第31話 天才からのお誘い②
「おっと、そろそろいい時間だね」
壁の時計を見ながらそう言ったのは、部屋の主である空閑だった。
時刻は夕方の6時過ぎ。
さすがに四人でこのまま夕飯まで……というのは考えにくい。家までの移動時間も考慮すれば、解散するにはちょうどいい時間。
(……ふぅ。やっとか)
ようやく生まれた帰宅の流れに、時杉がひっそりと安堵する。
実のところ、途中からずっと「早く誰か言い出してくれ」と思っていたところだった。
もともと時杉にとって、複数人での談笑というのはあまり得意な状況ではない。
長らくぼっちとして生きてきたせいで、そういうシチュエーションでの立ち回りがよく分からないのだ。
そのため、滞在中の会話は主に残りの三人だけで進行。
とりわけリードしていたのは空閑で、学校生活や親の会社の話などで場を盛り上げていた。
その間、どこでどう口を挟めばいいのかよくわからない時杉は、基本的に「へぇ~」だの「ふ~ん」だのの
これでおもしろいはずがない。
というわけで、空閑の発言はまさに渡りに船だった。
ただし、それはあくまで時杉の事情。
隣からは不満の声が聞こえた。
「え~もう帰っちゃうの? まだ飲み足りないよ?」
(いや、アンタもう充分飲んだでしょ……)
口にストローを加えながらブーブーと渋るデルタに、時杉が心中ですかさずツッコむ。
ちなみに、この時点でデルタのメロンソーダの消費量は7杯。
充分どころか飲み過ぎである。
だが、そんなデルタを空閑はにこやかにフォローした。
「ハハ、まあまたいつでも来てください。僕の方はいつでもオッケーですから」
(マジかよ……。すげぇな
自分で言って自分で悲しくなる時杉。
ともあれそんなやり取りを挟みつつ、
(そういえば……結局、さっきの続きは聞けずじまいだったな)
ふいに視界に入った妃菜を見て思い出す。
さっきの……というのは無論、デルタと空閑が席を外して二人っきりになった際の会話のことだ。
いろいろとデルタのことを質問してくる妃菜に、時杉は「なんでそんなに気にするんだ?」と聞き返した。
それに対し、妃菜も理由を答えようとした。
けれどそのタイミングでちょうど空閑が戻って来たことで、その話はおしまい。
以降は四人での雑談タイムに移ってしまったため、時杉は妃菜がなんて答えようとしたのか聞きそびれたままだった。
(……気になる)
妃菜とは疎遠になって久しいが、別にお互いちゃんと喧嘩したとかではない。
だから時杉としては嫌いになったわけではないし、どんな理由にせよ自分のことを気にしてくれたのは素直にうれしい。
ただ、本題はそこじゃない。
時杉にはもっと重要な懸念があった。
――昨日の夜、どこでなにしてた?
いつぞやの登校途中、妃菜が時杉に投げかけた問い。
これがずっと引っかかっていた。
時杉とデルタが出会って以降、二人は毎日欠かさずダンジョンに潜っていた。
もし二人が一緒にいるところを妃菜が見たのであれば、【
そしてもしそうであれば、早急に口止めをしなければならない。
(……どうする? なんなら今からでも無理やり聞くか……?)
ただその場合、勝負は建物の外を出るまで。
早急に決断して実行に移さなければ間に合わない。
(……いや、さすがにそこまでするのはやりすぎか? それに、別に今じゃなくても帰る途中でワンチャン話せる機会もあるかもしれないし……)
ただ、そうして時杉が
「あ、そうだ。悪いんだけど、時杉君だけ残ってもらってもいいかな?」
まだソファに座ったままだった空閑が言った。
「え、俺?」
思わず反射的に聞き返していた。
普通、この状況で引き留めるのなら恋人である妃菜だろう。
それがなんでまた俺を……?
ふと視線を移すと、妃菜も少し驚いたような表情をしていた。
恐らくは同じ感想を抱いたに違いない。
「えっと、どうする……? 外で待ってようか?」
「いや、いいよ妃菜ちゃん。もしかしたら少しだけ長くなっちゃうかもだし。ま、いわゆる男同士の熱い話ってやつかな」
「そう……わかった」
気にしないでばかりに手を振る空閑に、妃菜がどこかぎこちなく頷く。
その表情はなおも釈然としない様子ではあったが、最終的には納得したのか出口へと向かった。
「それじゃ、またね空閑くん……時杉も」
「バイバーイ。今日はありがとね。トッキーもまたね」
妃菜とデルタ、それぞれが別れの挨拶を残し部屋を後にする。
「うん、二人とも気をつけてね」
「…………」
一方、ポツンと残った時杉と空閑。
こうして、男二人だけの二次会が幕を開けた。
🌀
女性陣が退室したことで一層広さが増したように感じる室内。
改めて向かい合うように座り直した時杉と空閑。
「さて、それじゃあなにから話そうかな」
まずそう切り出したのは空閑だった。
もともとこの状況を作り出した張本人として、彼から喋り出すのは当然のこと。
だが。
「その前に、ちょっといいか?」
話し始めようとした空閑を、時杉が手を突き出して制止する。
どうしても先にやっておきたいことがあったのだ。
「ん? なにかな時杉君?」
「いや、さすがにここまで遅くなると思わなかったから。一応家に連絡だけしておきたいんだけど……」
時間的にはもうすぐ夕飯の時間。
高校2年生ともなれば外食の機会くらいあるとはいえ、さすがに連絡なしはまずい。
しかも悲しいことに、時杉がぼっちであることは家族もある程度察している。
それなのに連絡も
時杉としては、そんな面倒くさい状況はごめんだった。
「ああ、たしかにそうだね。いいよ、待ってるから」
「……わるいな」
どうぞと促してくれた空閑のお言葉に甘え、ポケットからスマホを取り出す時杉。
そのまま部屋の隅にまで移動すると、なるべく短時間で通話を済ませて戻ってくる。
「
「……好きにしろだとさ」
「それはよかった。それじゃああんまり引き留めても悪いし、早速本題に入ろうか」
そう言うと、空閑は改めてソファに座り直して姿勢を正した。
「実はね、わざわざ残ってもらったのは時杉君にお願いがあったからなんだ」
「……お願い?」
「ああ」
眉をひそめる時杉に、空閑がハッキリと頷く。
そして――。
「単刀直入に言おう。時杉君――僕とチームを組まないか?」
「!?」
それは、本当にまさかのお願いだった。
チームというのは、もちろんダンジョン攻略におけるチームだ。
そして直近でチームを組む必要のあるイベントなど一つしかない。
「チームって……今度の実力テストの、ってことか?」
「ああ、まさにその通りさ。察しが早くて助かるよ」
念のため確認した時杉に、空閑がどこか嬉しそうに頷く。
けれど、そんな風に褒められたところで時杉は素直に喜べない。
「その……なんと言うか唐突だな。それに、いったいなんでまた俺と……?」
「なぜだと思う?」
「え?」
なぜ……?
尋ねたつもりが逆に聞き返されてしまい、時杉がドキッとする。
「えっと……もしかして、俺がこの前
「うん、それも遠からずだね」
空閑が頷く。
しかし、言い回し的にはどうやらハズレらしい。
「他には思いつく? 案外シンプルなんだけどな」
「えっと……」
(他……って言われても)
考えられるとすれば、例のボーナスとやらだ。
成績下位の者と組むことで、テストの得点が上がりやすくなるというもの。
そういう意味では、学年最下位の時杉は打ってつけ。
(でも、空閑の場合だとそれすら意味ないからな……)
そもそも空閑は学年一位の実力者。
今更小手先の評価アップを狙う必要はない。
「フフ、わからない? じゃあ正解を言うよ」
その瞬間の空閑は、いつも通りの爽やかな笑顔だった。
そしてその爽やかな笑みを携えたまま、彼は言った。
「それは僕がね――君を大嫌いだからだよ」
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