転生した勇者は、どこまでも営業マンだった

五十嵐誠峯

前編 勇者・レザ

不動産の営業社員だった男性はある日突然、命を落とした。


そして西洋の雰囲気が漂うどこか不思議な世界を救う勇者に転生、これまでとは全く異なる身分の人間として生まれ変わったことに、彼は戸惑いの感情が入り混じった産声を上げた。


それでも新たな環境に新たな姿で降り立った男性は、前世とは大きく異なる生活を送るはずだったのだが。


「おい勇者。・・・吾輩、妻に愛想をつかされて出て行かれてしまったんだ。ちょっと相談に乗ってくれるか?」


「ええ、もちろんです。まずはどうしてこんなことになったのかお話しください」


何故だか勇者は世界ではなく、魔王と魔王の妻との仲を救おうとしていた。





勇者の名はレザ。前世の名は真留村富士夫まるむらふじお


富士夫が勤務していたのは、地方都市にある、授業員は決して多くない小さな不動産会社。業務内容は中古不動産の売買仲介、つまり売り手と買い手の間に立つような仕事をしていたのだ。


彼は投資を目的とした不動産の取り扱いにはやや苦手意識があったものの、居住用の不動産仲介については得意だった。取引をした客からの評判も良く、口コミで彼の下に訪れた者も多い。同業他社の人間からもひそかにリスペクトされていたほど。


しかしその労働環境は最悪。夜遅くまでの残業や休日出勤は常態化しており、そんな状況に耐えかねた退職者の尻拭いもいつものこと。それにワンマン社長からの理不尽な要望も山ほど受けていた。


つまり、40歳を目前にした富士夫の心身は限界に近い状態であったのだ。


富士夫はすでに両親を亡くしており、恋人もおらず、人生における時間をほとんど仕事に費やしていた。会社で朝を迎えることも珍しくなかった。


・・・そして、とうとうその時はやってくる。


念願のマイホーム購入を希望していた若い夫婦の仲介を終えたその日の深夜。オフィスに残って書類の整理をしていた彼の意識は、突然失われた。


その時、富士夫は悟ったのだ。


「ああ、私はもう死んでしまった」


実はそれなりに後悔がある。同僚達からは無趣味だと思われていても実は好きな映画のシリーズがあった。しかし、自分はその完結を目にすることなくこの世を去るのか。


こうして意識を無くした後、肉体から離れた彼の魂は何もない空間をただ彷徨っていた。静かで、暗く、しかし・・・どこか心地が良い。


じきに後悔の念も薄くなっていき、ふわふわとした状態でしばらくボーっとしていると、急に女性の声が耳に届いた。


『真留村富士夫。余が貴方のことを転生させます。喜びなさい』


実は深夜アニメも少し齧っていた富士夫は色々なことを察し、こう返答した。


「女神様でしょうか?お気持ちは嬉しいのですが、もっと将来性や才能のある者を転生させた方が良いと思います」


彼は控えめな男だった。


『いいえ真留村富士夫。貴方は神々の手によって選ばれたのです。神に背くことなどできません』


「女神様。私のような人間など、このまま死後の世界へと送ってください。寂しい人生でしたが、最後にあの若い夫婦に良いマンションを仲介できて良かったです」


『真留村富士夫。そういうのは良いので早く喜びなさい。・・・ある世界に非常に凶悪な魔王がいるのです。貴方をその魔王が引き起こしている、人間と魔族との争いを止めるべき勇者に選ばれたのです』


「いや、あの。私は」


『本当はもっと恋愛経験豊富なイケメンをハーレム世界へと転生させるのが余の担当でした。しかし急に退職者が出たので、嫌々、嫌々、嫌々、余が貴方のような者を転生させなければならないことになりました。良いから言うことを聞きなさい』


「女神様、知ってます?死んでも涙って出るみたいですよ?」


富士夫の魂は死後にも関わらず泣いていた。


『せっかくの女神の誘いを断るだなんて、これだから40手前まで恋愛経験の無い男は。貴方に拒否権などありません、さっさと転生させます。余も早く帰って録画しているドラマを観たいんです』


「面倒な仕事扱いで人を転生するのやめてくれませんか?」


女神は文句やクレームなど全く聞き入れてくれず、こうして富士夫は勇者レザとして転生した。





新たにその命を手にしたレザは、持ち前の勤勉さを発揮して鍛錬と勉強を積んでいった。それに営業マンとして20年近く働いていた経験も活かし、周囲の大人達との関係性も良好だった。


しかしここで予期せぬ事態が起きてしまう。


あまりにも大人びて周囲と円滑なコミュニケーションが取れているレザ。前世時代の影響からか金銭の計算や交渉事にシビアなレザ。彼のそんな姿を見たこちらの世界の両親は、レザのことを優秀な商人として育てようとした。


「父さん、母さん。それは名案だと思います」


おまけにレザ自身もそれに乗ってしまった。彼は自身の適正を理解していたのだ。


するとこれに焦ったのは彼の転生を担当した件の女神。彼女はさすがに危機感を抱き、老婆に姿を変えてレザとその両親の前に現れた。その目的は、彼がいかに素晴らしい能力を持った勇者であるか説明すること。


現在、この世界は魔王率いる魔族軍と人間とが争っており、それを止める必要がある。そしてこのレザという男こそが、それを果たせる才能を持った選ばれし勇者なのだと。


しかしシビアな価値観を抱いていた両親は全くと言って良いほど怯まなかった。


逆に両親はこれから先、いかに魔族相手に商売をして利益を出すかが重要になるのか三日三晩、不眠不休で女神に説明をした。


「確かにそれは一理あるかも・・・」


2日目の夜には女神側もあまりの正論の数々に心が折れかけてしまった。


しかし何とか踏ん張って両親を説得すると、レザは晴れて勇者になることとなった。


そして前世では両親を早くに亡くしてしまっていたレザにとって、家を出るのはとても心苦しかったが、18歳になったところで冒険の旅に出ることにした。


彼は出発の朝、こちらの世界の両親に対して感謝の手紙を送り、読んだ。両親は大粒の涙を流して泣いていた。ついでにその様子を見ていた女神も泣いていた。


さらにレザは旅の道中に現れた、仲間になりたいという者達にどんどん断りを入れていった。


彼は旅において“赤の他人”という不確定要素を排除したかったのだ。しかしそれは、何も彼が裏切りの可能性などを怖がっていたとかではない。


レザは前世での営業時代も、単独で行動することを好んでいたから。


売りに出た物件を見学しに行くと嘘をついて喫茶店で時間を潰す、契約に必要な資料を集めた帰りにファミレスで時間いっぱい期間限定メニューをしこたま楽しむ、高齢の客の居間でのんびり一緒にテレビを観て世間話をするなどなど。


彼は営業マンの頃から、出来るだけ同僚を同行させないようにし、割と好き放題動いていた。常に効率の良さを求め、勤勉で客からの評判も良かったのだが、それなりに人間らしいところもあったのだ。


だから彼は自分のペースを崩されるのが苦痛であり、仲間を募ることはしなかった。


そして何よりも。


レザは魔族と戦わなかった。


ゴブリンと出会った際には、自分の不得意分野であった投資分野について質問をして共に学んだ。


ケンタウロスと出会った際には、一度だけ社長から誘われて食べたという馬刺しの話をして逃げられた。


ドラゴンと出会った際には、その姿と日本の怪獣との造形の差異について熱く語り引かれた。


そして彼はとうとう魔族を1匹も手にかけず魔王の城へとたどり着く。





「お世話になっております。勇者のレザです。魔王様にご用が会って参りました」


どす黒く染まった空。さらに雷鳴まで轟いている中、レザは魔王城の守衛を務めているハーピーに向かって丁寧にお辞儀をしてこう挨拶をした。


たとえレザになっても、彼はどこまでも営業マンだったのだ。


「お前・・・。噂には聞いている、勇者だな?ここまで死なずに来るだなんてよほどの実力の持ち主だろう。いざ勝負!」


「そちらの翼、とても綺麗ですよね。あ、それと爪も丁寧に研がれていて随分と鋭いですね!その形を保つのに苦労しているでしょう?」


「え・・・分かります?やっとこれの大変さに気づいてくれる人が出てきた・・・。城の仲間も全然興味持ってくれなくて・・・」


彼はおだてるのも上手。どこまでも営業マンだからだ。


そしてレザは魔王城を突き進んでいく。それはまさに快進撃。


その中でも様々な魔族と対峙したのだが、得意の営業トークは腰にある剣よりも強い。


途中、仲良くなったコカトリスの長々とした恋愛話にも付き合った。恥ずかしがりながらも、実は料理が趣味だということをレザに明かしてくれた強面のオークが作ってくれたクッキーもつまみながら。


レザは相手の心を開かせるのも得意だったのだ。


そしてとうとう彼の目の前に現れたのは大きな扉。ここに来てようやく、知らないうちに物凄く数の多い階段を登りきっていたことに彼は気づく。


しかし漆黒に染まったその扉はさすがのレザでも少したじろいでしまうほど風格がある。


「ここに魔王がいるのですね・・・」


さすがの彼でもここは雰囲気が違うと感じていた。それでもレザは意を決して、重々しいこの扉を開いた。


「っ!!」


その瞬間、尋常ではないほどの魔力が彼の肉体を貫いていく。さらに突風も吹き荒れ彼はその体勢を崩してしまった。


目の前には玉座に鎮座している魔王・ゴヴァ。ゴヴァは片手を少し前にかざしただけで、そこから魔力を放出させていたのだ。レザはある程度の攻撃は予測していたものの、ここまで高い魔力が急に向かってくるとは想定外だった。攻撃をもろに受け、床に叩きつけられてしまう。


「よく来たな勇者。これは吾輩からの挨拶だ。とくと味わうが良い」


レザは体中に走る苦痛に歯を食いしばる。そして四肢に力を入れるものの、しかし地面に膝をついたまま立ち上がることができない。これは転生してから、いや前世も含めて生まれて初めての感覚だった。


「若い頃に色々とミスをしてしまった結果、吐くほど怒ってきたお客様からもこのような攻撃をされませんでしたね」


これは当たり前のことである。


しかしそんな状態の勇者だったが、魔王の隙を突いて周囲を見渡すと、ある物が視界に入った。


「魔王様、あれは何ですか?あの大きな絵画は。ご家族ですか?」


「あれは吾輩の妻だ」


「そうですか!とても美人な奥様ですね」


彼はこういうことにとても敏感だった。商談もいきなり本題から入ると相手は身構えてしまう。よーいドンで資金の話をするだなんてもってのほかだ。まずは相手との心理的距離を近づけるためのアクションを取らなければならない。


「もう結婚して長いのですか?」


「そうだな。150年は経つ」


「それは羨ましい。私の方はまだ独身ですから・・・」


勇者レザのこの言葉を聞いた魔王は、ここで自らが放ち続けてきた魔力の嵐を止めた。その表情は暗く視線も床の方に落としている。


「・・・ただ。今はこの城の中に、妻はいない」


「そうですか。ご旅行にでも行かれたのですか?」


すると魔王は、その玉座から腰を上げると、ゆっくりとした足取りで勇者の下へと歩みを進める。そして彼の目の前で立ち止まると目に大粒の涙を溜めてこう言い放った。


「おい勇者。・・・吾輩、妻に愛想をつかされて出て行かれてしまったんだ。ちょっと相談に乗ってくれるか?」


人間達の恐怖の対象、魔王・ゴヴァはメンタルが弱い男だった。

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