第12話 最終決戦
まどかの家がある通りの表札を片っ端から見ていく。道尾と書かれた表札があった。新しい三階建ての家で、1回のガレージには車がない。親は帰っていない。しかし、家中に明かりがついている。これではどの部屋にいるか分からない。
はじめがいきなりチャイムを押そうとするので才賀は慌てて止める。
「私は家の裏に回ります。三森さんはチャイムを連打して、その場から離れてください。絶対に直接話したりはしないでくださいね」
「分かりました」
「30カウントしてからチャイムを押してください」
才賀はガレージの工具箱からドライバーを持ち出すと、他のものには目もくれず、家の裏に回った。
はじめがチャイムを連打する。
玄関が開く音がした。
才賀は窓にドライバーを突き立てた。窓は音を立てずに割れた。クレセント錠を回して窓から侵入する。
才賀が今いる場所の左はL字に曲がった先がおそらく玄関だ。まどかの声はそちらから聞こえてくる。右にある階段を駆け上がる。
後ろからまどかの足音が聞こえる。近づいてくる足音は、おそらく才賀が窓を割ったあたりで1度立ち止まり、すぐさま才賀目掛けて階段を駆け上がってきた。
才賀はひとつのドアを開け放つ。女の子らしい部屋。まどかの部屋だ。
しかし、その部屋とは別の部屋にすぐ入りドアを閉めた。息を潜める。部屋の中は中央にダブルベッドが置いてある。両親の寝室だろう。
ドアの隙間から様子を伺う才賀。まどかは自分の部屋のドアが開け放たれているのを見て、飛び込んで行った。部屋を見回している。
才賀は部屋を飛び出した。階段を駆け下りる。
「才賀ぁ! うがあああ」
地の底から響くような声が、才賀の背中を追いかける。背中に横一線のチリチリと痛みが走る。刃物が掠めたようだ。
才賀は2階へ上がったことを後悔した。まどかのような細い女子に、人一人を背負って階段を登れるわけがなかった。咄嗟のことでそこまで頭が回らなかったのだ。
1階の部屋は、ドアにガラス窓がついている部屋が二連続。脱衣所、リビング。三森夫人はいない。もうひとつ部屋がある。開け放つと三森夫人が縛られ床に転がされている。
テレビがあって、おそらくダイニングだ。才賀はその部屋に飛び込んだ。
内開きの部屋のドアを、全身の体重をかけて閉めた。ちょうど入ろうとしてきていたまどかが尻もちをつく。才賀はその隙に室内のテーブルや腰丈の飾り棚で塞いだ。少しでも時間が稼げれば良い。まどかが部屋の入口から入ることに固執しているうちに窓から逃げるつもりだ。
あまり長く居座ると、まどかが庭を回ってくるかもしれない。
まどを開けて、ビニール紐で縛られていた三森夫人を解放する。口に詰められていたタオルを取ると、三森夫人は勢いよく息を吸い込んだ。
「才賀さん!」
「逃げましょう」
窓を開けて、三森夫人を先に外へ出そうとするが、太っている夫人は中々窓を乗り越えられない。
「晶子!」
外にいた三森はじめが駆け寄って、手を貸してくれる。バリケードにしていた家具が倒れる大きな音。後ろでドアが空いてしまった。
「三森さん、夫人をお願いします」
「才賀さんは?」
聞き返す三森はじめに才賀は返事をせず、テレビのコードを抜き取って正面に構えた。盾の代わりにして、まどかが突き出してきた包丁を受ける。深々と刺さったナイフ。才賀は勝利を感じたが、腹からぐちゃりという音と熱さ。反対の手で、もう一本の少し小ぶりなナイフが腹に突き立てられていた。まどかの口元が緩んだ気がした。
(死にたくない)
テレビが取り去られたテレビ台の端に置いてある、厚みのあるガラス製の小物入れを手に取った。手にずっしりと重みを感じる。
才賀は今まで、気の弱い男であった。人からよく優しいと褒められた。才賀自身、自分は長所が優しいところ、短所は他者に優しくしすぎて自分が損を被るところだと思っていた。
しかし、今、才賀は自分が死にたくないために、まどかの頭をガラス製の小物入れでカチ割った。
血を流して倒れるまどかに、才賀は呆然と床にへたり混んだ。
どれだけ呆けていたか、それとも一瞬だったのか。三森はじめが繰り返し才賀の名前を呼んでいた。夫人はまどかの血を止めようとしていた。才賀は救急車を呼んだ。
救急車と共に警察のサイレンが近づいてくる。才賀は揉み合っている時に落としたハンチング帽を拾って、被らずに見つめていた。
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