第9話 第二の殺人

町屋の自宅はブルーシートで目隠しされ、警官により立ち入り禁止にされていた。近隣の家々の玄関から、奥様方が様子を伺っている。


町屋家の前で、町屋先生の母、町屋恵美が立ち尽くしていた。そこに駆けつけた才賀は、早速、恵美に声をかける。


「町屋先生が亡くなったというのは本当ですか! 何があったんです」

「才賀さん!」


恵美は今朝から現在までの事を、混乱した様子で話してくれた。


恵美が朝、起きてこない息子の隆斗を起こしに行くと、血を流して倒れていいた。それからすぐさま警察に通報し今に至るという。


私服警官が犯行現場から出てきて、才賀に声をかけてきた。


「あなた名前は? どういう関係なの」

「探偵の才賀雄と申します」


才賀は今日、町屋と会う約束をしていたこと、しかし探偵事務所に待てど暮らせど来なかったことを話した。


「町屋先生は福原ちよりちゃん殺害事件の犯人がわかったと言っていたんです。誰が犯人か、証拠は出たんですか」

「そういうのは教えられないんですよ」


以前、町屋が話していた通りだと才賀は落胆した。警察は聞くばかり聞いて、何一つ教えてくれない。


「しかしまあ、昔の事件とは関係ありませんな。盗みに入って、隆斗さんと鉢合わせたんでしょう」


警官は何事もないかのように言った。


「待ってください。このタイミングで偶然泥棒と鉢合わせになったなんて、おかしいでしょう!」


才賀はつい、口調を荒らげた。しかし、警察は規制線の奥に引っ込んでいってしまった。


「私が見た時はね、部屋の中がめちゃくちゃになってたんですよ。引き出しとかもこう、全部空けられて」


町屋の母は身振り手振りで部屋の有様を教えてくれた。泥棒が入ったように見せかけた可能性がある。手袋をして靴のまま上がりこめば、警察を欺くことも可能だろう。


「なんかね、庭の方から入ったみたいで。前から鍵とか掛けてなかったから。私が不用心なせいで隆斗が」


町屋の母は息子の死を、戸締りを徹底していなかった自分のせいだと思っているようだ。


(まてよ、犯人は町屋先生の部屋と、庭から回れば近いということを分かっていた人物)


更に、今町屋を殺害したということは、才賀に犯人を教えるため会う約束をしたことを知っている人物ということになる。


「先生はなにか言っていませんでしたか?」

「俺の教え方が悪かったのかもって」


真っ先に町屋が指導を担当していた教育実習生、牛尾の顔が浮かぶ。


(いやでも、どうやって町屋先生が犯人に気づいたことを知っていたんだ)


才賀に電話してきた時の町屋は、万が一勘違いだったらということを気にしていた節があった。直接犯人か問いただしたとは思えない。


(待てよ、1人だけいたじゃないか。私が町屋と会う約束をしたことを知っていて、事前に町屋を殺して口止めできる人物が)


その人物とは、道尾まどか。


最初に児童の体力では昼休み中に殺害から遺体を埋めるまでを終えることは不可能だと考えて、はなから容疑者候補に入れていなかった。


しかし、体育館のステージ裏におあつらえ向きの穴があったならば、ステージ裏に呼び出して目を尖ったもので刺して殺した後、つき落とせば済む話だ。時間でいえば可能である。


しかし、小学四年生が、同級生に殺害するほどの恨みを持って実行に移すなどということは考えにくかった。


前例としては、小学生が人を殺したという事件はある。しかしどれもすぐに見つかる杜撰な犯行で、校舎が解体されなければ見つからなかった計画性の高さは、どうしても犯人を小学校とするには憚られた。


(なにより、まどかさんはそんな人じゃない)


しかし、1度疑いの目を向けると、夕焼け小学校を取り囲む野次馬の中に道尾まどかを見つけたことも、『犯人は現場に戻る』の言葉通りの行動に思えて来るのだ。


雨が降り始めて、規制線の向こうで警官たちがにわかに慌て始めていた。その様子を、町屋恵美と才賀は並んで眺めていた。


才賀がこの事件に関わり始めて、初めて死人が出た。探偵として初めて関わる大きな事件で、才賀は犯人の殺意が、確実に自分へ這い寄って来ていることに恐怖していた。

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