合ってんだよ、と思わずにいられなかった。
女運が悪いにも程がある。
ちなみに、文章だととても長い時間に感じられるだろうがこれ、三分にも満たない事件であったのだ。
そして、今の時刻は朝の七時である。
愛の暴走列車 椛猫ススキ @susuki222
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