第6話 アリバイ

牛尾蒼大はバスケ部の指導があるため、9時以降であれば自宅にいるという。才賀は電車を乗り継いで牛尾の部屋があるアパートへ向かった。


職場から家に帰るサラリーマンに混ざって電車に揺られる才賀は、日の沈んだ車窓からの景色を眺めながら、浮かない顔をしていた。


(電車移動の探偵、かっこ悪いな)


免許は持っている才賀だったが、金がないので車は持っていない。探偵にふさわしい車が欲しいと考えているが、正直なところ、今の才賀には中古の軽を維持する貯蓄すらない。探偵事務所を開業する前にフリーターをして貯めた金は既に底をついていた。


(ダメダメ、今は事件のことを考えなくては)


お金のことはこの事件が解決したら考えよう。そんなところで電車が目的の駅に止まり、才賀は電車を降りた。


牛尾は小綺麗なアパートの2階に住んでいた。


アパートの名前は時に、反社会勢力のアジトにされないため敢えてユニークな名前にしているというが、牛尾の住むアパートも『ニッコリ荘』という気の抜ける名前をしていた。


外階段でない点は、階段が雨などで汚れる心配がなく、部屋探しにおいてポイントが高い。


牛尾より年上の町屋があんな古い家に親に干渉されながら住んでいるのが可哀想になった。


牛尾の綺麗なアパートを見た才賀は、古くて汚い家に親に小言を言われながら住んでいる町屋を思い出し、彼が可哀想になった。


チャイムを鳴らして出てきたのは、丸々と太った縦と横の比率がほとんど変わらない、つぶらな瞳の若い男だった。


「はーい、どうぞ上がってください」


外で声を出しては他の住人に迷惑だろうと思い、才賀は玄関に上がってから本題を切り出した。


「夜分遅くにすみません。少し質問したら直ぐに帰りますから」

「そうしてくれると助かります。明日も部活の指導で学校に行かないといけないんですよ」

「大変ですね。何部なんですか?」

「バスケ部です。困ったもんですよ。バスケなんて生まれてこの方授業くらいでしかやったことないのに」

「あれって経験者が任されるものではないんですね」

「全然、ほかの部活動も同じようなものです」


真四角の小さな玄関で話していた才賀は、牛尾に促されて部屋に入って悲鳴を上げそうになった。


(何だこの部屋は……!)


牛尾の部屋は所謂オタク部屋で、フィギュア用の棚があり、 大量のポスターが貼ってある。それは一向に構わないのだが、問題はなんのキャラクターかということだ。幼い子供のアニメキャラが水着でセクシーポーズをとっているポスター、裸とほぼ変わらない格好のフィギュアたち。才賀は、小学校の教師の趣味としてそれだけはダメだろうと思った。


「ああ、これですか。気になりますよね」

「ええまあ。その、もしかして小さい子がお好きなんですか?」

「よく誤解されるんですけどね、僕は2次元の女の子にしか興味が無いんですよ。教師をしてみれば分かりますけど、現実の子供はクソガキでしかないし、アニメのように整った容姿をしている訳でもないんです」


真剣な表情で力説されると、才賀は難しい授業を受けているような気持ちになってきた。


「ええと、つまり……?」

「ですから、現実の子供には一切の興味はありません」

「そうでしたか。えと、では早速、町屋先生の事を聞かせていただきたいんですが」


才賀は困惑あまり一瞬、何をしに来たのか忘れていたが、なんとか本題に入ることができた。


「5年前のことですよね、覚えていますよ。まさか、教育実習中に児童が行方不明になるなんてね。あのあとは町屋先生も僕に指導するどころじゃなくなって。評価だけもらって終わりです」


先程から甘いお菓子の香りが充満いたので才賀は匂いの所在が気になってキッチンやテーブルを見回していたのだが、ようやくそれが牛尾の体臭だと気づいた。いくら美味しそうな匂いでも、それが体臭だと途端に苦手な匂いに変わる。それと同時に、才賀は彼の健康が心配になった。


「福原ちよりちゃんが見当たらなくなったのが5時間目で、そのとき町屋先生は牛尾さんと一緒に校内を探したと伺いましたが、それは事実ですか?」

「ええ、基本同じ階を二手に分かれて探したと記憶しています。常に先生の声が聞こえてましたし、先生のアリバイは僕が保証します」


牛尾と町屋が共謀しているならアリバイは崩れるが、目を凶器で刺すという怒りに任せた様な犯行を二人で共謀して行ったというのは考えられない。


牛尾は他に気になった点は特にないという。


「そうだ、牛尾さんが夕焼け小学校に教育実習先を選んだのには理由があったんですか?」

「はい。出身校なんです。僕、夕焼け小出身なんですよ。そういう理由で選ぶ人は多いと思います」


思いもよらぬ、牛尾と夕焼け小学校の繋がりに才賀は内心驚いた。


「お忙しい中ありがとうございました。失礼します」


才賀は匂いに耐えられなくなっていたので、慌てて牛尾の部屋を後にした。


牛尾の部屋のテーブルにはスーパーやコンビニで売っているような弁当の空があった。カップ麺のストックもあって、忙しすぎて健康に気遣う時間が無いのが見て取れた。


牛尾は小児に性的興味を持っているようで、その嗜好をちよりちゃん殺害へ繋げて考えることは容易である。つまりアニメキャラでは我慢できなくなり現実の子供に手を出して拒否され怒って殺したと考えるのは容易だ。


更に牛尾は夕焼け小学校に通っていたから、学校の造りを把握している。


しかし、町屋にアリバイがあるということは、牛尾にもアリバイがある。そして牛尾は当時教育実習生で、学生の身分の牛尾は町屋より更に昼休み中の自由度は少ないだろう。


才賀の推理は振り出しに戻ってしまった。


(あと怪しいのは、ほかの教師だな。何かリストのようなものがあればいいのに)


再び電車に揺られながら、才賀は夕焼け町へ戻った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る