中編 魔王・ゴヴァ

魔王・ゴヴァも転生した男だった。前世の名前は火土山北彦かどやまきたひこという。


彼は生前、大学を中退して引きこもりになっていた。中学高校と壮絶ないじめを受けていた彼は、スポーツ万能で周囲の人気者でもあった弟と比べられてばかりで親からも見捨てられているという環境で育った。


それでも北彦は勉学に励んだ。そして苦労を重ねて実家を出て優秀な大学へと進学したのだが、しかしキャンパスライフというものに馴染めなかった。


こうして一人暮らしをしている家からほとんど出なくなった北彦であったが、ある日、食料品を買おうと珍しく外出した時に命を落とした。


原因は道路に飛び出した犬を庇って轢かれてしまったこと。


車と接触した直後、彼の体中には言い表せないほどの痛みが走り、味わったことのない血の流れを感じた。さらに段々と肉体の体温が下がっていく中で、火土山北彦は息を引き取った。


そして死後、静かな世界を彷徨っていた彼の魂だが、気づけば先代魔王の息子・ゴヴァへと転生した。


彼は魔族軍トップの正式な後継者。先代魔王である、こちらの世界の父親からの帝王学も欠かさず学び、周囲からの期待も高かった。自分ことを見捨てず、期待をかけて丁寧に育ててくれていることに恩義を感じていたからだ。


ゴヴァが成人を迎えてしばらくして、高いカリスマ性を発揮していた父親の先代魔王が病死すると、遂に彼は新魔王として即位した。


そして即位記念式典にて、「吾輩達の手で人間の時代を終わらせよう!この世界は魔族のものだ!」と高らかに宣言したのだが・・・。


「どうしよう・・・。大変なことになってしまった・・・」


しかし先ほど放った威勢の良い宣言は嘘だった。


そもそもゴヴァは、前世である北彦時代に犬を庇って命を落としたほどの男。自分がいじめられた経験がある分、本当は優しさに満ち溢れる男なのである。しかし、いかんせん。


「魔族達は怖いし、今更『争いはやめましょう』とは言えない・・・」


メンタルが弱い男であったのだ。


犬を庇った時は勝手に体が動いた。しかし基本的には考えてから行動に移すタイプであるゴヴァは、もしも人間との融和を訴えたらと想像すると本心を露わにすることはできなかった。目の前にいる大勢の魔族が、自分に向かって反旗を翻すことを想像すると体が震えてしまうぐらい。


帝王学に関しても“人間との戦い方”という項目の成績だけは良くなかった。どうしても前世のことを思い出してしまうのだ。


それでも争いの休止を提言することなくズルズルと魔王職に勤しんでいったゴヴァは、とうとう女神に選ばれし存在である、勇者レザと対峙することになってしまったのである。





時は現在。


「おい勇者。・・・吾輩、妻に愛想をつかされて出て行かれてしまったんだ。ちょっと相談に乗ってくれるか?」


勇者レザの目の前にいる魔王ゴヴァは目に涙を溜めてこう口にした。


普通の勇者であれば、これはこちらのことを騙しているだろうと感じて警戒心を抱く。

普通の魔王であれば、ここで油断している勇者のことを強襲する。


しかし。


「ええ、もちろんです。まずはどうしてこんなことになったのかまずはお話しください」


「ああ。それは今から1か月前・・・」


彼らは普通に話をし始めた。ここにいる2人は普通ではなかったのだ。


「今から1か月前、吾輩は妻の誕生日プレゼントを探していたんだ。何と言っても吾輩は魔王、あちらは魔王妃。となると、どんなプレゼントを用意したと思う?」


「そうですね・・・。例えば魔力のこもった宝石などですか?」


「いや違う。・・・生け捕りにしたグリフォンだ」


「なんと」


「しかも3匹だ」


「なんと」


「しかも人間に使役され懐いていた優秀な個体だ。暴力をふるって奪い取ってやったんだ」


「なんと」


「そしたら『いい加減にして!』と言われて家を出て行かれてしまった」


「それはそれは・・・」


・・・。


「何でだろう?」


「さすがに人間をボコって生け捕りにしたグリフォン3匹を見せられたら奥さんも引くでしょうよ、あんた」


勇者レザの方が常識人としての感覚は保っていた。


「もう少し詳しく話してください、魔王様。まずはしっかりと状況を把握しましょう」


そして魔王ゴヴァは、ポツポツとレザに対して話を始めた。実は自分は別の世界から転生してきたということ・本当は争いなど好まないし優しい心を持っていること・しかしメンタルが弱いこと。


レザがこの部屋の扉を開けてすぐに攻撃をされたのも、あれは自分のところに勇者が来るということで恐怖のあまり発動した魔力の放出だったという。実は、ゴヴァはいつか来る勇者との対話の準備を前々からしていたというのだ。


しかし思わず攻撃をしてしまったがために、もう話し合いなど無理だと悟って開き直って、自分が思う極悪魔王を演じていたにすぎないということも告白した。


ちなみに“吾輩”という一人称や今の話し方も、もう癖になってしまっているらしい。生前の一人称は“僕”だったという。


しかしそんなゴヴァだが、こんな自分と結婚までしてくれた魔王妃のことは、本当に心の底から愛していた。


魔王妃・シルヴェは由緒正しいデーモンの家の娘であり、その父は冷徹な魔族の戦士だった。先代の魔王としては実績も輝かしい戦士の娘を息子の妻にできたと万感の思いだったようだが、ゴヴァからすればこんな美人と自分が結婚して良いものかとずっと悩んでいたという。それに、本当はメンタルが弱く怖がりなのに魔王の立場にいることにも不安を感じていた。


“いつか軟弱な本当の性格がバレて嫌われてしまったらどうしよう”


ゴヴァは常にそんなことを考えていた。


それでも150年間、ゴヴァはシルヴェのことを大切に想って色々と接していたのだが・・・。


「吾輩は魔族を統べる王として・・・。ずっとどうすればシルヴェが吾輩のことを認めてくれるか悩んでいた。先ほどまでの話を聞いたら分かるとは思うが、正直に言えばこのゴヴァという存在は、魔王には適さない。それがバレるのが怖かったのだ・・・」


レザが持ち前の傾聴能力を発揮して魔王の言い分を色々と聞いていたのだが、彼はゴヴァに対して自分も転生した人物だということは明かさなかった。


営業の経験上、あちらが心を開いたからと言ってこちらも本音を開示したら痛い目に合う。レザはこのことが良く分かっていた。


彼はどこまでも営業マンなのだ。


しかし他方、勇者は頭が回る。それにここまで本当のことを話してくれた魔王ゴヴァをほっとくわけにはいかないし、どうにか彼の妻が帰って来てくれるように頭を捻る。


「それ以外にも、奥様と小さな揉め事というのは過去ありましたか?」


優しくレザは問いかける。彼は、実は分かっていたのだ。そのグリフォンの一件だけで魔王妃が城を飛び出すことは考えづらい。恐らく他にも色々なことがあり、その積み重ねの結果はたまたまそれに当たってしまったのではないだろうかと。


「あ、ああ。正直に言えば・・・。魔族を使役して人間達の里に攻め入る時はいつも不機嫌だった。だから吾輩は、『さすが冷徹な戦士の娘、きっと襲撃作戦内容が甘いことに腹を立てているのだろう』と思って、さらに厳しいものにしようとしていたんだ」


「・・・他には?」


「ほ、他か?そうだな・・・。あ、そう言えば。妻が人間の捕虜は丁重に扱えと口酸っぱく下級魔族に注意しているところを見たのだが。その際に『あ、これは。ここで魔王が厳しさを見せるとカッコいいと思ってくれるのではないだろうか』と察して」


「察して?」


「『そんなことなどしなくても良い!魔族の恐ろしさを見せつけるのだ!』と指示を出したら殴られたことがある」


段々とレザは要点を掴み始めてきた。ひょっとすると魔王妃は・・・。いや、あともう少し。ダメ押しが欲しい。


「あともうひとつぐらい。何かありませんか?」


いつの間にか、魔王がいるこの部屋の冷たい床に2人ともが胡坐をかいて顔を突き合わせて話しているところ、勇者レザは魔王ゴヴァの瞳をじっと見てこう質問した。そして魔王はハッとした顔をして答える。


「話しているうちに思い出したんだが、吾輩がいつも移動用で乗っているベヒーモスが体調を崩して。それは大きな人間の王国を攻め入る予定の日だったのだが、一旦それは白紙になったのだ」


ゴヴァはさらに、そうしたらその日の夜の魔王妃の機嫌はすこぶる良かったというのだ。


こうして魔王から話を聞いたレザは、自身の中でいくつかの仮説を立てていく。不動産営業時代にも、客からの要望を聞いて様々なプランを構築していた彼は、頭をフル回転させていく。


そして。


「魔王様。誠に勝手ながら、私の中でどうして奥様が出て行かれたのか、奥様が魔王様にどのような感情を抱いていたのか推測ができました」


「な、何!本当か!?」


勇者の言葉を聞いて勢いよく立ち上がった魔王は、大きな声を上げてこう尋ねる。


「ならば早く答えよ!一体全体、魔王妃は吾輩にどんな不満があったのだ!?」


思わず圧倒されてしまいそうな魔王のオーラ。しかし前世において、不動産会社の社長から狭い個室で営業成績が悪いと3時間にわたって詰められた経験のあるレザにとって、こんなことは怖くもなんともなかった。


それにどんな世界に行ったとしても、いつまでも一番怖かったと思うのは、領収書を提出し忘れた時の経理の山本さんだったからだ。


そしてそんなレザは、冷静な口調で提案する。


「まずは奥様を見つけましょう。この城中の魔族を使ってでも彼女のことを見つけ出してください。話は、奥様ご本人と会ってからです」

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