第7話 アリバイ崩し
当時の夕焼け小学校には他にどんな職員がいたのか、また、既に旧校舎は解体が始まり中を見ることは出来ないので、何か当時の校内の様子が知れるものを、そう考えた才賀は卒業アルバムというアイデアに思い至った。才賀の記憶では、卒業アルバムというものには各クラスの担任の名前くらいは書かれているはずだ。
その日は既に電話をかけるには失礼な時間になっていたため、才賀は翌日にまどかへ、通学前を狙って電話をかけた。
「もしもし、まどかさん?」
「はいもしもし。えへへ、才賀さんから電話がかかってきて嬉しいです」
才賀は突然好意を向けられたことに驚いた。あの日あった時は落ち込んでいただろうから、こっちが通常のテンションなんだろう。あえて艷っぽい喋り方をしているところが、中学生が背伸びをして大人の女性のように振舞っている感じで、才賀はこそばゆく感じた。
「小学校の卒業アルバムを貸していただけないかなと思いまして」
「卒業アルバムですか? ……なくしちゃった」
「え? そこをなんとか、探して見ていただけませんかね」
まどか以外に卒業アルバムを借りるツテはない。才賀はしまってありそうな場所を挙げてみたが、そんな場所にはしまった覚えがないという。
「本当にないんです、ごめんなさい」
「参ったな。いえ、こちらこそすみません。学校関係の方に連絡をとって別方面から入手しようと思います」
まどかが卒業アルバムを無くしたのは仕方がない。才賀は夕焼け中学校へ行って、まどかと同じ3年生の中から夕焼け小の卒業生を虱潰しにあたった。ようやく陽キャグループのうちの一人が明日持ってきてあげるというので、次の日また訪れて借りてきたのである。
一応まどかにも連絡を入れたところ、今から私も探偵事務所に行きますという。
そして現在、卒アルを開こうとする才賀を、まどかが息を飲んで見守っている。ここに至ってようやく才賀は、まどかはもしかして昔の垢抜ける前の自分を見られたくないんじゃないかという考えに思い至った。
「大丈夫ですよ。私の目的はどんな先生が他にいるか見ることですから。決してまどかさんの写真を探してジロジロ見たりはしません。お約束します」
「は、はい……」
卒アルを開くと、才賀は夕焼け小学校の旧校舎の古さに驚かされた。
イベントの準備をしているような校内の写真では、背景にぼろ頃に剥がれた壁紙が背景として写っている。床はタイルになっていて、欠けていないタイルを探す方が難しいというものだ。
教室の床は木目のパネルが、何らかの液体が染みになってまだら模様。カーテンは所々縦に裂けていてもはや簾だ。
運動会の様子だろう、グラウンドだけは広く、綺麗に整備されていた。
才賀は福原ちよりの顔を初めてみた。平凡などこにでもいる子供らしい顔で、まさかこんな凄惨な事件に巻き込まれるような子には見えなかった。
「この写真」
才賀はひとつの写真を指差した。
「学習発表会の時のです」
時代劇のような衣装を身にまとった子供たちが、ステージ裏の様な場所で出番を待っている写真だ。誰もカメラに気づいておらず、緊張した面持ちである。
才賀が注目したのはその背景。カラーコーンが置かれていて、立ち入り禁止の張り紙が貼ってある。そして、その部分は床が崩落してか大穴が空いていた。よく見れば壁にも穴が空いている。
「この穴、ここってステージ裏ですよね?」
「はい、体育館のステージ裏です。ステージから右にはけたところだと思います」
ステージの下はパイプ椅子を収納できるスペースになっているものだ。もし、あの穴から遺体を落としたら、壁と収納の隙間に入り、臭い対策さえしていれば解体されるまで気づかれないというのは有り得る。
「穴は既にあったんだ」
殺してから穴を掘る、または穴を事前に掘っておいて、あとから埋めると考えると、町屋にはアリバイがあった。しかし、この穴に突き落とすなら、タバコ休憩と言って福原ちよりを呼び出しておいて、殺して平然とした顔で職員室に戻れば犯行が可能だ。そして、牛尾も同様に、昼休憩中に例えばトイレに行くと言って、同じように犯行が可能だ。
「まどかさん、貴方が怪しいと言っていた町屋先生のアリバイが崩れました」
「本当ですか!」
「ええ、しかしほかの先生も同様にアリバイはないも同然。慎重に調べ進めなければなりません」
顔を突合せていた2人は、入口の入店音に顔を上げた。三森夫人が湯気の立つカップをトレーに載せて立っている。
「こんにちは、お客さんがいらしているようだから、お紅茶お持ちしました」
三森夫人は嬉しそうだ。閑古鳥の鳴いていた探偵事務所に来た初めてのお客だからだろう。
「聞いてくださいよ三森夫人! 事件の謎がひとつ解けたんです」
才賀は三森夫人にはこの事件の詳細を話していた。そのため、この喜びも分かち合いたいと思ったのだ。
「あら、本当ですか! 流石です。私、信じておりましたよ」
才賀はまどかと共に紅茶を頂き、三森夫人は才賀の推理にうんうんと頷いていた。
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